第5話 彼女の場合。
『何でか言ってくれたら大人しく一緒に行く』
「アナタの本当のご両親がお待ちなんです」
『何処で』
「王都です」
『王都の何処』
「それは」
『言わないなら絶対に協力しない』
「城でお待ちになっております」
『私がお姫様だとでも?』
「はい」
『無理、絶対に嫌』
「ですが」
『私は今まで貧民街に居た、それこそ薬を売るか体を売るかしないと生きられない様な場所で、それで王女様になるなんて無理。私の為を思うなら、何とか向こうを諦めさせてよ』
私はアッシュを見た瞬間、前世の記憶を取り戻した。
彼の忠誠心を疑い、お父様から敢えて苦言を呈してくれるアッシュを誤解するな、と。
だから私は、嫁ぎ先で苦言を呈する者の言う事を良く聞いた。
王女として、お姫様として、妻として。
そして死んだ。
「アナタを守るた」
『アナタが守ってくれるって言うの?』
「俺達が守ります、彼はクロウ、俺はアッシュ」
『でも、どうせ』
いえ、最初に私が彼を拒絶した、私から離れる様にと言った。
あんな思ってもいない事を言わず、もっと素直に言えていたら。
あんな奴、あんな奴に嫁がなければ。
アッシュは、彼は私の事を考えて苦言を呈してくれていた。
けどアイツは、アイツだけは許せない。
「もし俺達が信用ならないなら」
『いえ、でも条件が有る』
アッシュが前に婚約者候補を排除してくれていた、でも彼が離れたから、私はあんな奴に。
いえ、あの男には外聞も何も表面上の問題は無かった。
だからこそアッシュも見逃したのかも知れない。
先ずはアッシュが排除した者から、ココでも排除すべき。
少なくとも、私は本当に王女なのだから。
『何て利発な子なのかしら』
《相当に苦労しての事なのだろう、すまない》
『いえ、良いの、もう良いの、やっと会えたんですもの』
悪しき貴族に奪われ、今まで行方不明だった娘の顔を、やっと見る事が出来た。
体の痣に歌声、そして容姿も、何もかもが王家王族だと指し示している。
それに更には、利発さまで。
《だが、王女としては生きられない、と、残念だ》
『その利発さこそ相応しいとも思うのだけれど』
貴族の娘として、侍女としてなら王宮へ上がる。
でなければ一切協力は出来無い、と。
「強引さが仇となったのかも知れません、申し訳御座いません」
《いや、利発な子なんだ、コチラが素直に身分を明かしても難しかっただろう。気に病むなアッシュ》
「ですが」
《いや、こうして会えるだけでも十分なのかも知れない。だと言うのに、王女の責務まで追わせるのは、あまりに欲張りなのかも知れない》
『そうね、なんせ会って話せるんですもの』
《あぁ、そうだな》
王女の国葬が執り行われ、私はアッシュの家の養子になった。
代々騎士として活躍し、近衛兵にまでなれたアッシュの妹に。
どれだけ厳しい躾けが待っているのかと、そう少しだけ心配していたのだけれど。
全然、厳しく無い。
ただ、冷たい。
以前のアッシュとは全く違う、何処かで優しさを信じられた様な行動も、言葉も無い。
『あの、お兄様』
「はい、何か」
いつまでも私は王女様扱いのまま、確かに養子の妹だけれど。
『字の練習も兼ねて手紙を書いたのだけれど』
「拝読させて頂きます」
『ええ、お願い』
「俺が同じ年の時は、この位でした、見本にどうぞ」
『そう、ありがとう』
前は、こんなにも他人行儀だっただろうか。
「後は、何か」
『いえ、ありがとう』
「いえ」
どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。
彼は騎士で近衛兵で兄、私は妹で王族。
コレが当たり前の筈なのに、どうしてこんなにも淋しいのだろう。
《あぁ、アッシュは昔からあんな感じなんですよ。冷血冷徹鉄仮面、情が無いと思って下さって構いませんよ、お気になさらず》
『その、私が嫌われてるワケじゃ』
《とんでもない、誰にでもあんな感じで、ですがもしご不満でしたら改善させますが》
『いえ、良いの、少し気になっただけだから』
《良いんですよマリー様、遠慮なさらずご不満を言って頂いて、ご家族でも有るんですから》
『いえ良いの、今で十分だわ』
マリー様は出会った時から賢い方で、思い遣りが有る。
だからこそ、あの無愛想なアッシュには一応注意しなければ。
あぁ、なら王妃様達に少し相談すべきでしょうね、滅多な事では会えないんですし。
