第2話 姫ヶ咲学園の姫6
私立姫ヶ咲学園はこの辺りでは有名な高校だ。
地域最大の生徒数を誇るマンモス校であり、文武両道を掲げる進学校としても知られている。
まあ、文武両道といえば聞こえはいいが実際にはどちらも中途半端な自称進学校だ。そこそこ頭が良く、それなりに強い部活が存在する高校と表現するのが正確だろう。
生徒数が多い自称進学校などありきたりだが、有名になった最大の理由は別のところにある。
女子の制服が可愛い。
アニメに登場する学校の制服みたいだと評判がいい。これは理事長の好みであり、海外の学校を参考にしたものらしい。テレビやらネットで目にする制服が可愛い高校ランキングでは常にトップに輝いている。
また、制服の効果もあってか通っている女子のレベルが高いともっぱらの評判だったりする。
ちなみに俺がここに通っている理由は家の近くだから。
制服のデザインとかどうでもいいし、部活だってしていない。勉強に力を入れているわけでもない。
あえて他に入学理由を挙げるとしたら学力的に丁度良かったというのがあるだろう。初恋に破れた後で勉強に力を入れた結果である。
さて、登校した俺は自分の席で頭を働かせていた。
「……姫攻略か」
実の妹に脅されて姫を口説くことになったわけだが、恐ろしいほどに気が乗らない。ただでさえ夏休み明けで憂鬱なのに気分は最悪だ。
現実的に考えてイケメンでもない俺が姫を口説くとか無理じゃね?
しかし拒否はできない。
あの秘密が晒されたら流石にまずい。平穏な高校生活は地獄の生活に一変する。それは嫌なので、ここはまじめに考えよう。
まずは状況の把握からだ。
姫ヶ咲学園には”姫6”と呼ばれる少女達がいる。彼女達は夏休み直前に行われた人気投票で上位に輝いた、学園が誇る超人気の美少女達である。
惜しくも7位だった我が妹は姫の称号を狙っている。
どうしても姫になりたい彩音が考えた作戦、それは姫に彼氏を作らせて人気を落とすというものだった。
なるほど、あいつも考えたものだ。彼氏が出来れば姫から陥落するだろう。総選挙は人気投票なので彼氏がいるとなれば人気が落ちるのは当然である。
実際、彼氏が出来てから姫の座から陥落した元姫も多い。現在の最上級生に姫がいないのもこれが理由だったりする。
これは噂話だが、過去には姫の座を欲して色々と動きもあったようだ。悪い噂を流したり、いじめ紛いなことをした生徒もいたらしい。それに比べれば愚妹が考えたこの方法は平和的といえるだろう。
問題は攻略者である俺のレベルが足りない点だけ。
ゲームなら勝てないボスが出現した場合はレベル上げを行うのだが、果たして俺が努力したところで意味があるのだろうか。
などと考えていたら。
「おい見ろよ、女王様が登校してきたぞ」
「相変わらずだな」
「あれ、珍しいな。姫君がいないぞ」
窓から外を見る。
視線は吸い込まれるように、ある少女に向かう。
他にも登校している生徒は大勢いるのだが、視線はその少女から外れない。
周りの生徒が少女の存在に気付くと、道を譲るがごとく端に移動した。開かれた中央を堂々と歩く姿はまさに女王様とである。
「あっ、姫王子様がいるわよ」
「ホントだっ!」
「今日も素敵ね」
今度は女子が黄色い声を上げる。
視線を向けると、そこには多くの女子が集まっていた。
中心にいるのは中性的な顔立ちの少女。圧倒的な女性人気で姫の座に君臨している少女は大勢の取り巻きを従えていた。その姿は多くの令嬢に囲まれる王子様のようであった。
「おっ、あっちには女神様がいるぞ」
「珍しく姫王子とは別行動だな」
「相変わらず素晴らしい揺れっぷりだ。眼福でござる」
男達の視線が女神と呼ばれる少女のほうに向く。
俺はそこで視線を室内に戻した。
「そういや、聖女様はどこだ?」
「もう登校してるみたいだよ。今日は早かったね」
「マジかよ。拝みに行かないと」
クラスメイトの声を聞き、小さく息を吐いた。
先ほどから出ている「聖女」とか「女王」というのは姫のことだ。
無論、本名ではない。姫に付けられている二つ名だ。姫の座に就くと二つ名が与えられる。名付け親は新聞部だ。
「……やっぱ人気だよな、姫は」
素直が感想が漏れる。
これまで姫に関して興味はなかったが、改めてその人気ぶりに驚く。この分だと狙っている男子は多いだろう。
あれ、ちょっと待てよ。
これって別に俺が口説く必要なくね?
最終的に彩音が姫になればいいわけだし、イケメンが口説き落としてくれても問題はない。むしろイケメンを焚きつけてその気にさせるのはどうだろう。そっちにアタックさせたほうが勝率が高いはずだ。
「……」
頭を振って冷静になる。
悪くない計画だが、さすがにそれは他力本願すぎる。失敗すれば高校生活が終わる。他人を使うのは悪くない計画だが、自分でも動くべきだろう。
そうと決まれば早速動き出したいところだが、問題はどの姫を攻略するのかという点だ。
俺には絶対近づきたくない姫がいる。
疎遠になってしまった初恋の幼馴染。
人生二度目の恋をした中学時代の友人。
因縁あるこの両者も姫ヶ咲学園に進学しており、どちらも圧倒的な人気で姫の座を獲得している。
昨年、姫に選出された時は驚いたものだ。彼女達には彼氏がいると思っていたからだ。上手く隠しているのか、それとも現在は付き合っていないのか。
その辺は考えてもわからないからどうでもいい。
別にケンカをしているわけじゃないが、下手に近づけば豆腐より脆い俺のメンタルが崩壊しかねないから距離を開けたい。幸いにもどちらも別のクラスなのでこっちから接触しない限りは大丈夫だろう。
狙うなら他の姫だ。
現在の姫は一人を除いてすべて二年生だ。俺達の学年は黄金世代と呼ばれており、近年まれに見る豊作らしい。
下級生の姫は全く接点がないので狙うのは難しい。
となれば、候補は絞られる。その中で最も接する可能性が高い相手は――
「おっ、妖精様が登校してきたぞ」
誰かがそう言うので再び視線を窓の外に向ける。
多くの友人に囲まれた少女が歩いている。こちらの視線に気付いたのか、彼女はクラスに向けて手を振った。
このクラスにも姫が存在する。
他の姫に接点がない以上、彼女を狙うしかない。
「夏休み明けで地獄だけど、妖精様を近くで見れるのは最高だよな」
「テンション上がるぜ」
「夏休み前よりもさらに可愛く見える」
狙いを決めたのはいいが、問題はどう近づくのかだ。
今までクラスで目立たなかった俺が急に接触したら騒ぎになる。そもそも近づけない。どの姫も人気が高く常に囲まれているが、特にこのクラスの姫はコミュニケーション能力が高いので友達が多い。
これは練りに練った作戦が必要だな。
ピンチの場面を助けるとか、彼女の兄妹と接点を持つとか、そういう感じの好感度が下がらず自然と会話ができるような完璧な作戦が。
俺は難しい顔で思考の海を泳ぐ。
……
…………
思考の海でバタフライを開始して数分後。
どうやら運命の女神様ってのはイタズラが好きらしい。
このクラスでは一か月に一度、席替えが行われる。そして今日は夏休み明け最初の登校日であり、恒例となる席替えが実施された。
で、その結果。
「よろしくね、神原君」
隣の席に座ったのは”風の妖精”と称される姫だった。
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