魔王の妻の旅々

８．家に帰れ

　　「ご用件は何でしょうか？」

　　やはり公爵の家の屋敷、アシュリーが門を踏み入れるや否や、すぐに近寄ってきたのは、礼儀正しい態度でアシュリーの前に立ちはだかる使用人でした。相手は非常に若くてハンサムな召使いで、しかし俊敏な動きでアシュリーの進行を静かに阻みます。アシュリーには見慣れない人物で、おそらくこの5年で新しく雇われたのでしょう。それならば、アシュリーは面白いアイディアを思いつきました：

　　「公爵様にお目にかかりたいのです。」

　　「ご予約はありますか？」

　　「いいえ。」

　　「では、お名前と住所を教えていただけますか？使用人が公爵様に伝え、その後にお知らせいたします。」

　　「でも、私は非常に緊急の用事で公爵様にお会いしなければならないのです。少しだけ寛大にしていただけませんか？」

　　「申し訳ありません。」

　　「そう言わずに。公爵様は宰相でもありますよね？市民が用事を持って相談するのは当然のことではありませんか？」

　　「その非常に緊急な用事をお聞かせいただけないでしょうか？使用人が伝えて、公爵様に報告した上で判断いたします。」

　　「それは…」まるで中に入らないようです。アシュリーはためらいの表情を装って、「それは…ちょっと難しいかもしれませんが…」

　　「それでは申し訳ありません。」

　　「もう少し通融してくれませんか？」アシュリーはヴィヴァスのように、召使いに体を寄せてみます。しかし、相手は微動だにしません：

　　「申し訳ありません。」

　　アシュリーはどこかヘタレな様子でした。

　　「ふん！もういい、君、私の伝言を公爵様に伝えてくれ。私はアシュリー、アシュリー・ドゥルドー。」

　　やっと、召使いの石膏のような表情が変わりました。彼は眉を寄せて言いました：

　　「お嬢様、冗談はよしてください。」

　　「冗談じゃありません。」

　　「ドゥルドーは公爵の姓です。普通の市民が勝手に名乗るものではありません。」

　　「そうですか？」

　　「アレク！何があったんだ？」アシュリーとアレクは門で5分以上も過ごしていたので、やっと誰かがおかしいことに気づいてやってきました。

　　「何もないです。ただの悪戯です。」

　　「悪戯…？アシュリーじゃないか？お帰りなさい！」やってきたのは家の執事で、アシュリーを小さな頃から見ていたセスティン老爺爺でした。使用人たちの話によれば、アシュリーの父親がまだ若い頃から、セスティン老爺爺はすでに家で仕えており、父親ですら彼を尊敬していたとか。

　　「お……お嬢様？」

　　「へへ。」アシュリーは舌を出しました。その驚く顔を見て、どんな気持ちも吹っ飛びました。

　　「さあさあ、早く中に入りましょう。おじいちゃんはお嬢様をとても心待ちにしていることでしょう。」

　　アレクの驚く顔を見送りながら、アシュリーは屋敷の門をくぐりました。途中、彼女は振り返ってアレクに手を振りました。

　　「アシュリーさんでしょうか？お元気ですか？」杜魯多公爵様はソファで文書を見ながら、アシュリーが近づいてくる音を耳にして、やっと頭を上げました。五年ぶりの再会、お父様はそれほど変わっていないように感じられ、相変わらずの威厳に満ち、文風は沈んでソファに座っています。子供の頃、アシュリーはお父様に一瞥されただけで、すぐに黙り込んでしまうほどでした。

　　「私は大丈夫です、お父様、気にかけていただきありがとうございます。」

　　「無事に戻ってきて本当に良かった。前線で働いているあなたが襲撃を受けたと聞いて、心から心配していました。」お向かいに座る公爵夫人はずっと頭を上げておらず、軽く茶碗をソーサーに戻すと、ようやくアシュリーに向き直りました。その優雅な様子は、世の中でお茶を飲むことよりも重要なことはないかのようで、少なくともアシュリーの生死はそれに及びません。