『そう、あの子がそんな事を』
アッシュの代わりに近衛兵長になったクロウから、娘がアッシュの冷たさに傷付いている、と。
《だがアッシュは前からアレだ、どう伝えるべきか》
娘は、マリーは賢い子だが、まだ8才。
何かしら欠けているとは思うが、難しいか、あのアッシュの良さを理解するには時間が掛かるだろう。
『愛想も情も無い代わりに、良く仕事が出来る子、なのだけれど。でも、私達からアッシュに言うのは、少し事が大き過ぎないかしら?』
《そこで、です、お会いする理由になるかと》
《あぁ、クロウ、成程な》
『是非お願い、ね?』
《あぁ、頼んだ》
《はい》
私達の賢い娘は、貧民街で育った者に王女の荷は重い、そう言って貴族の娘となる事を提案して来た。
恨みを買い、私達を罰する為なのか、と。
だが私達を恨み拒絶する事も無く、いつか王宮に上がる為に、と努力をしてくれている。
そして、努力は実り。
『王様、王妃様にご挨拶申し上げます』
『まぁ、凄く上手な挨拶よ、本当に』
《家の教育が良いのだろう、さ、面を上げコチラへ》
『はい』
どうしてこんなにも良い子なのだろうか。
どうして、こんな子を利用しようなどと。
いや、あの時はそうする他に手は無かった。
長引けば更に王宮へと敵の手勢が増え、果ては国を揺るがす事態となっていた。
だが。
《本当に、すまなかった》
『アナタ』
『いえ、事情は伺いました、仕方無かったと分かってますから』
《だとしても、だからこそ、本当にすまなかった》
アッシュに見付け出して貰えなければ、私は。
『私は元気にしております、どうか気に病まないで下さい』
《あぁマリー、本当にすまなかった》
多分、私だけ前世の記憶が有るのかも知れない。
お父様もお母様も、それこそクロウも相変わらず。
いえ、そうなるとアッシュがあまりにも違い過ぎる。
もしかして、以前の彼こそ、前世の記憶が。
そうなると、確かに全ての辻褄が合う。
クロウの婚約者を排除せず、私の婚約者までも特に調べる事も。
いえ、寧ろ私が王女では無くなってしまったから?
王女では無い私には、価値を見出だせない?
だから?
だから前の様に注意すらしてくれないの?
『アッシュ、どうして注意してくれないの?』
「何の為か分かりませんが、ワザとしてらっしゃる事は見抜けますから。俺が頼りないなら、信用出来無いと仰るなら、無理に関わって頂く必要は」
どうしてマリー様は泣いてらっしゃるんだろうか。
俺はただ、近衛兵であり兄としては注意はした、そして時には見過ごす事も必要だと思い。
《アッシュ、ちょっと来て下さい》
「だがマリー様が」
《良いから来て下さい》
『良いの、行って頂戴』
「すみませんが、失礼致します」
一体、何をクロウは怒っているんだろうか。
《アッシュ、何故僕が怒っているか、分かりませんか》
「あぁ、全く分からない」
《兄妹だとしても、冷た過ぎるからですよ》
「だが俺には元々弟も妹も居なかった、一体、どうしろと」
《もう少し情を持って下さい》
「具体的に頼む」
《笑い掛けたりだとか甘やかすだとか》
「それは婚約者にする事だろう」
《そこまででは無くて、少し別に、もう少し砕けたりだとか……》
あぁ、そう言えば前にも似た様な説教を受けたな。
相手は確かクロウで、そう注意された原因は、マリー様だった気が。
「すまん、前にもこうして説教をさせたな」
《何の事です?》
「いや、前にも似た事をお前に言わせてしまっただろう」
《いえ、王と王妃からのお話で十分だろうと、僕は何も言った覚えは有りませんが》
「そう、だったか?」
《勘違いだとしても、いえ、僕は何処で説教しましたか?》
「その時は、確か、王宮だった気が」
《覚えが全く無いのですが、もし僕の苦言がお説教だと》
「いや、前にも同じ様な事を言われた気がしただけなんだ、本当に」
《お疲れですか》
「あぁ、そうらしい」
《珍しいですね、記憶違いも滅多に起こさないのに》
「あぁ、俺もそう思う」
《あ、もしかして夢で僕が説教した、とか。罪悪感ですかね》
「いや悪いとは全く思って、無かったが、もう少し、改めようとは思う」
《協力しますから、もう少し優しく接してあげて下さい》
「分かった」
私が泣いたせいで、アッシュの態度が変わってしまった。
こんなの、私は望んで無い。
嫌だ、前みたいで。
前?
