第15話 噂以上

 とはいえ、だ。やっぱりまだ、疑問が残る。


「ただ、どうしてこれでニオイがしなくなるんだ?」

「え、っと……」


 形は多少変化したとはいえ、そこに魔術での対策はしてない。

 俺の疑問を受けて、ジュリアーナが軽く水を流してから。


「こうすることで、ここのカーブの部分に水が溜まるの」


 解説が、始まった。


「まぁ、そうだな」


 カーブができたんだから、常にそこには水が溜まり続けるだろうな。


「この水がフタの代わりになって、ニオイが上がってくるのを防いでくれる仕組みみたい」

「水で? そんなことができるのか?」

「え、っと……」


 言葉で説明されるよりも、実験してみたほうが早い。

 とりあえず研究室に置いてある細長いガラス瓶を二つ持ってきて、香り付きの液体を両方に入れる。で、片方だけ形を変化させて、水を溜めて。


「うわ! ホントだ! ニオイしない!」


 マジかよ!

 形を変えてないガラス瓶からは、ちゃんとニオイしてるのに!

 こんなことで簡単に変わるのか!


「そっか、ニオイか。目に見えないし気にもしてなかったから、全然気がつかなかったな」


 これは便利だ。水さえ混ざらなければ、なんにでも応用が利く。

 今後どんな風にこの原理を利用していこうかと、一人ワクワクしていたら。


「ねぇ! 今のはどういう魔術なの!?」


 なんかものすごく食いついてきたんだが……?


「え? 形を変えて少し伸ばしただけ――」

「そっちじゃなくて! どこから色んな道具を出したの!?」

「あぁ、そっちか。あれは研究室に置いてた物を、ちょっと空間をつなげて取り出しただけで――」

「そんなことできるの!?」

「いや、まぁ……実際できるから、今それで試したんだが……」


 というか、気にするのはそっちなのか。

 これだけでニオイがしなくなるほうが、よっぽどすごいことだと思うけどな?

 どっかから物を取り出すなんて、魔導士なら当然のようにやってることだし。今さら珍しくもなんともないんだよなぁ。

 むしろ今まで俺が研究室と家を行き来してるところを、彼女は何度も見てるはずなのに。


「じゃあもしかして、バッグにその魔法陣を描いておいたら……」

「家の中に置くだけなら、すぐにできるな」


 説明ついでに、家の中にも色々と魔術を仕込んでるって話もしておいた。

 ら。


「じゃあじゃあ! 奥のほうに片づけたものとかも!」

「取り出せるんじゃないか? ちょっとコツはいるけどな」


 いやマジで、ものすごい食いつくじゃん。

 しかも、使い方それでいいのか?


「私もそれ、できるようになりたい!」

「いや、無茶言うなよ」


 むしろできるなら、とっくに魔導士になってる。


「とりあえずバッグにその魔法陣欲しい!」

「まぁ、そのくらいなら」


 簡単にできるしな。

 なんて、俺は完全に油断してた。


「やったぁ! ありがとう!」

「っ……!!」


 急に抱き着いてくるジュリアーナ。

 いや、っつーか、そのっ……。


(なんっ、いまっ、なんでっ……!)


 これどういう状況!?

 なんで俺、女性に抱き着かれてんだ!?

 というか元貴族令嬢、これでいいのか!? ダメだよな!?


 頭の中を色々な言葉がグルグルとめぐっては、消えていく。

 残るのは毎回、優しい香りと微かな体温。


(……いやいやいやいや!)


 なんか、こう……! ダメな気がする!!

 何がって聞かれてもよく分からない!

 でも! なんか! こう!

 ダメだろ!!


「こっ、これでこのバッグに入れた物は全部、テーブルの上に転送されるっ……」

「ありがとうー!」


 とりあえずなんとか離れてもらって、彼女の希望通りバッグに魔術式を仕込む。

 手元、狂わなくて、よかった……。


(あっつ……)


 今俺、確実に顔赤いよな。分かってる。分かってるけど……!

 というか、距離感おかしくないか!?


「ほっ、他にはあるのかっ?」

「じゃあ、ニコロとちゃんと連絡が取れる方法を教えて?」


 ただ、今はそのことは考えないようにしたくて。咄嗟に出てきた言葉に返ってきたのは、かなり真面目な内容。

 いや、それ以前に。


「連絡? 別に呼んでくれれば、いつでも帰ってこれるんだが?」

「はい?」


 俺、もしかして……。

 呼べば聞こえるって、最初に説明……。


「わぁ、お手軽」

「言ってなかったか?」

「うん、全く」


 してなかったな!!

 すっかり忘れてたというか、むしろ初対面の時なんて呼ばれたくなかったし、早く切り上げたかったりで……。


「……悪かった」


 マジで最低だな、俺。

 ジュリアーナはあんまり気にしてなかったようだったが、噂に振り回されて勝手に怒鳴りつけた事実は消えない。

 だから、なにか詫びをさせてもらいたかったのに。

 結局、今は思いつかないからと保留にされてしまった。


(欲があるんだか、ないんだか)


 ただ一つだけ分かってることは、彼女も元の生活に戻るつもりはないということ。

 俺と、同じで。

 それに少なからずホッとしたのは、好き放題研究ができるからというよりは、彼女への贖罪が叶うかもしれないから、だった。


(あぁ、でも)


 まだベッティーノが来てない研究室で、一人。ふと先ほどまでの会話を思い出しながら。


「時折笑ってるようで目が笑ってないあの顔は、噂以上だったな」


 女性の笑顔に恐怖を覚えたのは、お袋以来だった。

 ただお袋よりもだいぶ品がある姿は、さすが元貴族令嬢って感じだよな。

 できればジュリアーナのあの表情だけは、もう二度と見たくないけど。





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