第14話 盲点だった

「な、慣れたらな!」


 結局、どうやったって苦し紛れにそう言うしかできなかった。


「はーい」


 そんな俺を、彼女は楽しそうに笑ってる。

 今俺、絶対顔赤いだろうけど。それでも睨まずにはいられない。


(あんまり効果はなさそうだけどなっ!!)


 ただただ純粋に、楽しそうに笑う彼女――ジュリアーナは、昨日よりもずっと幼く見えた。

 考えてみれば、今までは無理にでも大人であろうとしていたのかもしれない。自分に与えられた役目を全うすべく。

 ならこれからは、もっと自由に生きればいい。


 ちなみに名前は、その……今すぐには難しいから、とりあえず頭の中でだけで呼ぶ練習ってことで。

 い、いつか本人にいきなり呼びかけて驚かせてやるつもりでな!


「あぁでも。それなら私からも、ちょっとした提案をしてもいい?」

「……なんだよ」


 そんなことを考えてたせいもあって、まだ名前呼びに関して引っ張るのかと思って警戒する。

 ここまでくると、さすがにからかわれてるんじゃないかって疑いたくもなるだろ。

 けど。


「家にあまり帰ってこない予定なら、ニコロの自室と書斎以外を色々と変更する権利が欲しいの」

「変更する権利? この家になにか不自由があるのか?」


 彼女の口から出てきた言葉は、俺の予想とは全く違っていた。

 というか不自由があるのなら、言ってくれればなんとかする。

 むしろこの家は、だいぶ過ごしやすくしてるはずなんだけどな。まだ足りない箇所があったのか?


「不自由はないけど、気になることがあって……」

「どこがだ?」

「その……下水のニオイが……」

「ニオイ、か。俺は使うことがないから、それは盲点だったな」


 基本的に俺はこの家にいるよりも、研究室にいることのほうが多い。それは彼女……ジュリアーナが来る前から。

 だから、そういったところを気にしたことがなかった。


(とはいえ、どうやって抑える?)


 いっそ家丸ごと、常に消臭させるか?

 魔力の消費は増えるかもしれないが、手っ取り早いのは確かだ。

 それとも……。


「下水管の形を少し変更して、ニオイが上がってこないようにしたいの」

「形?」

「そう、形」


 どう対処すべきかと考えてる俺に、彼女はそう提案してくる。

 とはいえ、形を変更しただけで変わるものなのか?


「費用は私のいらなくなったドレスを売って出すから、お金の面では迷惑をかけないって約束する」

「は? 待て待て。別にそこまでしなくても」

「これは私の勝手な要望だから、私が費用を出すのが当然でしょう?」

「いやだから、そうじゃなくて。そもそも形程度なら、魔術で変えればいいだろ」

「…………はい?」


 金の問題じゃないだろ。

 というか、今いらなくなったドレスを売るとか言い出してたような……?

 いや、うん。それは聞かなかったことにしよう。

 そんなことよりも。


「下手に他人が触って魔術の繋がりを断たれるのも、俺が困るんだよ。だったら形だけちゃちゃっと変更すれば楽だろ」

「ん……?」


 金で解決するよりも、こっちのほうが確実だ。特に家の構造上の問題なら、なおさらな。

 とはいえ、よく分かってなさそうだし。

 見せたほうが早いだろうから、とりあえず食事を終わらせてからにしようと提案しておいた。


(形の変更なら、そこの流しでいいよな)


 水を流さなくてもキレイになるようにはしてるものの、気になるってことはそこも例外じゃないだろうってことで。

 俺は頭の中で、必要そうな場所と魔術式の組み合わせを考えつつ、食事を終わらせた。


「で? どんな形に変えればいいんだ?」

「え、っと。こういう、カーブを描くように……」


 ジュリアーナの細く白い指が、空中に上下二つのカーブを描く。


「それだけでいいのか?」

「とりあえず?」


 それだけで本当に変わるのか、ニオイは気にならなくなるのか。

 よく分からないが。


「じゃあまぁ、それでやってみるか」


 とりあえず注文の通りに、変更してみる。

 実際これでどうにかなるんだったら、今後魔力の消費もないし。一番少ない労力で済むのは確かだった。


(素材を考えれば、やわらかくして伸ばして形を変えるっていう三つの工程が必要だよな)


 どうせなら、それ全部同時にすれば時間も短縮できるし、魔術式としては基本的なものばかりだから簡単だろう。

 それぞれの魔法陣を出して、その形状を変化させていく。


「わぁ……!」


 後ろから聞こえてきた声に、もしかしたら彼女は魔法陣もしくは魔術そのものを見るのが初めてなのかもしれないと、ふと思う。

 そして魔法陣を使うたびに、毎回思う。なぜ魔術式を簡略化して円の形に閉じ込めた物を、魔術陣ではなく魔法陣と呼ぶのか、と。

 理由は諸説あるらしいが、一番有力なのは魔導士以外が呼び始めた呼称が定着した、というものだ。確かにそれなら納得する。

 たとえば、今何も知らないジュリアーナがこれを魔術ではなく魔法陣と呼んだとして。そこに違和感は、一切ない。


(俺たち魔導士は、基本的に全て魔術式って呼ぶからな)


 そう考えたら、最も有力な説だと言われるのも頷ける。魔導士がわざわざ別の名前を付ける必要は、どう考えてもないからだ。

 なんてどうでもいいことを考えてる間に、全ての工程が終了する。


「これでどうだ?」

「凄い!!」


 振り返ってカーブの形の具合を聞いたのに、返ってきたのは明らかに魔術に対する称賛の言葉。

 というか、目、メチャクチャ輝いてるぞ?


「旦那様凄い!」

「ニコロ、だ」

「ニコロ凄い!」

「ふふん」


 旦那様呼びは訂正させてもらったが、まぁ褒められて気分が悪くなるってことはないよな。





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