前世でのアッシュは優しいけれど、冷たくて、こんな媚びた様な態度なんて無かった筈。
でも、前と比べて全く違う、違い過ぎる。
その前。
その前?
もしかして、私は何度も転生してる?
何故?どうして。
どうしてアッシュだけ、こんなにも前と違うの。
「マリー」
『違うの、お願いアッシュ、そうじゃないの、お願い、前に戻って』
前に戻って欲しいと懇願され、俺は前世を思い出した。
ただ、どうしてマリー様が泣いているのかが分からない。
俺を断頭台に掛ける程、憎悪を持っていた筈なのに。
憎悪も無い、情愛を浮かべた眼差しを。
いや、俺の表面的な優しさに気付き、再び断罪を行おうとしているんだろうか。
「すみませんでした」
こんなにもマリー様を揺さぶってしまう俺は、傍に居てはいけない。
前世でも俺は誤解させてしまい、殺されたのだろう。
だからこそ、俺は逃げるしか無い。
あんなにも意味の分からない断罪を避ける為、理不尽と不条理を避ける為。
《どうして辺境なんですか》
「俺は居ない方が良い、きっとその方が良いんだ」
《だからどうしてそうなるんですか》
「俺の事以外、マリー様は狼狽える事は無い。俺は困らせたくない、憂い無く幸せになって欲しいんだ」
《だからって》
「俺が傍に居て出来る事は何も無い筈だ、後はお前に頼んだ、クロウ」
出来る事は。
ぁあ、処刑の際に立ち会っていた者達の内偵か。
《分かりました》
「あぁ、頼んだ」
これで悲しませる事も、憤りを感じさせる事も無い、筈。
正しい判断の筈が、どうして不安なのだろうか。
いや、きっと大臣達の事を調べれば落ち着く筈だ、きっと。
《すまんな、まさかマリーを利用しようとする者がこんなにも居たとは》
「いえ」
《はぁ》
「更に調べてみるつもりですが、どういたしましょうか」
《すまないが、頼んだ》
私達が目を掛けてしまったせいで、マリーを利用しようとする者が多く
そして未だに亡くなった身代わりの王女を慕う者まで、半ばマリーを排除しようと動いていた。
娘を忘れさせない為に、などとほざき、マリーを消そうと。
全く嘆かわしい、あの亡くなった王女は偽者、マリーこそ本物の娘だと言うのに。
《マリーの考え次第だが、王都から離すべきかも知れないな》
『そうね、私達の我儘で不幸にさせたくないの、話してみてくれないかしら』
「分かりました」
アッシュに名を言われた者に、覚えが有った。
そう、前の前、最初の。
いえ、最初かどうかは分からないけれど。
そう、前にアッシュが排除してくれた相手、私を淫乱と謗った男の父親も排除すべき者だったのね。
やっぱりアッシュには記憶が有った、前も、その前も。
けれど、どうして今は記憶が無いの。
どうして。
それとも、やっぱり私は嫌われているのかしら。
それは嫌だ。
何故、嫌なの?
