第1話 姫攻略することになった件
物騒な脅し文句を並べて部屋に入ってきた一つ年下の妹、
「……ありえない。相変わらず気持ち悪い部屋」
ぐるりと室内を見回すと、どこか呆れたような顔で言いやがった。
その発言は心外だ。部屋にはフィギュアやらグッズはあるものの、部屋の一角に置いてある程度だ。主張の強いグッズは持っていない。
けど、こいつが俺に頼みとはな。
彩音が部屋に来るのは久しぶりだ。昔はそれなりに仲のいい兄妹だったが、彩音が中学生になってしばらくしてから会話も少なくなった。俺が自分の世界に閉じこもってからは家で顔を合わせる度に嫌な顔をされたものだ。
「で、わざわざ夏休み最終日にどうしたんだ。物騒な言葉を並べていたが」
さっさと話を終わらせるために切り出すと、彩音は思い出したように。
「話をする前に確認しておきたいんだけど」
「確認?」
「あたしの可愛さについて。ほら、あたしってめちゃくちゃ可愛いでしょ?」
自分で言うのはどうかと思うが、可愛いのは認めるところだ。
身内だからと贔屓しているわけではない。性格はお世辞にも褒められたものではないが、見た目だけは本当に可愛いから仕方ない。
今年から高校生になった彩音は高校生には見えないくらい小柄だ。顔立ちも幼く、ランドセルを背負えば今でも現役で通用するかもしれない。声だって舌足らずで子供っぽさを強調している。
「まあ、一般的には可愛い部類だろうな」
余計なことを言ったら面倒になるので適当に答えておく。
「兄貴はよくわかってるじゃん。そう、あたしってば可愛いんだよ。そんなあたしが”姫”じゃないとかありえなくない?」
「……」
その言葉を聞いて嫌な予感がした。
俺と彩音は
姫ヶ咲学園総選挙。
察しのいい人は名前を聞いてピンと来ただろう。このイベントは学園に通う女子生徒を対象にした人気投票であり、某国民的アイドルグループの影響をモロに受けたものである。
学園公認の行事ではなく、新聞部主催の非公式イベントだ。
イベントの目玉はランキング上位に与えられる称号にある。
某アイドルグループの総選挙では上位に輝いたメンバーは”神7”と讃えられた。この称号は世間に浸透し、大きな話題となった。
『向こうが”神7”ならこっちは”姫6”よ』
発案者はそう掲げて総選挙を開催した。
これが生徒達にウケ、現在では名物イベントとして定着した。
余談だが、本家と人数が異なるのは向こうが神だからだ。こっちは姫ヶ咲学園だから”姫”という称号になり、神に上位を譲ったから人数を減らしたらしい。謎の気遣いだろう。
総選挙は毎回学期末に行われ、結果は学校新聞に掲載される。
当初は全順位を発表していたらしいが、一部生徒が猛反発したので現在はトップテンだけが発表されている。
興味がなかったので入学までこのイベントについて知らなかったのだが、ランキングを知った時に思ったね。
発表は姫の称号が与えられる順位だけで良くね?
現在進行形でそんな疑問を抱いているわけだが、これには理由があるらしい。不正が行われていない証拠としてトップテンが発表されているそうだ。学校新聞には投票数も掲載されており、清廉潔癖をアピールしているわけだ。
不正していないアピールはいいが、これによってある問題が生じた。
そう、惜しくも姫の座を逃した女子生徒が枕を涙で濡らすという問題が。
我が妹である彩音は夏休み前に行われた総選挙で”7位”だった。
小柄で童顔の彩音は俗にいうロリ系だ。特定の層から爆発的な人気を集めているのだが、姫の称号が与えられる順位にはわずかに届かなかった。
姫に選ばれることを熱望していた彩音は発狂した。自分が姫入りする可能性が高いと考えていたようで、夏休み序盤はそりゃもう荒れていた。部屋から叫び声が聞こえ、目が合ったら理不尽な罵倒をされたものだ。
「ムカつくから姫になりたいの」
「じゃあ、俺にしたい頼みってのは?」
「あたしを姫にして」
予想通りの展開にため息が漏れる。
「無茶言うな。てか、おまえは可愛いんだから待てばいいだろ」
「はぁ?」
「今年は無理かもしれないが、来年なら可能性あるだろ」
慰めたつもりだったが、彩音の目が鋭くなった。
「来年まで待って勝算あると思ってんの?」
「っ、そうだったな。悪い」
発言した直後で自分の迂闊さに気付いた。
現在の姫に最上級生はいない。つまり、来年まで待っても事態は好転しない。むしろ新入生の登場で順位が下がる可能性が高い。
「まあいいわ。ってわけで、あたしを姫にして。具体的には次の総選挙までに」
「無茶言うなよ。大体、俺がおまえを手伝うメリットがないだろ」
「あっそ。だったら、兄貴の秘密をバラしちゃうから」
彩音は邪悪な笑みを浮かべた。
「お、俺にバラされて困る秘密なんてないぞっ」
「兄貴が気持ち悪いオタク野郎だってバラすけどいいの?」
「……別にオタクとか普通だろ」
