第4話 桜雨の紅茶とイチゴのフレジエ~祝福の花びらを添えて(4)
***
フォスフォレッセンスの庭に植えられた百合たちが、青白い光をまとって揺れている。月はないが、星がいつもより強く輝く晩だ。
移植ごての代わりに真珠貝を手にしたセノイが、さくり、と土をすくう。星と白百合に照らされて虹色に光る貝の裏側で、春の雨の匂いのする土を掘っていく。
拳ふたつ分くらいの穴ができたところで、後ろから「お待ちどおさま」という声がした。柔らかくしゃがれた声の持ち主は、もちろんデュボワだ。
しゃがんだまま「どうです? 今夜は大漁でしたか?」と振り返るセノイに、得意そうに両手を差し出す。その手の中には、金に光るコンペイトウのような星のかけらたちがひしめき合っていた。
「よかった、いい栄養剤になります。特に今夜の花は、星と相性がいいようですから」
佐倉春香が支払った燐光の花をセノイが埋め、デュボワが上から星々を振りかける。最後にふたりで土をかぶせると、今夜の業務は終了だ。
新しい仲間への歓迎か、濃厚な百合の香りが、星の気配のする大気に満ちている。
デュボワが、今しがた植えたばかりの新入りの小さな花を見つめながら言う。
「よかったら、今夜はここで仕事終わりのお茶をいただくことにしませんか? 星のきれいな晩ですし、最近はすっかり暖かくなりましたから」
「素敵な提案ですが……」
とセノイが上空を見上げたまさにその瞬間、デュボワは額に生ぬるい雫を感じた。雨が降り出したのだった。
セノイがため息をつくように言う。
「強がりな方の流す涙は、いっそう美しいものですね。ひとりでしか泣けないなんて、なんて健気な」
「きっと今頃、心が洗われるような心地でベッドに入られていることでしょう。泣きながら寝つく夜も、やがて思い出になります。切ない過去ほど、大切な思い出に」
星を見つめながら言うデュボワに、セノイがいたずらっぽく聞く。
「あなたにもありますか? 春の雨の似合う、甘く切ない思い出が……」
しかし、この若執事はかぶりを振って続けた。
「やっぱりこの話はよしましょう。あなたと親しくなるにつれ、過去を知ると少し妬いてしまうようになりましたから」
デュボワが不意を突かれた顔をするや、やや咳き込みながら笑い声を上げる。セノイも彼の背中をさすりながら、くすくすと笑った。
人の世の歴史から退場させられたリリスに仕えるもの同士、過去の話は厳禁だ。人であれ天使であれ、大きな傷を負っているからこそ、この使命に身を
白百合たちが甘い吐息をつく園を、ふたりはゆっくりと後にした。
~第4話 桜雨の紅茶とイチゴのフレジエ~祝福の花びらを添えて Fin.~
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