第4話 妖精の裏の顔
席替え翌日の昼休み。
俺は空き教室にいた。
ボッチの俺は教室にいるのが嫌いだ。かといって食堂にいってもボッチは変わらないし、遠い場所に行くのは面倒だ。そのため、近くにある空き教室で弁当を食ってスマホを弄るのが一学期からの習慣となっている。
「……ちょっと順調すぎるよな」
姫攻略という無茶なミッションを実行中だが、予想以上に上手くいっている現状に驚いていた。
姫と隣の席になったと思ったら、姫である風間は非常に友好的だった。
正直、喋りかけてきたのは初めての会話だから物珍しさがあったと考えていた。しかし、今日も昨日と同じように積極的に声をかけてきた。
朝に挨拶を交わし、休み時間になるとくだらない世間話をして盛り上がった。会話のなかったクラスメイトから一気に友人のような雰囲気に変化していた。
状況だけなら順調なのだが、イケメンが最強であるというこの世の真理に気付いている俺はこの状況を素直に受け入れられなかった。
女子がイケメン以外に好意的とかありえない。この世は顔がすべてなのだ。
疑念を持った俺は風間の観察をしていた。
たった一日だが、風間幸奈の凄さを知った。
彼女は話題がとにかく豊富だ。
女友達とは化粧やら男性芸能人の話で盛り上がり、俺にはアニメやらゲームの話を振ってくる。他にもドラマの話をしたり、映画の話だったり、更にはスポーツの話も出来る。会話の引き出しがあまりにも多かった。
整った容姿に加えてこの引き出しの豊富さ、なるほどさすがは内面が大いに評価されている姫だと感心したものだ。
しかも噂通り偏見とかそういうものはないらしく、アニメやらゲームの話題にも顔を顰めたりはしない。むしろ楽しそうに乗ってくる。
「……世の中には顔で判断しない奴もいるのか?」
などと言いながらスマホを弄っていると、不意に足音が聞こえた。
「っ」
俺は慌てて教卓の中に隠れた。別にここで食べているのを見られるのは問題ないのだが、何となく誰かに見られたくなかった。
足音は教室の中に入ってくると、中央辺りでぴたりと止まった。
「それで、用事ってなにかな?」
少女が尋ねた。声には聞き覚えがあった。
「この夏休み、俺はひたすら自分を磨いてきた。どうしても風間のことを諦められない。だから俺と付き合ってほしい」
普段なら告白など興味ないが、告白した男の声にも覚えがあった。
気配を殺しながらゆっくりと顔を出す。そこに立っていたのは風間幸奈と、クラスメイトの男子だった。
男子のほうはイケメンと有名で、テストでは毎回上位に名を連ねる秀才でもある。人柄もよく、俺のようなボッチ野郎にも気さくに話しかけてくれる。二人組を作れといういじめの時間に手を差し伸べてくれた聖人と呼べる奴だ。
大抵の女子なら成功するだろう。
これ、チャンスじゃね?
これでもし風間が告白を受ければ交際したという情報を流す。そうすれば姫の座は陥落し、俺の秘密は守られる。
「ゴメンなさい」
残念ながら現実は無情だ。
「っ、理由も聞いてもいいか?」
「前にも言ったと思うけど、山田君のことは友達だと思ってるよ。だけど、恋愛対象としては見れないかな。ゴメンね」
イケメンが一蹴された。口ぶりからすると以前にも一度失恋をしているらしい。
しばしの静寂の後、イケメンの山田君は失恋を受け入れた。
「時間を取らせてすまなかった。ありがとう」
最後までイケメンらしい言葉を残して去っていった。その際、たまたま見えた横顔はどこか晴れやかだった。
勉強が出来る上に性格もいいイケメンがあっさりとフラれた。改めて姫攻略の難易度の高さを突きつけられた。
ここは攻略とか諦めて彩音と交渉したほうが早いかもしれないな。なら、問題はどうやって彩音を懐柔するかだろう。アイスクリームで手を打ってくれれば楽だが、あいつもそこまで単純じゃないだろう。
現金でも渡すか?
