第3話 4回目。

 次こそは、と。

 クロウに全て任せ、俺は顔も出さず、表では一切指示も出さなかった。


 そして王宮内の黒幕に調査員を付けさせ、再び俺は断罪役をし、直ぐにも残党狩りを始めた。


 コレでもう、マリーとは会う事も、例え会ったとしても俺は赤の他人。

 だが万が一を考え、クロウに頼み徹底的に会わない様に、と。


 した筈が。


『だれ?』


「単なる一兵卒ですが、何か」

『いっぺいそつ』

《あ、すみません。さ、行きましょうアリシア様》


 どう足掻いても、会ってしまうらしい。

 ただ、俺は残党狩りを終えたら辺境に向かう。


 全てはマリーの為に。




『あれのなまえはなに?』


 前世の記憶から油断していた僕は、マリー様が部屋から出てしまった事に暫く気付かず。

 アッシュに出会わせてしまった。


 しかもたった1回会っただけで、こうして印象に残ってしまった。


《彼は、アッシュです》

『あっしゅ』


《灰色と言う意味ですよ》

『はいいろ?』


《この、暖炉の灰、その色の名前です》

『なんで?』


《彼の瞳が灰色だからですよ》


『あれがはいいろのめ』

《はい》


『あんまりみたことない』

《ですね、珍しい色ですから》


『きれいないろだった』

《そうですね》


 前と同じ様になってしまう、そう警戒していたのですが。

 彼の情報が少ないお陰か、アッシュについての話題が出る事も無く。


「王都にはあまり呼び出さないで欲しいんだが」

《王女様の婚約が決まりましたので、お知らせすべきかと》


「あぁ、そうか」

《それに王も気にしてらっしゃいますので、そろそろお戻りになっては?》


「いや、だが」

《万が一にも王女様との事は有り得ないんですし、寧ろ、離縁なさるならお手伝いしますよ》


「いや、せめて彼女が結婚してからだ」

《分かりました、確かにお誘いしましたからね》


「あぁ、すまないな」

《いえ》


 そして結婚式を終え、挨拶回りで会う事に。

 もう大丈夫だろう、そう思い会わせたのですが。


『あ、アッシュ、アッシュよね?』

「単なる一兵卒を覚えていらっしゃるとは、流石です王女様」


『勿論、とても綺麗な目をしていたんだもの、しかも近衛兵なのに嘘を言ってたから、良く覚えてるわ』

「その説は大変失礼致しました」


『良いのよ、相変わらず綺麗な目ね』

「いえ、王女様には叶いません」


『ありがとう、ふふふ』


 コレで大丈夫だろう、そう思えた。

 いえ、そう思い込みたかったのかも知れません。




《あんな格下に色目を使うとはな、とんだ淫乱王女様だ》


 ただ、幼い頃に良く覚えていた彼の瞳を、綺麗な瞳を久し振りに見たから。

 だから褒めただけなのに。


 優しい人だと思ったのに。

 初夜なのに。


 私はお姫様で、だから彼は王子様だと思ってたのに。


『クロウ、私帰りたい』


《何が有ったんですか》

『久し振りに会った彼の瞳を褒めたあの時、アレだけで私を淫乱だと、乱暴に』


《帰りましょう、アリシア様》




 アッシュを、彼を利用しようとは微塵も思わなかった。

 だからこそ、何も言わずマリー様を城へ。


 甘かった。

 これまでに2回しか会っていないのだから、と。


『アッシュ、アッシュ』

「クロウ、何が有った」


 彼らは出会うべき運命なのだろうか。

 そして彼女は、惹かれる運命。


 これはもう、そんな運命なんだろうか。


《アリシア様、人目も御座いますので。アッシュ様には俺が説明しておきますから》

『ダメ!言わないで、お願い』


《分かりました、ですが先ずは部屋に行きましょう、長旅だったのですから》

『でも、言わないで、お願い』

「何も聞かないでおきます、お帰りなさいませアリシア様」


『うん、ただいま』


 あれだけ落ち込んでいた彼女は、直ぐにも持ち直した。

 けれども、だからこそ。


《すみませんが僻地に引っ込んで下さい、アッシュ》


「そこまで噂が広まっているのか」

《はい》


 マリー様の元結婚相手の手先が、王宮内部にも入り込んでおり、噂が一気に広まってしまっていた。


 王女は近衛兵とデキている。

 例え根も葉もない事でも、夢の有る話に皆が飛び付いた。


 騎士とお姫様。

 マリー様が憧れていた御伽噺。


