第3話 隣の席は風の妖精

 姫ヶ咲学園総選挙第4位・風間幸奈かざまゆきな


 彼女に付けられた二つ名は”風の妖精”だ。


 姫なのに妖精とか意味不明だとツッコミを入れたくなる輩もいるだろうが、他の姫の二つ名もそこそこ意味不明なのでスルー安定である。どうして「風」なのかといえば苗字が風間だからだ。


 現在の姫は偶然にもそれぞれ苗字に属性を表す単語が入っており、二つ名に使用されている。


「あの、神原君?」

「え、ああ。よろしく」

「うん。よろしくね」


 俺と風間に接点はない。


 厳密にはクラスメイトという接点はあるのだが、会話した経験はない。単なるクラスメイトであり、それ以上でもそれ以下でもない。


 彼女については昨年から騒がれていたのでそれなりに知っている。


 入学当初は他に圧倒的な美少女達がいたのでそこまで大きな騒ぎにはならなかったが、じわじわと人気を集めていった。


 去年の二学期末に姫の座を獲得すると、徐々に順位を上げていった。


 妖精と名付けられた所以は彼女が纏っている雰囲気にある。

 風間幸奈はゆるふわ系と呼ばれる女子であり、その性格の良さから着実に人気を高めていったのだ。


 いつも笑顔を浮かべており、誰に話しかけられても対応を変えない。相手がイケメンであってもブサメンであっても嫌な顔を見せず対応する。コミュニケーション能力が高く、陽キャだけでなく陰キャからの評価も高い。


 無論、容姿も整っている。


 わずかに幼さを残しながらも整った顔立ち、守ってあげたくなる華奢な体、笑った際にちらりと見える八重歯。ゆるふわウェーブヘアは彼女の代名詞であり、この髪型がまた妖精感を加速させる。


 ギャルっぽく見えるが、どこか清楚で上品といった印象を受ける。


 要するに可愛い上に性格がめちゃくちゃ良いわけだ。そりゃモテるに決まっている。


「初めて隣の席になったね」

「そうだな」

「というか、神原君とお喋りするのもこれが初めてじゃないかな?」

「かもしれないな」

「今まで近くの席にならなかったし、中々喋る機会なかったもんね」


 偶然ではあるが、風間とはこれまで席が遠かった。


 まさかこんな形で接触するとはな。今の状況からして喜ぶべきか、それとも突然すぎると嘆くべきか。


「神原君とは前から話してみたかったんだ」

「……俺なんかと話しても面白くないだろ」

「そんなことないよ。神原君っていつも単独行動してるでしょ。何をしてるのか気になってたんだ。珍獣の生態を知りたい、みたいな?」

「誰が珍獣だ!」


 思わずツッコミを入れると、風間は楽しそうに笑った。


 笑顔を浮かべる風間はとても魅力的に映った。まるで妖精が可愛らしいイタズラをした時に浮かべるような笑みだった。


 本物の妖精とか知らんけど。


「知りたいといえば、クラスのみんなの変化も気になるよね」

「変化?」

「うん。夏休み前に比べて随分と変わってるでしょ」

「……全然そうは見えないが」

「えぇ、全然違うよ。委員長とか茶髪になってるよ。彼氏出来たって噂だけど、神原君は聞いたことない?」


 そいつは初耳だ。


 指摘されて見回すと、確かにクラスメイト達は少し変化していた。


 髪の色が変わっている奴がいたり、雰囲気が大人っぽくなっている奴がいたり、逆にうるさいくらい元気だった奴が静かになっていたりした。


 ひと夏の経験でもしたのだろうか。


 高校生ってのは色々な初体験をする年齢らしいからな。文字通り大人になってしまったのかもしれない。


「神原君も変わったよね」

「そうか?」

「夏休み前よりもイケメンになってるもん」

「っ、冗談はよせっ!」


 イケメンとか生涯で初めて言われたぞ。


 明らかに嘘だとわかってはいるのだが、褒められて悪い気はしなかった。多分、顔は少し赤くなっていただろう。


 突然の発言に驚きながら、ふとある噂を思い出した。


『風間幸奈は隣の席の男子に必ず告白されている』


 誰が言い出したのかは不明だが、彼女にはそんな噂が流れている。一年生の時から隣の席の男子に必ず告白されているらしい。


 あくまでも噂だが、信憑性は高い。


 そもそも姫は圧倒的な人気を誇っている。単純に容姿が優れているのもあるが、姫という称号持ちを彼女にしたいと企む男子は多いのだ。


 ここからは予想になるが、隣の席の男子が風間に惚れるのは性格とコミュ力が成せる業だろう。席が近ければ自然に会話する機会が増えるし、それで内面が魅力的な風間を好きになってしまうのだろう。


 姫の座から落ちていないところから考えるに全員が玉砕しているわけか。


「うーん、冗談じゃないのになぁ」


 聞こえるかどうかの声でつぶいやいた風間は、思い出したように机から本を取り出した。


「ねえ、神原君は本とか読む?」

「マンガ専門だな」

「そうなんだ。私もマンガ大好きだよ」

「意外だな」


 俺の言葉に風間は小首をかしげた。


「どういう意味かな?」

「モデル関係の雑誌とかそういうのが好きな印象があった。たまに風間が女子達と話してるの聞こえるけど芸能人の話ばっかりだし」


 特に聞き耳を立てていたわけではないが、女子グループの声が大きいのでよく聞こえてきた。


「確かにそっちも好きだけど、マンガとかアニメも結構好きなんだよ」

「アニメも好きなのか。じゃあ、最近話題になってるアレも見てるのか?」

「すごく面白いよね。個人的には――」


 風間は話題になっているアニメについて語りだした。


 期待していなかったが、意外にも詳しかった。しっかりアニメを見ていないとわからないようなことまで知っていた。


「わかる。あの場面は最高だったよなっ!」

「熱くて盛り上がったよね」

「主人公の熱さがいいんだよな!」


 好きな話題だったのでつい声に力が入った。


 興奮して声が大きくなった俺を見て、風間は口元に笑みを浮かべた。


 えっ?


 その顔を見た瞬間、ある違和感に襲われた。風間の顔と妹の彩音が重なって見えたのだ。

 

「ホントにあれは今期の覇権だよね」

「……」

「神原君?」

「え、おう。そうだな」


 重なったのは一瞬だけだった。


 気のせいだよな?


 いくら何でも実の兄を脅すようなあの性格が終わってる女と重なるのは失礼すぎるだろ。相手は性格面で最高と評判の姫なのに。


「でも、神原君が隣で良かった。話も合いそうだし、改めてこれからよろしくね」

「こちらこそ」

「ふふふっ、これから楽しくなりそう」


 風間は笑顔でそう言うと、声を掛けてきた友達のところに向かって歩き出した。程なくすると楽し気な声が聞こえてきた。


 会話が終わり、俺は深々と息を吐いた。


 久しぶりに女子と話して緊張した。手にじわりと汗がにじんでいた。

 

 こんな調子で姫攻略とか大丈夫なのか?


 不安を感じながらも、攻略対象と予期せぬ形で接触できた幸運に感謝するという複雑な気持ちで初日は終わった。ただ、彩音と重なったその姿にわずかな引っ掛かりを覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る