第11話 セカンド・スクール・ホワイトクリスマス5
8時半から12時半まで。実に四時間にわたる部活動の終わりともなれば、部員はみんな体が温まっている。真帆の吐く息は部活動はじめよりもずっと白く、その色は雪にも負けていない。
体を冷えさせたくないからか、あるいは走り足りなかったからか。
真帆は部活終わりのあいさつの後、片手をあげて颯爽と走り去っていった。
いつも一緒に帰る真帆がいなくなり、ほかの部員もぞろぞろと動き出す中。
足は大丈夫かと気遣う先生の視線にうなずき、逃げるように、ごまかす程度に足を引きずって歩き出した。
向かうのは、陸上部よりも少し早くに部活動を終えた集団。
チームプレーという点もあるからか、一塊になった砂と泥にまみれた集団は、大きな笑い声を響かせながらのんびりと歩いていた。
その集団を次々と陸上部の小数のグループが追い越していく中、私は彼らから少し距離を取ったところを、申し訳程度に足を引きずる演技をしながら追っていく。
わいわいと騒ぐ集団の中、板垣くんの存在を確認し、顔を伏せて。
少ししてからまた顔を上げ、彼がまだ、分かれ道で減った集団の中にいるのを確認して息を吐く。
その繰り返しが、五回目に達して。
ようやく一人になった板垣くんへと距離を詰める。
歩きながらコートを脱げば、一瞬で体から熱が消えていく。
身を刺すような冷気をはらんだ風のせいで、歯がカタカタと鳴った。
「板垣、くん……」
足を捻ったという嘘がばれないように人目を気にしながら、私はあろうことかコートを返す間もなく先に帰った板垣くんへと距離を詰め、声をかける。
自分でも小さすぎると思った声を、彼は確かに拾い上げ、くるりと背後を剥く。
その動きにはキレがあって、部活動でかなり体が温まったことをうかがわせた。
そのせいか、吐く息は雪を溶かしてしまうくらいに熱く、白い。
「おお、夏木。どうした、回復したか?」
「えっと、そうじゃなくて……コート、ありがとう」
ん?と不思議そうに首をかしげてから、板垣くんは私の手からコートを受け取らず、むしろ私に押し付けようとしてくる。
「え、ちょっと?」
「いいって。家はすぐそこだし、気にすんな。夏木の方が家遠いだろ?」
「それはそう、だけど……」
本当は、コートを脱いだらどんどん体の熱が奪われて行っていて、寒くて仕方がなかった。だから、できることならここから家までコート無しで歩くのはつらい。何しろ、板垣くんの嘘のおかげでほとんど動いていないため、体もあまり温まっていないから。
立ち止まった私たちは、しばらくお互いをにらむように見つめあった。
コートを押し付ける私を、コートを押し返す板垣くん。私たちは平行線をたどるばかりで、歩み寄りは遠くて。
くしゅん、と、板垣くんがくしゃみをする。
短めの髪を掻きながら、板垣くんはうなり、それからポンと手を打った。
「はぁ……別のを貸すか。多分、借りっぱなしになるのが嫌なんだろ?それだったら使わない服があるから、それを着ていけばいいだろ」
だからそれを着てついて来いと、板垣くんは有無を言わさぬ口調で告げて歩き出す。悩んだ末、私も板垣くんの後を追った。コートは、結局着ることはなく小脇に抱えたままで。
坂を下って行った先、中腹あたりで曲がって、もう少し進んだところ。
板垣くんのいえは、平凡な一軒家だった。
丘の中ほどにあるその家は、私の家よりも小さくて、けれどとても温かみがある気がした。それは何も、外壁のレンガ模様やクリーム色の壁、そして屋根の深緑の色だけが示すものではない。存在そのものに、温かさがあった。
息が詰まる私の家とは違う――いや、あの場所はもはや家と呼んではいけないかもしれない。心も体も休まらない場所は、帰るべき家なのではない。
だとすれば、私の家はどこにあるのだろうか?
少なくとも、今目の前にある家ではないということは確かだった。ここは、私の帰るべき場所ではない。
「せまっ苦しいけど気にすんなよ」
告げる板垣くんの言葉には、同級生の異性を家に招く緊張のようなものはない。私もまた、緊張はなかった。ただ、申し訳なさと疲れだけが心と体を蝕んでいた。
板垣くんは扉を開き、私に先を促す。家の前で待っているつもりだったけれど、紳士に入室を促されては借り物を持っている身としてはわがままを言いにくかった。
私は黙って頭を下げて薄暗い玄関へと入って――
パァン、と炸裂音が響いた。軽い火薬のにおい。一気に明るくなかった視界の中、色とりどりの紙が宙を舞う。カラフルな雪のように。
「おめでとー!」
小さな少年少女が、クラッカー片手にフローリングに立っていた。
小学生中学年くらいの二人は、やや鋭い目つきなんかが板垣くんにそっくりだった。
「……え?」
呆然とした私のつぶやきと、「ああ」と顔に手を当てながら天を仰いでつぶやく板垣くんの声が響いた。
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