　　「お父様とお母様のおかげでございます。」

　　「前線で働くことは結局良いことです。兵士たちは私たちと魔族とのために戦っています。これは私たち後方の些細な心遣いです。今回の出来事で怖く思うことはありません。」

　　「私は理解しています。」

　　「旅にも疲れ様でした。休んでください。」お母様が言いました。

　　「はい、お父様。」アシュリーは軽く屈膝の礼をし、「退室させていただきます。」

　　部屋を出ると、姉たちが待っていました。姉のリアはまずアシュリーの両手をつかみ、涙ぐんで言いました。「大丈夫ですか？それなら良かった。」

　　「私は大丈夫です。」アシュリーは今日何度目か分からないくらいの偽りの笑顔を装いました。

　　「ふん！魔王軍は弱いですからね。」次姉のルナは、どこからか聞いた言葉を使って言いました。

　　「でも……」

　　「私たちの愚かな妹が死ぬはずがないですよ、安心してください。」

　　姉たちが真実を知った後、どのように反応するかは分かりませんね。

　　「アシュリーも二十歳ですね、次はあなたを舞踏会に連れて行きましょう。」

　　「うん。」アシュリーは適当に返しました。

　　「知っていますか、姉はすでに婚約しています。びっくりしないでくださいね、相手は第二王子です。」

　　「おめでとうございます。」アシュリーは笑顔で言いました。これは今日二度目の言葉で、ただし初めてのときほど嬉しさはありませんでした。

　　「相手は一目で姉に惚れ込んだんですよ、やっぱり姉ですから。」

　　「お父様とお母様はとても喜んでいます。」

　　「もちろんです、これは私たちの家族にとって大きな出来事です。結婚式は来年の春に予定されていますが、そのときはアシュリーも手伝ってください。前回のように、会場を爆破しないようにしてくださいね。」

　　「もちろん、アシュリーはそんなことしません。今回の出来事を経て、彼女は成熟しました af ます。」

　　「当然です。」アシュリーは口元を手で覆いながら笑いました。

　　部屋に戻り、まだ座る前にノックの音が聞こえました。

　　「どうぞお入りください。」

　　「姉、お元気ですか？」入ってきたのは、アシュリーの弟で、アシュリー唯一の妹も後から続きました。弟のアイヴァンは15歳で、家族の中でアシュリーに非常に親しい人物です。妹のアンジェはたった11歳で、まだどんな人にも信じる子供の特質があります。ただし、数年後にはそれが摩耗し、彼女も親と同じような大人になるでしょう。2人の下には6歳のスティーブンがいます。

　　アシュリーが出発したとき、スティーブンは1歳になったばかりで、彼女に対する何の印象も持っていませんし、気にすることもありません。今日初めて会ったとき、彼は遠くから彼女を避けました。

