第2話 2回目と3回目。
「マリー」
『あぁ、アッシュ、会いたかったの、ずっと。私、やっと死ねたのね』
「マリー」
『私の王子様だと、ずっと思ってたの、ずっと。だから、こうして迎えに来てくれて、嬉しい、ごめんねアッシュ、会いたくて悪い子になっちゃったの、ごめんね』
「マリー、マリーはいつまでも良い子だよ、だから飴をあげるから、ほら、口を開けて」
『覚えてる?初めて飴を食べた時、本当に凄く美味しくてね、天国の味だって言ったの』
「飴を食べながら話すから詰まらせないかと、そう心配で喋らないで味わえと言ったんだ」
『何でも買ってくれるって、跪いて手を差し伸べてくれて、だから王子様だって思ったの、ごめんね』
「マリー、謝らなくて良いんだ、謝るのは俺の方なんだ。すまない、ずっと守るつもりでいたのに、俺は」
『良いの、最後に迎えに来てくれたから』
「最後じゃない、ずっと傍に居る、だから」
『本物のアッシュは結婚しちゃったの、だからもう他の誰かの王子様、だからもう良いの、ありがとうアッシュ』
「ダメだ、食べて良いんだよマリー、コレはご褒美なんだから」
『ううん、私は悪い子だから、ごめんねアッシュ、ありがとう』
「マリー。マリー、アリシア、マリー、飴をやるから口を開けるんだ。ほら、マリー、歌を歌ったご褒美に、勉強したご褒美に、ちゃんと風呂に入ったご褒美だマリー、良い子だから、良い子にご褒美の飴だ、ほら、口を開けてマリー、大丈夫だ、君は良い子だ、だから口を」
《アッシュ》
「クロウ、どうしてマリーは、またこんなに痩せているんだ。病気だったなら、もっと早くに」
《アッシュ、彼女は、リンゴしか食べず、果ては飴も、食べれなくなってしまい》
「どうしてだ?婚約したんだろう?」
《それは嘘なんです、念の為にと王命でアナタに》
「だとして、どうしてこうなる前に俺を呼ばなかったんだ?」
《お呼び出ししました!ですが、返事を返さなかったのはアナタじゃないですか》
「何を言ってる、王都からは何も」
《本当に言ってますか?》
「当たり前だろうが!マリーの事だぞ!!」
《確認を、奥様に確認を》
「いや、マリーの婚約時に離縁したが」
《は?》
「しっかり連絡はお前に出したぞ、何も言わないのは不味いと思ってな」
《僕は、受け取っていませんが》
「俺もお前も、先ずは家に、帰るか」
《その前に先ずは僕の家に来て下さい》
「なぜ」
《良いから来て下さい》
もう、どうでも良かった。
マリーの為にと身を引いたにも関わらず、今度はマリーを失った。
もう、全てがどうでも良い。
「そうか、愛人がお前の代わりに近衛兵長になりたがり、何か邪魔をしようと、そうか」
《アッシュ》
「お前の好きにしたら良い、俺はもうただの辺境の騎士、処罰を与える権限は今の俺には無い」
《アッシュ、僕が許しますから》
「いや、信用してないワケじゃないんだ。だがもう、本当にどうでも良い、じゃあな」
僕らの失策のせいで、優秀な近衛兵と王女を亡くしてしまった。
アッシュは家に帰ると、手製の断頭台で、自死してしまった。
手紙を隠匿していた元妻に制裁もせず、遺書も残さず。
《アナタのせいで王女は亡くなり、アッシュも亡くなったんですよ》
『そんっ』
最初に謝罪すれば、この者の処刑だけ、で済んだんですが。
《謝罪が無かったので一族郎党皆殺しです、どうぞ来世で反省して下さい》
彼ら、彼女達は、僕の代わりに悲鳴を上げてくれている。
そして責めてくれている、僕を、僕の失策も何もかもを。
どうしたら良いんだろうか。
どう償い、何を目的に生きれば。
あぁ、僕は親友と宝を1度に失くしたんだ。