どうして。
何故。
『アッシュ』
「マリー様、何か」
ぁあ、この瞳に憧れていた。
その瞳に私を写して欲しかった、温かく、優しく。
柔らかく微笑んで欲しかった。
まるで王子様のように。
そう、アッシュは私の王子様。
そして私はお姫様。
私のアッシュ。
アッシュが好き。
『アッシュ、私の王子様になって』
マリー様の言葉で、更に前世を思い出した。
骨と皮だけになりながらも、俺を王子様なのだと言ったマリー様を、思い出してしまった。
また失敗した、俺が思い出す時期が遅れ、傍に居たばかりに。
「年の差もですが、アナタと俺は兄妹」
『更に養子縁組すれば良い、クロウの妹になる、だから』
「俺とアナタは長く一緒に居過ぎてしまった、それはきっと単なる憧れです、賢いアナタに俺は」
『そんなっ』
《失礼、しても大丈夫、じゃなさそうですが》
『クロウ、私はアッシュが好きなの』
「クロウ、マリー様はお疲れらしい、休ませてあげてくれ」
『そんなっ、違う』
「すまないクロウ」
『待ってアッシュ』
《マリー様、落ち着いて下さい》
『クロウ、ねえお願い!アッシュを何処にもやらないで!』
どうして、こうなってしまったんだろうか。
前は首を落とされ、次は慕われ、今も。
どの道、俺では分不相応。
それに例えマリー様に前世の記憶が有ったとしても、またきっと誤解が生まれ、俺は断罪される筈。
ぁあ、どうして俺は首を落とされたんだろうか。
いや、今生きている、それにマリー様も生きている。
コレで良い、マリー様が生きているなら、コレで。
「マリー様、そんなに俺を苦しめたいんですか」
リンゴと飴しか食べれなくなってしまった私に、アッシュは憤りと呆れを含みながら、少しだけ悲しそうに言った。
違う、そんなつもりじゃない。
そんな風に見て欲しいんじゃない。
《アッシュ、言葉が過ぎますよ》
「そう思われたくないならしっかり生きて下さい、俺の為、クロウの為、お父上やお母上の為に」
あぁ、前のアッシュと同じ、厳しいけれど優しさの有る言葉。
でも、そんな目で見ないで。
悲しそうに、困ったような目で見ないで、そんな目は望んでない。
『ごめんなさい』
「お元気になるまで俺は顔を出しません、良いですね」
《アッシュ》
「良いですね、マリー様」
『はい、ごめんなさい』
《アッシュ》
「全てはマリー様の為だ、クロウ」
『良いのクロウ、ごめんなさい、ありがとうアッシュ』
心配を掛けるべきじゃない。
分かってる、こんな脅す様な結果は、望んでいないもの。
《例えマリー様の為だとしても、言い過ぎです、注意してきますね》
クロウに違和感を覚えた瞬間、再び前世を思い出した。
もっと前は、アッシュはクロウに命令する事が多かった、それこそ最近と同じ様に。
あぁ、私は何度、転生しているのだろう。
何度、アッシュは辛い思いを。
いえ、もしかして、その中で私はアッシュに何かをしてしまった?
だからアッシュは私を避け、なのに私を守ってる。
だから、あんなに悲しみと憤りを混在させて。
「優しくしてどうなる、以降も食べないと脅され振り回される事になれと言いたいのか?」
《いえ、ですがもう少し》
「言い方を変えてどうなる、俺に親しみを覚えさせてどうなる」
マリー様は確実に前世を覚えている、今世では好まなかったリンゴを生で食べるだなんて、有り得ない。
そう思った瞬間、更に前世を思い出した。
多分、全て。
《マリー様はアナタを》
「あぁ、俺が間違っていた、全て」
俺の存在が無ければ、マリー様の心は乱れる事は無い。
どうしてもっと早く。
いや、前は死を恐れ、その為にもと関わろうとしていた。
理由も分からないままに捕縛され、断頭台に乗せられ、断罪される。
あの恐怖を今でも覚えている、なんて理不尽で不条理なのだ、と戸惑いと憤りで頭が全て埋め尽くされた。
そんな場で読み取れた事は、マリー様から僅かでも情を向けられていた事を、あの時に初めて知った。
だが、俺にはまるで意味が分からない、と。
あぁ、思い出した、全て。
知らなかった、分からなかった、マリー様のお気持ちが。
だからこそ、俺は殺されたのか。
最初から、俺が諸悪の根源なんだな。
もう、終わらせよう、全て。
『アッシュ、目を覚まして、お願い』
彼は今までの死とは違い、毒を煽り死のうとした。
何故、どうして。
どうしてこんな事に。
どうして、何で、何処で間違えて。
最初?
最初から間違えていたの?
