第7話 セカンド・スクール・ホワイトクリスマス1
ホワイトクリスマスに祝福を授かってから、俊介くんの存在は日に日に私の中で大きくなった。
いつだって、私は俊介くんを目で追っていた。
彼を一目見るだけで、その日一日が幸福だった。だからこそ小学六年生で別のクラスになってしまったときは悲しくて、逆に、俊介くんを一目見る価値が上がった。
揺れる青帽子の中、いつだって俊介くんを探した。彼の横顔を、笑みを、真剣な顔を、見ることが生きがいだった。灰色の世界は、彼がいるだけで色づいて、鮮やかな色彩を描くのだ。心には春が訪れて、体は活力が満ち溢れる。
けれど、一向に私たちの距離が縮まることはなかった。
クラスの人気者と、少しだけ女子の中で浮いた私。こんな二人の距離が、そう簡単に縮まるはずがない。
クラスまで離れてしまっては、私たちに接点なんてなかった。
何よりも私を悲しませたのは、俊介くんが、大事な約束を忘れていたことだった。
五年生の正月も、六年生のクリスマスも、彼が私と会うことはなかった。私の手が温められることはなく、ただ、失った手袋の熱と、それと一緒に消えてしまった思い出の熱を思い出しながら、私は布団の中ですすり泣いた。
私にとっての大事な約束は、俊介くんにとっては大して大事でもない約束だった。
そう、突きつけられた。
つまり、俊介くんにとって、私はその程度の存在だったということ。
だからあの日から、私は手袋をつけていない。
いつか彼が思いだして、申し訳なく子犬のように目じりを下げながら、私に手袋を贈ってくれる――そんな日を、馬鹿みたいに夢見ていた。
その思いも、少しずつ薄れていく。まるで、舞い落ちたボタン雪が、儚く溶けてしまうように。春が来て、冬の気配がすっかり消えてしまうように。
淡い初恋は、はかなく散って終わるもの。だから、私の中の熱も、少しずつ冷めていく。
――あるいは。
恋を考えることが、できなくなりつつあった。
お母さんが死んでしまってから、お父さんは少しずつダメになっていった。
命日に遺影の前で一日中お酒を飲んでいるくらいならよかった。けれど、禁酒していたはずなのに、いつしかお父さんはお酒を飲むのが普通になった。
毎日、毎日、家に帰るとお酒の匂いがした。仕事が終わり、まっすぐ帰ってきてお酒を飲む。
家にいたくなくて学校の図書室に最終下校時間ギリギリまでいる私は、お父さんよりも遅く帰り、酔っぱらったお父さんと顔を合わせないように自室に逃げるようにひきこもる。お酒の匂いに顔をしかめながらも、私がお父さんに何かを言うことはない。お父さんを止めることはない。
だって、お父さんは私を殴るようになったから。
どうしてお前だけ生きていて、あいつが生きていないんだ――そう言って、お母さんの死の理由を私に求めた。時に泣きながら、時に私が誰かもわかっていないような虚ろな顔で、私を殴り、蹴り、罵声を浴びせた。
それでも晴れないお父さんの心は、お母さんを求めてさまよい、震えた手が酒をつかみ、アルコールを体の奥へと流し込む。
私はただ、嵐が去っていくまで、亀が殻にこもるように体を小さくして、じっと暴行に耐えていた。酔いつぶれたお父さんが、私のことなんて忘れて寝入るまで。お父さんから酒気が抜けるまで。
鈍く痛む体を守りながら、涙すら流れない自分を、どこか客観的に見ていた。
そんな日々が、長く続いて。
次第に、俊介くんのことを意識することはなくなった。それよりも、体のあちこちにある傷をどうやって隠すかの方が大事になった。最初は胴体ばかりだった傷は、そのうちに腕や足にまで広がった。打撲の青あざ。強い力でつかまれてできた、手の指の形をした、腕のあざ。それを、誰にも見られるわけにはいかなかった。
私はまだ、ふつうの子でいたかった。
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