亡くした、失くした、失敗してしまった。
全て、何もかも。
『そんな、クロウまで』
《失敗してしまった、良かれと思った事が、全て、何もかも》
娘を3度亡くし、優秀な近衛兵を2名も。
もう、終わりだ。
何もかも、全て。
『アナタ』
《退位の式典も面倒だ、どうかコレで許して欲しい》
どうか、もし来世が有るなら。
マリーに、アッシュに、クロウにどうか幸福を。
『アナタ!!』
手作りの断頭台のお陰だろうか、またマリーに出会う前に戻れた。
「クロウ、フードを取り、お前がしっかり挨拶しろ」
《いえ、それは兵長が》
「その兵長命令だ、無理なら他の者に頼むぞ」
《分かりました》
幾ばくかは年が近いクロウなら、まだ、もしかすれば結婚は許されるかも知れない。
それに、どうせ俺は残党狩りや辺境の防衛指南に忙しくなる。
コレで良い。
最初の通り、関わらない事が1番だろう。
『くろう』
《はい、クロウです》
『そっちは?』
「グレイ」
『ぐれい』
「俺の名は覚えなくても良い。それより先ずは服を着替え、食い物を買って家に行き、風呂に入る。どうだ?」
『うん、すごくいい』
「よし、自分で着替えられるな」
『うん』
「終わったら、このクロウが何でも買ってくれるぞ、好きなだけ」
『おー』
「終わったら終わったと言うんだぞ」
『おわったー』
「よし、クロウ抱えてやれ」
《はい》
『おー、たかい』
「さ、買い物に行くぞ」
『おー』
相変わらずマリーはリンゴと肉とパンを指差した、そして俺は前と同じ様に飴を買い、今度はクロウに渡した。
ただ、今回は飴の種類は少し変た。
もっと小さな、小粒の直ぐに溶ける飴、星屑飴にした。
《あの、コレは》
「念の為のご褒美用だ、どうやらリンゴすら食った事が無いらしいしな、栄養は良いらしいからそれを与えると良い」
《あの、僕が面倒を?》
「俺も付き合うがあくまで補佐だ、少しでも年が近い方が、馴染も良いだろうしな」
《ですが、こうして捜し出したのは》
「そこはどうでも良い、全てはマリーの為だ」
《分かりました》
出来るだけ付き添いはクロウに任せ、特に侍女や侍従達に気を付けさせると。
以外にも黒幕を見つけ出す事が出来た。
だが粛清は行わなければならない、今回も罪人を庇い立てし、名指しする事は無かったからだ。
そして今回は連れ出す役はクロウ、俺が斬首役。
コレで良い、マリーの王子様がクロウの方が、まだ俺が補佐を出来るだろう。
『ぐれい?』
「俺には名が2つ有るんです、日頃はアッシュと呼んで下さい」
『なんで2つ、もしかしてマリーとおなじ?』
「大きくなったら教えますから、ちゃんと食べて良く寝て下さい」
『うん、わかった』
そして次はクロウに婚約者が出来次第、連絡するように伝え。
俺は辺境の防衛指南へと名乗り出た。
《アッシュ、お前はあの子と私達の恩人だ、何も遠くに行き苦労を》
『そうよ、もう功績は十分なのだから、そろそろ婚約者を決めて』
「今は仕事が、いえ、もしご紹介頂けるなら考えてはみます」
子を守る為に失策を講じた彼らを、もう信用は出来無い。
例えコチラに落ち度が有ったにせよ、俺への信用が無かった時点で、マリーの気持ちを見誤った時点で完全に愚策と化したのだから。
『クロウ、アッシュはまだ戻らないの?』
アッシュの策は、失敗した。
マリー様は僕よりアッシュに惹かれ、今でも興味を抱いている。
たった数回しか会っていないのにも関わらず、それでもアッシュに惹かれている。
《辺境の防衛は大変ですからね》
『大変なのは分かるけど、ちょっとは戻って来ても良いじゃない』
《失礼ですが、アッシュの何がそんなに良いんですか?》