なら最初は何処、いつ。
最初は、何処。
前の、前の、最初。
あぁ、最初から私は間違えていた。
私は最初、彼を、殺した。
《マリー様、後は僕が付き添いますから、どうかお休みに》
あぁ、クロウの妻や侍女に唆され、アッシュを誤解し殺したんだわ。
馬鹿ね私って、本当に。
彼に結婚して欲しくなくて、いつまでも私の内緒の王子様で居て欲しくて。
なのに彼は私が嫁ぐとなると、自分まで結婚すると言い出して。
ショックだった、私は単なるお荷物、ただの護衛対処でしかない。
そんな事実を付きつけられた事が、ショックだった。
あの冷たい目が誰かに溶かされてしまうなんて、耐えられなかった。
私は好きだった、最初から、ずっと。
どんなに叱られても、冷たくされても。
ずっと、アッシュが好きだった。
『ごめんなさいアッシュ、今まで、全部、ごめんなさい』
アッシュは何度も私を救おうとしてくれた、それこそ最初から、いつもいつも。
だからこそ、例え私の気持ちを拒絶しての自死でも、私は諦められない。
離れるだなんて、有り得ない。
何としてでも彼を生かし、必ず私のモノにする。
《マリー様》
『クロウ、お願い、例え彼が私を嫌いだとしても良いの。お願い、彼を生かして私と結婚させて』
《こんな冷血漢を、そこまで愛してますか》
『ええ、ずっと前から愛してたの、ずっと』
もう私は王女じゃない、どんなに拒絶されても、絶対に傍に居続ける。
《で、見事に絆されてくれて助かりました》
アッシュが手に入れた毒薬を、僕がすり替えておいたんです。
そうして動かない体のまま、アッシュにはマリー様の独白を聞いて貰う事にした。
ですがその事すらもマリー様には内密に、アッシュは奇跡によって回復した、と。
「どうして分かった」
《何でか分かりませんが、嫌な気配がしたと言うか、見た事が有る様な雰囲気でしたので、見張らせていたんです》
本当に勘です、嫌な予感がして見張らせていた。
それにあの言い回し、まるで死のうとしているかの様で、その嫌な勘が当たってしまった。
だからこそ、利用させて貰った。
マリー様はアッシュを好いてると知ってましたし、アッシュには全く気が無い事も。
けれど、だからこそ、熱意にも弱いと。
「前世の記憶か」
《あー、何かしらの勘が働く場合、そうなのかも知れませんね》
「あぁ、そうなのかも知れないな、お兄様」
《凄い違和感なので止めて下さい、今まで通りクロウでお願いしますよアッシュ》
「考えておく」
《嫌ですね本当、すっかり丸くなって冗談を言う様になってしまって》
「マリーにゴリゴリと角を削り落とされたからな」
《あぁ、愚痴を言っていたと告発しておきますね》
「俺が居なくなっても良いならな」
《それは困ります、護衛対象を2人も失ってしまったら、僕の首まで失ってしまうので》
「正解に言うなら、失うのは頭だがな」
《細かいですね本当、やっぱり言ってしまいましょうかね》
『あらクロウ、私に何を教えてくれるのかしら?』
《あー、いや、惚気てらっしゃったと、では失礼致しますね》
最初はぎこちなかったんですが、今はマリー様のお腹にはお子様がいらっしゃる。
それも2人目です、流石に愛が無い、とは言わせませんが。
やはり、どうにも心配でして。
『それで、何を言ってたの?』
「丸くなったと言われ、マリーのお陰だ、と」
『どうせゴリゴリと角を削り落とされた、とでも言ったのでしょう?』
「あぁ」
『そうやって心を削り落とされたから、よね、ごめんなさい』
「いや、もうお前が食って生き続けてくれるなら、それで良い」
『嫌味を言える様になったのね』
「あぁ、コレもマリーのお陰だな」
『ごめんなさい』
「いや、もう済んだ事だ、全て」
『他所見をしないでくれるなら、絶対にしないわ、もう2度と』
「最初から、しているつもりは無かったんだがな」
『けど愛してくれなかった』
「俺なりの愛、だったんだが」
『そうなのよね、なのに私は我儘だった。やっぱりダメなのよ、最初からしっかり王族教育を受けないとダメなのよ、愚か過ぎだった、ごめんなさい』
「今はもう十分に賢いと」
『どんなに海へ真水を入れても、飲める様にはならないでしょ、それと同じよ。愛も、薄まらない、全く』
「すまない」
『いえ、私こそ、ごめんなさい』
マリー様は、不器用ながらも最初からアッシュを愛していた。
けれどアッシュは。
彼は護衛対象、妹としか見ず、そう接し続けた。
「愛してる」
『本当に?本当に夫婦として?』
「本当に愛してる」
あぁ、彼も男なんですね。
良かった、本当に。
『嫌な所はちゃんと言ってね、お願い』
「責任感からでも、死にたくないからでも無い、愛してる」
それからはお子様が3人に増え、先ずはアッシュ様がお亡くなりになると、次にマリー様が。
もし来世が有るなら、もう少し簡単に一緒になって頂けると助かるんですが。
そう上手くいくなら、今生に悩みは少ないですよね。
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