脅してきたからどんな弱みを握っているかと思えばその程度か。
昨今ではオタクも人権を得ている。大人から子供までアニメを鑑賞している時代だし、ソシャゲにハマっている中高生は山ほどいる。テレビではコスプレイヤーが登場し、動画サイトではVtuberが大人気ジャンルとなっている。
この程度は秘密の範疇ではない。
そもそも俺は目立たない男子生徒だ。周囲から陰キャオタクのイメージで見られているだろう。この程度では脅しになっていない。
「ただのオタクならそうだけど、兄貴ってやばい奴じゃん」
「どこがだよ」
「へえ。なら、これ見ても同じこと言える?」
彩音はにやにやしながらスマホの画面を見せてきた。
表示されているのはまとめサイトだ。
何度か見たことがあるサイトだ。アニメにゲームといったサブカル系のサイトで、最近では特にVtuber関連の記事が多い。
彩音が表示したそのページのタイトルは――
「読めないなら読んであげる。タイトルは『個人勢の配信でえげつない長文ニキ発見したwwww』って書いてあるわね」
「ちょっと借せ!」
彩音からスマホを奪い、記事を追っていく。
その記事は長文でVtuberに投げ銭をした奴を馬鹿にしたものだった。冒頭には投げ銭コメントのスクショがあった。
『いつも配信してくれてありがとう。最近はフェニちゃんに感謝するのが日課になりつつあるよ。それで本題だけど、元気出してほしいな。確かに親友からの告白なんてビックリする体験だよね。しかも相手は同性だし。だけど、しっかり考えて答えを出してあげて欲しいんだ。どんな答えでもちゃんと考えて答えを出すのが大事だと思うから。まあ、俺は告白したこともされたこともないんだけどね。全然説得力ないし頼りないと思うけど、俺で良かったらいつでも相談に乗るからね。俺はいつでもフェニちゃんの味方だから』
長文で中身のない投げ銭コメントを送ったアカウントの名前は【ヴァルハラ】という奴だ。
こいつの正体は俺である。
ガクガクと体が震える。
あの時は一種のトランス状態で自分のコメントなんて特に気にしていなかったが、こうして改めて見ると相当に気持ち悪い。
スクショは他にもあり、同じくらい長文の投げ銭コメントが晒されていた。
「マジで気持ち悪い。キモイってレベルを通り越して、もう気持ち悪い」
「気持ち悪いもキモイも同じだろっ!」
高校生になってVtuberにハマった俺は投げ銭を覚えた。自分のコメントを拾ってもらえる快感に目覚めてしまったのだ。
今ではバイト代の半分以上が投げ銭に消えている。むしろ投げ銭とネトゲのためにバイトしていると言ってもいい。
「これをバラされたら人生終わっちゃうね?」
想像してみる。
間違いなく平穏な生活はぶっ壊れるだろう。あだ名は「長文ニキ」になり、それはもうあちこちから馬鹿にされるはずだ。
それもただ馬鹿にされるだけでは済まない。俺のせいで推しまで変な扱いを受けるかもしれない。
「で、取り引きの話。あたしを姫にしてくれたら黙っててあげる」
「……宣伝でもすればいいのか?」
「兄貴が宣伝したって意味ないでしょ。あたしだって自分を売り込むアピールはしてるから」
「じゃあ、何をすればいいんだ?」
彩音は邪悪な笑みを浮かべたまま。
「姫を口説いて。兄貴の好きなゲーム風に言うと、攻略してほしいんだよね」
攻略?
「そっ。姫の誰かと付き合ってくれればいいの。彼氏が出来ると人気ガタ落ちでしょ。そうすればあたしが繰り上がるってわけ。兄貴には彼女が出来るし、あたしは念願の姫になれる。どっちも得する公平な取り引きでしょ?」
脅しておいてどこが公平だよ。
グッドアイデアっぽく彩音は言うが、残念ながらこの取り引きは成立しない。
「不可能だ」
「どして?」
「口説けるわけないだろ。攻略不能なゲームはクソゲー以前に未完成品だ」
俺のような敗北者が姫として崇められる超人気美少女を攻略するなど夢のまた夢だ。それが出来るのならそもそも恋愛を諦めちゃいない。
「ふーん、嫌なんだ。だったらバラしていいの?」
「ぐっ」
「最悪、付き合わなくてもいいよ。仲良くしてくれるだけでも効果あるし。ほら、彼氏いるかもって噂になるだけでもダメージ大きいでしょ。男友達と仲良くしてるだけでも少しは票数削れるはずだし」
簡単に言いやがる。
「やってくれるでしょ?」
絶対に遠慮したいところだが、選択肢はなかった。
黙って頷くと、彩音は満足したように笑って立ち上がった。
「じゃあ、明日からよろしくね、兄貴。いいえ、ここはあえてこっちで呼ばせて貰うわ。明日からよろしくね、長文ニキ」
……やかましいわ。
こうして高校二年生の夏休み最終日。
実の妹に脅され、姫攻略生活が始まった。
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