　　「安心して、私は大丈夫よ。」

　　「修道院ってどんなところ？怖くないの？」安潔が興味津々に尋ね、その中には心配と気遣いもありました。

　　「ちょっと怖いかもしれないわ、ただし、お腹が空くだけよ。」

　　「それならなんで大姉たちはみんな怖がるの？」

　　「たぶん、遊べるものがないからかしら、舞踏会がないから。」

　　「姉は普段何をしてるの？」

　　「本を読んだり、祈ったりね。」

　　「祈るって？」

　　「うん、祈るの。」

　　「それってつまらないんじゃない？」今度はアイヴァンが口を開きました。

　　「少しだけね。」

　　「お疲れさま。」

　　「ありがとう。」アシュリーは一瞬立ち止まり、「そういえば、アイヴァン、おばあちゃんは今どこにいるか知ってる？」

　　「おばあちゃんは……いなくなった……」

　　「いなくなった？なぜ！」

　　「スティーブンももう大きくなったし、お乳はいらないって母上が言ってたんだ。」

　　「でもおばあちゃんは私たち兄弟姉妹を育ててくれたんじゃない！どうして彼女を追い出すんだ！」

　　「あれは…」

　　「ごめん、君たちに大声で怒鳴るべきじゃなかった。」

　　アシュリーが叫ぶと、アンジーは小さくなり、アーヴィンも青ざめました。おそらく彼らはアシュリーが修道院に追いやられる前に、彼女が家で母親と衝突することがよくあったことを思い出したのでしょう。アシュリーは謝罪の気持ちからか、アンジーを抱きしめ、ゆっくりと二人を慰めました。

　　弟妹たちをなだめるのに半時間かかり、やっと夕食の時間になりました。夕食の後、アシュリーは屋根裏に続く階段に向かいました。アシュリーの家は国内でも屈指の名家で、首都にあっても屋敷は非常に大きく、4階建て、100以上の部屋と巨大な庭があります。

　　ただし、宴会を開催するためのホールだけでも200人以上を収容でき、首都内では国王の住むシュテラ宮殿に次ぐ巨大な建物です。実際には30人しか住んでおらず、アシュリーはなぜこんなに大きな住居が必要なのか理解できません。ちなみに、領地の屋敷も非常に大きく、これよりもさらに大きいですが、それは城です。

　　そして、屋根裏は台所と使用人の部屋です。台所は屋根裏に設けられているのは、料理中に発生する煙を排除するためです。しかし、魔王は新しい技術を持っており、煙の問題を解決できると聞いたことがあります。イマーヴァールの記憶によれば、魔王城の台所は受付ホールに隣接しています。

　　屋根裏は使用人の住居および作業場として使用されるため（洗濯室と貯蔵室以外は地下にあります）、別途裏手にもう一つ階段があります。アシュリーの家が非常に大きいため、アシュリーは屋根裏に到達するのになんと5分もかかります。そして、今、中ではまるで戦場のようです。

　　「お嬢様、邪魔しないで！」

　　シェフのエナに押しのけられ、メイドがお盆を運んで上り下りしています。場内ではエナ以外にも少なくとも10人のメイドが手伝っており、忙しさの中にはいるという感じです。アシュリー以外は、立ち止まって動かない唯一の人物です。

　　「エナ姉…」

　　「私たちは片付けているんだから、片付けが終わるまで待っててくれよ。」

　　「…」

　　「お嬢様、帰ってきてからも私たちを邪魔しちゃいけないんだから。」

　　「はい！」

　　したがって、アシュリーは角に座り、一切動きませんでした。30分後、キッチンはやっと静まり返り、食器も受付ホールの食器棚に戻りました。エナはアシュリーに向かって座るように指示しました。

　　「フランヴァージ？ 彼女は3年前に去ったよ！」3年前！その頃、一番年下の弟のスティーヴンは3歳で、まさに授乳をやめたばかりでした。すぐに人を追い出すなんて、ちょっとひどいでしょう。

　　「じゃあ、エナ姉、おばあさんがどこに行ったか知っているの？」

　　「フランヴァージはすでに年を取って、奶媽の役目を果たすことはないだろう。おそらく家に帰るだろう。」

　　「おばあさんの家はどこにあるの？」

　　「町の中だと聞いたことがある。毎週一日は休みだろう？フランヴァージはいつもその日に家に戻っていたから、おそらく町の中にいると思うが、詳しくは聞いていないわ。」

　　「ありがとう、エナ姉。」

　　アシュリーは事態がこんなになるとは思ってもみなかった。首都で3週間以内に1人の人を見つける？それはもはや通常の難易度を超えている。もうちょっと早く戻ってくればよかった。母親が悪い、こんなに小心者で何が悪いのか！

　　「それにしても、彼女は以前話していたことがあって、退職金で店を開くつもりだと言っていました。彼女の息子は見習いのようで、数年後には店を開くかもしれません。」

　　店を開く？これは手がかりです。