第22話 らしくない

「で?」

「なんだい?」


 日の光の下だからか、今日は妙にキラキラしてるベッティーノに、無性に腹が立つ。鳥頭のクセに。

 っつーか、違うんだよ!


「なに、は俺のセリフだ! なんでお前と二人で出かけなきゃならないんだよ!」


 用事があるから今日は早めに終わらせたいって言うから、まだ実験を続けたいのを切り上げてきたっていうのに。

 突然ローブを掴まれて、普段は使いもしない車留めまで連れてかれて、馬車に放り込まれて。

 気がつけば、知らない店で着替えをさせられてた。


「奥方と出かけるための、下準備だよ」


 いい笑顔で親指立てんな!!

 むしろどこで覚えてきた、そんな庶民的な行動!!


「なんなんだよ……」


 左手で頭を抱える俺は、魔導士のローブからちょっといい生地の黒のズボンと白のシャツと、グレーのベストという姿。

 なんか、こう……ちょっといい所のお坊ちゃま、みたいな。そんな印象の服装なんだが、気のせいか?


「そもそも奥方と二人で出かけるということは、デートだろう?」

「デ!?」


 違うだろ!

 それ以前に、一着ぐらいドレスは持ってたほうがいいって言い出したのは、お前だろ!?


「それなのに魔導士の正装のままなんて、味気ないからね。その服は僕からのプレゼントだよ!」

「プレゼントぉ?」


 なんのだよ、と問いかける前に。


『君が初めて女性に興味を持った、その記念だよ』

「な……!?」


 小声で話しかけてきたベッティーノの表情は、からかうようなものじゃなかったが。どこか嬉しそうなのが、妙に腹立つ。


「君はもっと他人に興味を持つべきだと、常々思ってたからね。奥方には感謝しないと」

「おまっ……!」


 というか、いつから気づいてた!?

 誰にも言ってないはずなのに、こいつは決定事項として話してるし。


「というわけで、当日はこれを着ていくといいよ。この店の服を着ている人間をつき返すようなら、むしろ選ばないほうがいいと判断できるからね」

「……」


 その言い方だと、明らかにいい店だよな、ここ。

 いくらするんだよ、このセットだけで。


「さぁ。それじゃあ出発しようか」

「今からかよ」

「ランディーノ男爵夫人への贈り物を選ぶのが、今日の目的だからね」


 なんで今、ジュリアーナのことを貴族っぽい呼び方したんだよ。しかも男爵夫人とか。

 書類上は、確かにそうなってる。けど現実は……。


「なにしてるんだい? 君が選ばないと意味がないんだよ?」

「……分かってる」


 最初にヘマをやらかしていようがいまいが、きっとジュリアーナは俺に興味なんて持たなかった。俺が初日に、彼女に対して興味を抱かなかったように。

 そういう相手だって、きっと今でも思ってるんだろうな。むしろ迷惑かけた、ぐらいに思われてる可能性のほうが高い。


「奥方に似合いそうな服があったら、サイズを確認させるから」

「つーか、貴族ってマジで従者を連れて歩くんだな」

「今日は君と二人だから、なるべく少なくはしてきたよ?」


 それで二人、か。使用人と護衛ってところか?

 この辺りは貴族や商人みたいな、金持ち向けの区画だしな。街の警備もしっかりしてて、そうそう犯罪も起こらないだろうが。

 それでも、必要なんだな。やっぱり。


「それで?」

「なにが」

「君の奥方のイメージだよ。ある程度は店の方向性を絞っておいたほうが、探すのも楽になるからね」


 んなコト言われても……。

 ジュリアーナを思い浮かべても、見た目は貴族令嬢っぽいのに中身は想像と違う、みたいな。

 光を反射する金の髪も、珍しい緑の瞳も、どちらかといえばキレイに分類されるほうだと思う。

 けど……。


(大人っぽい格好なんて、今までも求められてきただろうし)


 まだ十八歳。しかも本当の自由も知らないような、それでいて知識と行動力だけは誰よりも身につけてしまった彼女に。


(今までと同じものを贈ってたんじゃあ、意味ないよな)


 せっかくなら、今の彼女に似合うものを。

 楽しそうに笑う、キラキラと輝く瞳を思い出しながら、そんなことを考えて。


「……緑」

「緑だね、分かった。その色のワンピースかスカートを探してみよう」


 つい口をついて出てきたジュリアーナの瞳の色に、ベッティーノが完全に食いついた。


「ドレスだったら、自分の髪や瞳の色の物を贈ることが多いけど。普段着る服装を選ぶときに、奥方の瞳の色が出てくるあたり、君は主張が強すぎなくていいね」

「それ、褒めてるか?」

「褒めてるよ! 相手にとって気兼ねなく着ることができるのは、とても大切だからね!」


 ならまぁ、いいか。

 正直どんな服があるのかも知らないから、ある程度は絞ってもらえると助かる。


(っつーか、俺が自分の色を選んだら、ただ暗いだけの地味な服になるだろ)


 そもそも自分の色のドレスを贈るとか、髪とか瞳の色が明るい人物が多い貴族だからこそ、できるのであって。地味な色合いの多い平民に、そんな習慣はない。

 だからこそ。ドレスを選ぶときも、ジュリアーナの好みのものを選んでもらおうと、今決めた。


(にしても。どこの店も、透明度の高いガラスを使ってんなぁ)


 ガラスは、透明度が高ければ高いほど高価になる。つまりこの辺りの店舗は、全てが高級品を扱えるほど資金があって、儲かってるってことだ。

 おかげでこっちは、展示されてる服やら靴やらを、外からいくらでも見ることができるが。平民しかいない場所だったら、まずもってあり得ない光景だな。


「そうか、靴も必要だったな」

「奥方はドレスと一緒に渡してくれてたけど、君はすっかり忘れてたよね」


 ベッティーノは苦笑してるが、正直俺がそんなことを知るはずがない。こいつだってそれを分かってたはずだ。


「言わなかったお前にも、非はあるだろ」

「そうだね。それは否定しないよ」


 そう言いながらクスクス笑ってるのは、なーんか気分悪いよなぁ。

 こいつ自身に悪気はないって分かってるけど、こういうちょっと素で気取ってるところは、やっぱりお貴族様だなって実感する。


 なんて。

 他愛もない会話をしていた俺の目に、飛び込んできたのは――。


「…………」

「ニコロ? どうかしたのかい?」


 足元に向かって広がる、緑のスカート。それと同じ色の、胸元のリボン。

 ふんわりとした袖とかの形は、きっとジュリアーナにも似合うだろう。


「……アレにする」

「アレ? ……あぁ、なるほど」


 俺の視線の先を追って、透明なガラスの向こうに飾られている服を視界に入れたベッティーノは、どこか納得したようにうなずいた。

 そして。


「君にとって、奥方は可愛らしい方なんだね」


 そんな一言を、向けてくるから。


「……は?」

「悪い意味でもないし、他意もないよ。ただ大半の貴族があの方に持つイメージとは、だいぶ違うから」

「それは……似合わなそう、ってことか?」

「逆だよ。きっと君が知っている奥方が、本当の姿なんだよ」


 それは、第一王子の婚約者として、未来の王妃として。こうあるべきという形を彼女が押しつけられてきたという、その証明に過ぎなかった。


「僕はすごくいいと思う。きっと奥方も喜んでくれるよ」

「そう、か?」

「僕が保証する」


 それは果たして心強い、のか?

 ちょっと疑問は残るが、まぁベッティーノが否定しないってことは、悪くないんだろ。


(と、思っておく)


 これを渡した時に、彼女がどんな反応をするのか、よりも。

 これを着ているジュリアーナを想像して、可愛いだろうなと思ってる俺は。

 やっぱり、らしくないよな。





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