第23話 人生で初めて

 さて。そうなってくると、だ。

 この購入した服や靴を、いつどうやって渡すのかって話なんだが……。


(今しかないだろ! どう考えても!)


 空になった片方のクローゼット。

 むしろ、よくあれだけのドレスやら靴やら入ってたもんだと、逆の意味で感心したけどな。全部いらないものだったってことも含めて。

 で。せっかくだから中身のないクローゼットなんか取っておくよりも、部屋を広くしたほうが使い勝手がいいだろうと思ったわけだが。

 魔術を見せるたびに緑の瞳を輝かせながら見上げられると、気分はいいけど照れるんだよな。この程度で喜んでくれるなら、いくらでも見せるけど。


「どうしようかなー。何を置こう」

「必要なら作るか?」

「それはやりすぎだと思う」

「そ、そうか」


 魔術ならなんでも喜んでくれるわけじゃないのか。難しいな。

 というか、だから今渡すべきだろうって!


(とはいえ、どうやって切り出すか)


 そもそもドレスを見に行くことを口実にして、服を贈ろうとしてるわけで。

 実際見た感じだと、確かにこの間ベッティーノに連れて行ってもらったようなところに着ていけそうな服は、一着もなさそうだった。

 だから、そう。別に怪しくもないし、間違ってもいない。

 いない、けど……!


(切り出し方とか、分かるかぁ!!)


 これが正直な本音だ。

 ヘタレ? なんとでも言うがいい。

 むしろ逆に聞きたいんだが、そう言うヤツは初めて異性に服を贈る時、どうやったんだよ。


「ニコロの力が必要になったら、その時はまたお願いするね!」

「あ、あぁ」


 向けられた他意のない笑顔の可愛さに思わず顔を背けつつ、口元が緩まないように力を入れながら。

 ここからどう話を持ってこうかと、魔術式の計算をしてる時よりも頭を悩ませていると。


「残ったクローゼットの中も、ほとんど何もないしなー」


 聞こえてきたのは、まさに天の助けのような言葉。


(ここだ!)


 そう思った俺は、たぶん、きっと、間違ってなかった。


「その、なんというか……」

「どうしたの?」

「いや、あの……一応、俺も爵位持ちだから、その……」


 歯切れが悪すぎて、ちょっと怪しくなってるところ以外は。


「男爵夫人である君は、その……ドレスを数着、持っていてもいいと思う、んだが……」

「え? あ、うん。確かに」

「だから、その……」


 今! 今だ!

 言うんだ、俺!


「ど、ドレスは今度一緒に見に行こう!」


 言った……!!

 ちょっと時間はかかったが、真っ直ぐジュリアーナの目を見て言えたのは大きな進歩だ!


「まぁ。いいの?」

「あぁ!」


 それに彼女は否定していない!

 ということは、渡すなら今しかない!!


「だからっ、君にこれをっ!」


 こんなに緊張したのは、人生で初めてだ……!

 なんだこれ! 実験の時のほうが、よっぽど落ち着いてる!


「これは……?」

「君の手元に残っている服は、平民用の物ばかりだったからっ……!」


 しかもこんな、言い訳がましく……!

 とはいえ、事実であることには違いない!

 そうだから、きっと大丈夫だ!


「言われてみれば、この格好でドレスを買いに行くのは無理かも」

「必要になるかもしれないと思って、一応用意しておいたっ……!」


 そう、だいじょう――。


「ありがとうニコロ!」


 だい、じょう……。……?


(え、今……。え……?)


 頬に感じた柔らかさと、普段よりも近い距離。

 これで固まるなというほうが、どう考えても無理だろう。



 というか、あの後どうしたのか、記憶がない。


 記憶は一切ない、が。



(思った通り、可愛かった……!)


 ジュリアーナ本人はこういった服装をしたことがないから、似合っているのか自信がなかったらしいが。

 いやいや、なんの問題もないだろ。むしろ似合いすぎだろ。


「じゃあ着替えて、夕食の準備――」

「やっぱり、外食でいいんじゃないか?」


 あまりの可愛さに、ドレスを選んで帰ってきてすぐに着替えようとする彼女を、思わず引きとめた。今日何回目かも、もう分からない言葉で。

 もう少しだけ、俺が贈った服を着ている、可愛い姿を見ていたくて。


(場所なんて、どこでもいい)


 彼女が噂を気にしてるのなら、家から出なければいい。

 それに長時間のドレス選びや採寸で、俺以上に疲れてるかもしれないから。


「……だったら。せめて今日だけは、前のように食事を用意させてくれないか?」

「え? うーん……」


 俺の提案に、少しだけ考える素振りを見せたジュリアーナは。


「じゃあ、今日はお願いしようかな」

「あぁ」


 それでも最終的には納得してくれた。

 俺がこの瞬間、内心どれだけ喜んでいたのかなんて。きっと彼女は、少しも気づいてないんだろうけどな。


(でも、それでいい)


 政治的な戦略は、大人顔負けのくせに。恋愛方面になると途端に鈍くなるのは、きっと慣れてないから。

 それなら俺とジュリアーナの間には、大した差なんてない。

 ここなら、同じ舞台に立っていられるからな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る