『だってクロウはアッシュの命令で動いてる、飴もアッシュの案、お世話も何もかも全部アッシュの命令でしょ?』
彼女には聞こえない様、アッシュは僕に命令していた筈が。
彼女は愚かなんかじゃない、しっかり周りを見ている。
あの時も、全て。
いや、もしかすれば命令系統を理解しているだけ、かも知れない。
《バレてましたか》
『だってアッシュの方が上なんでしょ?』
《そこまで勉強なさってたんですね》
『うん、気になってたから教えて貰った。それに、飴をあげるなんて、クロウには考えられないでしょ?』
僕の事すらも理解し、だからこそアッシュに。
《だけ、でアッシュに惹かれますかね、冷血冷徹だと言われてる彼ですよ》
『瞳が綺麗じゃない、何でもそのまま映す綺麗な瞳。馴れ合いで何かを見失うより、ずっと良いじゃない』
《成程、飴はいりますか?》
『勿論』
アッシュは、もしかしたら王都に帰って来ないのかも知れない。
その方が、マリー様を守れるのかも知れない。
彼らを引き離せる気がしない、全く、何をしたとしても。
《結婚の継続は、無理か》
「仕事に支障が出ましたので、申し訳御座いません」
『問題の有る者を宛がってしまって本当にごめんなさいね』
「いえ、推し量るにしても限界は有りますので、お心遣いだけで十分です」
《次を、紹介するワケにはいかないか》
「いえ、独身は奇異な目で見られるそうですし、お言葉に甘えさせて頂こうと思います」
『そんな、だからって無理をしなくて良いのよ』
《そろそろ王都に戻って来ないか》
「いえ、俺には辺境の地が性に合っておりますので、お誘い頂きありがとうございます」
《どうしてマリーを避けるんだ》
「万が一にも噂が立てば、困るかと、それにクロウが居ますから」
『マリーはアナタに会いたがってるのよ?』
「王妃様、王様、もし万が一にもマリーが俺を好いてしまったら、どうなさるおつもりですか」
ココで素直に俺と結婚させる、などとは言わない筈だ。
マリーを殺した親なのだから。
『それは、そう心配してくれての事なのね』
「無いとは思いますが、念には念を入れるべきかと」
《それでお前は王都にすら滅多に寄り付かないんだな》
「年の差、身分差、近しい者。小さくとも、折り重なってしまえば大きく見えてしまうでしょうから、絶対に避けるべきかと」
『そんな、私達がそんなに狭量だと』
《やめなさい》
現にマリーを殺したのだから、そう思うしか無いだろう。
あんなに痩せて、王宮内で餓死だなんて、あまりに惨過ぎる。
「全ては、万が一の為です」
《すまなかった》
「いえ」
俺に謝らず、出来るならマリーに謝って欲しい。
あの骨と皮になり、本当に天使となってしまったマリーに。
《長くなったな、休んでくれ》
「はい、失礼致します」
やっと会えた。
『アッシュ!』
「お久し振りです、アリシア様」
『アッシュ、ずっとお礼を言いたかったの、可愛い飴を選んでくれてありがとう。それでね、手紙を書いたの』
「俺は離縁したばかりですので、万が一にも周囲が誤解してはいけませんし、申し訳御座いませんが受け取れません」
『大丈夫、コレはただ、お礼を書いただけで、中身もクロウに』
「俺は単なる老いた辺境の騎士です、王女様から私信を頂くワケには参りません、どうかご理解下さい」
そんな、たった12才しか離れて無い。
そんなの貴族だって。
『何で?何で前は、もっと』
「近衛兵だったからです、ですが今はもう単なる辺境の騎士ですから」
『近衛兵だからって、そんな』
「王族に取り入る為、近衛兵になる者が出ては困ります。何の権威からも影響を受けず、中立性を保った者こそ近衛兵には相応しい。万が一にも婚姻が成立しては今後の近衛兵達にあらぬ疑いが掛けられ、果ては身動きが取れなくなっては困ります」