「そうか、すまない」

《すみません、急いでいたとは言えど、僕のミスです》


「いや良い、気にするな、直ぐに準備する」

《すみません、ありがとうございます》


 けれどたった3回だけでも、マリー様の心には大きく残ってしまった。


 マリー様の運命の相手は、アッシュなのだろうか。

 なら、そもそも引き離す方が間違いなんじゃないだろうか。


 そう思い、アッシュに気が有るかを確認してみたんですが。


「身分差、年の差、下手に近しい者。そうした問題が」

《いやアナタの気持ちが知りたいんです、どう思っているんですか?》


 彼にも僕と同じ様に前世の記憶が有るのか、無いのか、敢えて確認はしていなかった。


 僕の気が触れたのかと思われたく無いの、その事は勿論。

 追求されたくなかった、アッシュの死後にマリー様がどうなったのかを、訊ねられたく無かった。


 言えなかった。


「幸せになって頂けるなら、俺はどうなっても良い」


《だからって、どうして全て僕に譲る必要が有ったんですか。アナタのお父様とアナタに任された仕事は、アナタが全うしたのに、その功績すら僕に譲って》

「功績よりマリー様の幸せだ、俺はどうとでも生きられる、けれど彼女には限りが有る。出来る事、出来無い事、俺とは全く違う」


 彼はここまで思っているのに、僕は、死なせてしまった。

 マリー様の悪阻だと言う言葉を信じ、あの悪辣な男の事も信じてしまった。


 アレは、周りも合意の上での自死だ。


《すみません》

「どうした」


《すみません、すみません》

「おい、クロウ、どうした」


 僕は前の記憶が有ったのに、どうしてまた失敗してしまったんだろう。

 どうして、どうすれば。




『あの瞳を見ているだけで、嫌な事を忘れられるの』


『そう』


 たった3回、少し会い少し話しただけで、私の愛娘は近衛兵を好いてしまった。

 けれど彼は、アッシュは直ぐに身を引いてくれたわ、娘の為に。


 それでも、忘れられない。

 あの瞳の色に、彼に魅了されてしまった。


『お母様、分かってるわ、彼とは一緒になれないのよね』

『そんな、違うのアリシア。違うのマリー、違うのよ』


 愛しい子。

 だからこそ、茨の様な道を歩んで欲しくないだけ。


 何年も離れていた愛娘、今度こそ守ってあげたい。


 だからこそ、近衛兵とは、騎士と結婚をさせる事に躊躇いが生じてしまう。

 いつか戦いで、政治で、いつか命を落としてしまうかも知れない。


 置いていかれる悲しみ、そんな思いをさせたくない、けれど外戚となれば守れる限界は有る。

 しかもこの子は我慢強い、そして努力家、きっと苦労する筈。


『良いんです、分かってます、お母様。コレは単なる憧れなのでしょうから』

『ごめんなさい、今度こそ幸せにするわ』


 そう誓ったの。

 なのに。


『ごめんなさい、お母様』

『ぁあ、ダメよアリシア。マリー、お願いよマリー、目を開けて、お願いよ、お願い』


 新しく婚姻を果たした矢先に、妊娠と病が重なり、亡くなってしまった。

 そうして本当に国葬を行い、娘を見送った。


 3度も、娘を失ってしまった。


《王妃様》

『クロウ、私は間違えてしまったのかしら』


 もし彼に預けていれば、少なくとも彼の地区で病は流行っていなかった。

 もし最初から彼に預けていれば、こんな事には。


《僕には、分かりかねます》


『そう、よね』


 けれど、もし。


『失礼致します』

《今は控えて頂けると》

『良いのよ、急ぎの、重要な事なのでしょう』


 連絡係の躊躇いに、私もクロウも不安を覚えた。

 この様子は、私達の知る者に何かが。


《何が有ったんですか》


『アッシュ様が、お亡くなりに』

『そんな、どうして』


『自死を、なさいました』


 死後の世界でも姫を守る為、どうか自らも死の国へ行く事を、どうか許して欲しいと。

 そう遺書を遺し、彼は手製の断頭台で、自死を。


《見張りを、見張りを付けさせていた筈ですよ!》

『お亡くなりになったのは馬舎でして、作業してらっしゃるのか、と』


 あぁ、もし彼の元へ嫁がせていれば。

 もしやり直せるなら、その時は。

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