実の妹に金を貢いで口封じとか嫌すぎる。さすがにプライドがない豚野郎だ。まあ、俺はバチャ豚だけどさ。
くだらないことを考えていると、誰もいなくなった室内に笑い声が響いた。
「あははははっ、まさかまた告ってくるなんてね。夏休みの間に頑張って男を磨いてきたみたいだけど、もう攻略済だからどうでもいいんだよ。いちいち呼び出されるのだけは面倒だからこれで諦めてくれればいいんだけどね」
風間?
急にどうした?
「まっ、必死な顔が面白かったから良しとしますか。イケメンが焦ってるのを見るのも楽しいし、これはこれでアリかな」
風間の笑みはいつものように可愛らしいものではなく、酷く下品なものだった。
「山田君は面白かったな。最初は私なんて全然興味なかったのに、最後のほうは暇さえあればチラチラこっち見てたもんね。成績も落ちちゃって可哀想に。あっ、忘れない内にメモしとかないと。山田君は二度目の攻略完了と」
風間は机の上に座り、足を組みながらスマホを取り出した。
普段の風間ならイスに上品に座るところだが、机の上に座って気だるそうにスマホを弄っている。
「高二になっても順調だね。隣の席になってないのに告ってきた馬鹿もいたけど、それも攻略済にするとクラスの半分以上か」
性格が良いと評判の風間から出た言葉が信じられず、俺の脳はしばしフリーズしていた。
その後、鼻歌交じりでスマホを弄っていた風間は再び笑みを浮かべた。
「で、次の獲物は神原君ね」
名前を呼ばれた瞬間、ビクンと心臓が跳ねた。
この学園に神原という苗字の生徒は恐らく俺と妹だけだろう。神原君と呼ばれるのは俺しか考えられない。
「話してみた感じだとクラスに馴染めないオタク君ってところかな。けど、警戒心は強め。女の子に興味がないのかな? それとも、昔女の子にフラれたのがトラウマになってるとか。現実の女にフラれたから二次元に走ったとかだったりしてね」
当たってるよ。
風間は大きく息を吐くとスマホをしまい、机から飛び降りた。
「まっ、あの手のタイプは何人も攻略してきたから今回は楽勝でしょ。どうせなら最速記録に挑戦してみようかな。よし、今週中の攻略を目指そう。あのモブキャラ君が情けない顔で告ってくるか今から楽しみ」
悪い笑みを浮かべたまま、風間は教室を出ていった。
◇
誰もいなくなった教室で俺はショックを受けていた。
性格最高と言われていた風間の裏の顔を知ってしまった。それもショックだったけど、最もショックを受けたのは言うまでもない。
「……俺、モブキャラ君って呼ばれてるのか」
主人公みたいな顔はしてないと自覚していた。自分がイケメンだと勘違いもしてない。それでもモブキャラ君と呼ばれていた事実は中々に精神をえぐった。
だが、これで判明した。
あいつは単に遊びをしているだけだ。隣の席に座る男子を惚れさせるという上級国民も真っ青な遊びを。おまけにそれを記録して悦に浸っている。間違いなくやばい奴だ。
これが妖精の裏の顔ってわけか。
納得したよ。ブサメンとか関係なく平等に接するのはおかしいと思っていたが、これは予想を遥かに超えてきた。イケメンに興味があるとかそういう次元じゃなくて、男子をおもちゃにして自分の欲を満たしていたわけだ。それならイケメン以外にも優しくするわけだよな。
……ったく、どこが妖精だよ。彩音以上の腹黒じゃねえか。
裏の顔を知った今なら彩音と重なった理由がわかる。
学校での彩音は猫を被っているのだが、その姿と風間が重なってしまったのだろう。
妖精の裏の顔。知りたかったような、知りたくなかったような。
考えると気が重い。俺はこれから猛攻を仕掛けられるらしい。
それ自体は問題ない。裏の顔を知っていれば耐えられるだろう。ただ、最悪なのは現在の状況だ。俺はそんな風間を逆に攻略しなければならない。
今ここで見たことを弱味として使うという手段も考えたが、無理だろうな。仮に周囲に今のやり取りを言い触らしたとして、俺の発言を信じる奴がどれだけいる。
モブと姫の発言でどっちが信憑性が高い?
自分がクラスメイトの立場なら絶対に風間を信じる。でもって、言い触らした俺のほうを嘘つき呼ばわりするだろう。
「……マジかぁ」
大きく息を吐き、憂鬱な気分のまま教室に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます