第21話 一番遠い

 そのくせ。


「子作り、する?」

「…………はぁっ!?」


 そんなことは平気で言えるんだから、ホントによく分からん。

 というか、ジュリアーナは俺との夫婦生活を続ける気があるのか? それすら謎だ。


 けど今日は、そのことは一旦置いておきたい。


「それよりも、今日は大事な話がある」


 今後のこととか子供のこととか両親のこととか、そういうのはまた今度にして。下手にまた話が飛ぶ前に、先にそう切り出しておく。

 とはいえ今日は色々あって空腹なんで、飯の後ってことにして。

 楽しそうに準備をする姿を眺めながら、どうやって切り出そうかと色々考えてはみたものの。


(俺が色々考えたところで、きっと無意味だよな)


 そう結論付けて、早々に思考を放棄した。

 それよりも今は美味い飯と、その……。楽しそうに話すジュリアーナの姿を、堪能しておきたいというか……。

 時折我に返って、俺はこんな事を考えるようなヤツだったか!? と悶えたくなる時もあるが。それ以上に、その……。

 食事中も、一つの話題の中でクルクルと変わる表情だったりとか、キラキラ輝いて見える緑の瞳だったりとか。

 片付けの時ですら、赤いリボンで結ばれた金の髪が、馬の尻尾みたいに揺れて。それなのに、貴族らしい輝きを失わずに踊るように光の筋を残すから。

 ガラにもなく、つい目で追い続けてて。


(目が離せないくらい、魅力的に見える、なんて)


 俺が言ったら寒いにもほどがある言葉が、自然と頭の中に浮かんでくるのが怖い。

 ただ逆に言えば、本来であればこの国の女性たちの頂点に立つはずだったジュリアーナが、魅力的でないはずがない。

 それをこんな平民出身の、不人気な魔術研究に没頭しているような魔導士に嫁がせるなんて。


(マジで第一王子って、見る目ないんだな)


 だから自分で選んだ相手は、同じように何もしないような、何もできないような令嬢だったんだろうけどな。



 そんな風に思ってた俺の考えは。

 この後すぐに、見事に覆されたわけだが。



 だが。だが待ってほしい。

 逆に聞きたい。

 誰が予想できた?


「彼女はね、私の救世主様なの」


「それでいて、貴族やこの国を救ってくれる、大事な大事な生贄」


「第一王子の好みを知り尽くしている私が探し出して、その王子を誘惑するように育てさせたの」


 そんな言葉が、彼女の口から次々と出てくるなんて。

 しかも!


「女遊びばかりしていて、一向に帝王学を学ぼうとしないダメ王子が立太子なんてした日には、この国が破滅に向かってしまう」


 それは分かる。


「まともな貴族たちも、それに同意した」


 問題はそっちだ!

 第一王子の失脚と同時に、ジュリアーナまでその場から降りることにまともな貴族が同意するか!?

 確かに、聞けば聞くほど彼女は優秀だ。ボンクラ王子だろうと、支えられるだろうよ。

 でもだからこそ、どうにかして残したいと思うもんじゃないのか!?


(貴族の世界ってのは……。マジで、俺には分からない世界だな)


 あっちこっちで問題の種をまき散らす第一王子がいなければ、そんなことにはならなかったんだろうが。

 つーかなんだよ、王子の子供を妊娠って。嘘でも真実でも、どっちだろうと大問題だよ。

 聞けば聞くほど、第一王子がまともじゃないってのがよく分かる。


「そんな無責任な人間に、国を任せられないでしょう?」

「だから、計画したのか。第一王子を引きずり落として、第二王子を立太子させるために」

「その通り!」


 嬉しそうだな。

 まぁでも、これはほんの一部なんだろうな。問題行動の全部を、俺に教えるわけにもいかないだろうし。

 そう考えると、ジュリアーナだけじゃなくて他の貴族たちの苦労も、まぁ分からんでもない。


(マジで苦労してるよな)


 そりゃあ、こんな話聞いたらため息の一つや二つ、つきたくもなるだろ。

 婚約破棄のタイミングすら見計らって、国のために汚名を被る、なんて。

 ホントに、どうして今俺の目の前にいるこの女性が王妃になる未来、なくなったんだろうな。俺としては、ありがたいけど。


「降参だ。そんなにも多くの人間を巻き込んで、綿密に練られた計画なら、文句なしに完璧だったんだろうな」

「うーん……。残念ながら、完璧ではなかったかな。関係ないはずのニコロを巻き込んじゃったし」

「どちらかというと、俺は利しか得てないけどな」

「そう言ってもらえると助かります」


 ジュリアーナが俺の言葉を信じてるかどうかは、微妙なところだが。利しか得てないのは事実だし、本心だ。

 けど。


(気づきたくなかったかも、な)


 今の話を聞いて、俺の懸念が全くの見当違いだったってことは、分かった。プラチド殿下はむしろ、彼女に協力しているだけなんだろうなってことも。

 だからこそ、思う。


(ジュリアーナ本人が、一番遠いのか)


 本当の自由から。

 国のために生きるという足かせを、まだ付けたままで。


 きっと、彼女自身は気づいてない。

 まだ自分が、国のために生きてることも。結局今までいた場所から、抜け出せてないことも。

 そして同時に、その全てが完遂されたのを見届けるまで、次には進めないのだろうことも。


(俺にできるのは、せめて邪魔をしないことくらいか)


 なら今この想いを伝えたところで、無意味だ。むしろ邪魔にしかならない。

 それよりも。


(その日までに、少しでも意識してもらえるよう努力するか)


 まずはベッティーノから言われた通り、ドレスを一着借りてくことにして。

 彼女は、なにも疑うことなく差し出してきたけど。これは俺が信頼されてるのか、それとも警戒すらされてないのか。

 本気で悩みそうになったのは、俺だけの秘密にしておこう。





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