第24話 共鳴者

(二人分を自宅届けにして)


 今日の夕飯分の予約を完了させて、ハーブティーを用意してくれているジュリアーナの後ろ姿を眺める。

 ドレス選びのためになのか、普段は後ろで一つに縛ってる髪を下ろしてるから、割と後ろ姿だけでも新鮮だったりするんだよな。


「ねぇ、ニコロ」

「ん?」


 気を抜いてた俺は、予想もしてなかった。


「雷を、動力として利用できないかな?」

「……は?」


 この発言から、まさか彼女の最大の秘密まで知ることになるなんて。

 いきなり妖精の悪戯のことを言い出したかと思えば、それと雷は同じ原理だと言い出すし。


「可能なら、私はこの世界に『電気』を普及させたい」


 なんて、そんなことを言われたら。

 聞くしかなくなるだろ。


「……前々から思ってたんだが、君のそのはどこからきている?」


 そもそも『デンキ』ってなんだ?


「俺も知らないような、そんな知識はどこから出てきた? そもそも、どうして自由な時間もなかったはずの元公爵令嬢が、料理のやり方なんて知ってた?」


 ニオイが上がってくるのを水で防ぐ方法も、料理のやり方も。貴族令嬢として生きてきたのなら、本来知らないはずのことだ。

 なのに彼女は、初めからそれら全てを知っていた。

 気にはなってた。けど、それ以外の情報のあれやこれやが多すぎて、すっかり聞くタイミングを失ってたことを。もしかしたら、知ることができるかもしれない。

 同時に、ジュリアーナに対する俺のこの疑念も、全て晴れるかもしれないと。そう、思った。


「ねぇ、ニコロ。この世界には別の次元も存在しているって言ったら、信じてくれる?」

「信じるもなにも、魔導士の間ではほぼ確定的な事実として……」


 だから、彼女の口から出てきた言葉に、一瞬なにを当然のことをと考えて。

 ふと、気づく。


「君は、どうして……」


 魔導士でもないのに、その事実を知っている?

 しかもまだ存在が確認されていないはずのものを、あって当然のような言い方までして。


「私、小さい時からよく夢を見ていたの。この次元じゃない、別の次元にある別の世界の夢を」

「っ!?」


 そう、まるでそれは。

 滅多に記述を見ることはないが、いくつかの文献に登場するの言葉のようで。


『共鳴者』


 魔術とは全く違う形態の、謎多き力。

 別の次元の誰かと交信できるという共通点から、そう呼ばれているが。それが正しい呼び方なのかすら、誰にも分からない。

 聞いている限りでは、ジュリアーナの共鳴相手の世界には魔術そのものがないらしいが……。


 俺は、絶対、そんな世界、行きたくない。


(ただ、気にはなる)


 魔術とは別の方法で、発展した世界。それに、夢という形での交信方法。

 興味は尽きないが。


「君は今まで、嘘は一つもついてこなかった」


 きっとこれを話してくれたのは、俺を信じてもいいと思ってくれたからだろう。

 逆に言えば、これまで彼女の中に葛藤があったかもしれないということ。こんな突飛な内容、信じてもらえるかどうか不安にもなるだろう。


(そういう意味では、信頼は勝ち取れているのか)


 最悪な出会い方、しかも一方的に悪と決めつけてきた俺が、ようやく勝ち得たそれは。きっと思っている以上に、大きい。

 その信頼を失わないように、俺を見てもらえるようにこれからも努力していこうと、そう思えた。



 のに。



「はい?」

「母上が、夫人を呼んだらしい。私も先ほど知ったばかりで、詳細は全く分からないんだ」


 急ぎの用件があるからと尋ねてきたプラチド殿下は、申し訳なさそうにそう口にしてるが。

 それって、つまり……。


「今さら、復縁……?」

「可能性がないとは言い切れない。だから君に、伝えに来たんだ」


 第二王子の母上ってことは、王妃様がジュリアーナを呼び出したってこと。

 そして、そっちじゃなく俺のところに殿下が来たってことは。


「……場所を、教えていただいても?」

「あぁ。そのつもりだ」


 つまり、迎えに行けと。

 万が一王族命令で復縁を迫られていたら、無理やりにでも連れて行かれるんだろう。

 その前に連れ帰るか、攫って逃げろってコトだろ?


(この様子だと、ジュリアーナの計画も望みも、全部知ってそうだしな)


 手紙のやり取りがあったことを考えれば、当然かもしれない。

 それに、少しだけ嫉妬するが。


(今は、それどころじゃない)


 プラチド殿下から教えてもらった場所へ、急いで向かう。

 城の中は許可を得ていない場合、魔術は基本的に使用禁止だから。自分の足で、行くしかないんだが。


 気がつけば、走り出してた。


 もしかしたら、朝のあの挨拶が、彼女と話した最後になるかもしれない。

 そう思った途端、急激に不安と焦りが襲ってくる。


(どうかっ……、どうかっ!)


 間に合ってくれと、誰にともなく祈りながら。

 角を曲がった時に見えた、貴族らしい金の髪に向かって叫んだ。


「ジュリアーナ!」


 これが、俺が彼女の名前を呼んだ、初めての瞬間だった。





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