『もしかして、お父様とお母様がアッシュを』
「いえ、元は俺が願い出ての事です、後身に譲るべきだと」
『どうして私を避けるの?』
「全てはアナタの為です、どうかご理解下さい」
前は私の為にクロウに色々と命令して、私にも優しくしてくれて。
だから頑張ったのに、何で、どうして。
《すみませんがアリシア様、そろそろアッシュは》
「すまんなクロウ、頼んだ」
理由は分かる、けど、でも。
『クロウ、ねぇ、何でアッシュは冷たいの』
《マリー様の為ですよ、お救いするまで全力でしたから、逆に怪しむ者も居るんです。幼女が好きなのだろう、と》
『最低、そんな奴は、消えちゃえば良いのに』
《僕もそう思いますが、アッシュを守るにはマリー様からも近付かないのが1番かと》
『年だけ?』
《身近に居た者、身分差も年も、ですね》
『アッシュを、守る為』
《はい》
『そう、どうしてもアッシュとは、結婚出来無いのね』
《周りが煩くなりますし、アッシュが貶められる可能性が高いので、はい》
アッシュの為に、私は王女様をしていたのに。
アッシュは、私の王子様にはなれないのね。
『そう』
今回こそ、娘も優秀な兵も失わずに済むかも知れない。
その淡い期待は見事に打ち砕かれてしまった。
《リンゴは何とか食べれるのですが》
《早急にアッシュを呼び戻してくれ、どんな手を使ってでもだ》
《はい》
『アナタ、まさかアッシュと』
《このまま餓死させる位なら、どうなろうと、どうとでもしてやるさ、私達の娘を生かす為ならな》
だが、アッシュは。
《残念ですが》
《そんな、どうしてだ》
《既に食事を摂らない事を、知っていた様で》
アッシュの遺した手紙には、マリーへの手紙も添えられていた。
病で長くないからこそ辺境へ赴いた、どうか幸せに、と。
私が、欲張ってしまったばかりに。
《すまない、マリー》
『お父様、だってアッシュは、前は、あんなに』
《僕が遺体を確認しました、残念ですが》
『だって、私の王子様なのに』
《だからこそ、お前に手紙を遺した、アッシュの思いを汲んでやってくれないか》
アッシュは、またしても手製の断頭台で亡くなってしまった。
上手くやれずすまない、そう私達に手紙を遺し、マリーへは病気だったのだと伝えて欲しいと。
私は王として、前世の記憶が有る、などとは言えなかった。
どうして前世では失敗したのか、とても言えなかった。
誰にも、何も。
『分かりました』
それからマリーは食べる様になり、勉強も再開された、だが。
《マリー、もう休みなさい》
『お父様、私はアリシア、どうか王女としての職務全うさせて下さい。そしてどうか幸せへお導き下さい』
すっかり、変わってしまった。
進んで政略結婚をし、早々に妊娠し。
そして、出産で命を落としてしまった。
『アリシア!どうして』
悪阻だと言っていたらしいが、もしかすれば、と。
また、私は失敗してしまった。
知っていた、分かっていたと言うのに。
私の失策をアッシュに知られる事を恐れ、記憶が有ると分かる様な事は、何も出来なかった。
何も。
《王よ、どうかお孫様の為にも》
《あぁ、今回はお前が居てくれたなクロウ。すまない、アッシュを、アリシアをまた失ってしまった、すまない、どうか許してくれ》
『アナタ、しっかりして、お願い、私を置いて行かないで』
《すまない》
もしやり直せるのなら、次こそはアリシアを、マリーを。
アッシュ、どうかマリーを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます