第13話 お願いの対処法

 用意してくれていた食事は、昨日と違ってしっかりと味がした。

 朝の体に優しい温かいスープに、ワンプレートに盛られたサラダとスクランブルエッグ。それと、主食のパン。

 これだけなのに、なぜかちゃんと人間らしい生活をしてる気になるから不思議だ。


(というか、朝飯自体久しぶりだな……)


 食べるという行為の優先度が低いせいで、基本的に普段は腹が減るまで何も口にしないことが多い。

 こんな風に誰かに作ってもらって、用意までしてもらうなんて、なおさら。ここ何年も、経験がない。

 最後は確か、お袋にねだられて久々に実家に帰った時、だったか? そのくらい定かじゃないんだ。


(なんというか……。この状況も、不思議だよな)


 自分の家に、書類上とはいえ妻となった人物がいて。元貴族令嬢のはずなのに、普通に料理ができて。

 それで、当然のように俺の分まで準備してくれてて。


(いかにも貴族らしい、金の髪だよな)


 前に彼女が一人で出かけた時に注目を浴びていたのは、その髪色のせいでもある。綺麗な金の髪は、平民が思う貴族の象徴だから。


(睫毛も金なんだな)


 っつーか、なげーな睫毛。

 しかもキレイに食うよな。俺の叩き込まれたマナーなんかじゃなく、これが貴族の本物のマナーなんだろうな。

 ベッティーノとゆっくり食事することもなかったから、全然知らなかった。


 なんて、食べる以外やることもなくて暇だから、目の前の人物を観察してたら。ふと、そのキレイな瞳がこちらに向けられた。

 その色は、珍しい緑。


「ところで、旦那様」


 小さな唇から紡がれる声は、涼やかなのにどこか凛としていて。見た目も相まって、強い女性なのだろうなと思わせる。

 けど。


「なぁ」


 今は、そんなことよりも。


「どうされました?」

「いや、どうもこうも。その"旦那様"って呼び方、やめないか?」

「あら」


 その呼ばれ方は、どうにもむずがゆくて。

 確かに俺はこの家の主だけど、彼女は召使いじゃない。かといって、俺たちは本当の夫婦関係でもない。

 ならその言葉は、適切じゃないだろ。


「大変失礼いたしました」

「いやだから! そうじゃなくて!」


 でもなぜか、彼女は違う意味合いで捉えたようで。だからといって、それをうまく訂正する言葉も思いつかなくて。

 目の前で不思議そうに首をかしげるその仕草は、その見た目とは裏腹に幼く見えて、しかもどこか可愛らしかった。


 そう、だから。

 なんだか、直視してはいけないような、気がして……。


「だから、その……。あぁもぅ! ニコロ! ニコロでいい!」


 目元を隠しながら、そう伝えた。

 のに。


「ニコロ様?」

「様はいらない!」


 どうして俺に敬称をつけたがるんだ!


「俺は平民出身だから、そういう堅苦しい呼ばれ方に慣れてないんだよ!」

「まぁ。でしたら私のことも、気軽にジュリアーナと」

「呼べるかぁ!!」


 それこそ本当の夫婦みたいじゃないか!!

 名前を呼び合う仲とか、そんなことできるわけないだろ! 恥ずかしすぎる!

 なのになんでそんな普通に言えるんだよ!

 しかも俺の返答に対して不思議そうな顔してるし!

 俺からしたら君のほうが不思議すぎる!!


「あとその口調も! 君の素は昨日のアレだろう!?」

「アレ……?」

「第一王子への本音をぶちまけた時の!」

「…………あー……」


 というか、いつまでも令嬢っぽい喋り方をされると、こっちが気を遣うというか……気にするというか……。


「それで、いいんだよ。別に無理に令嬢であり続けなくたって。俺は名ばかりの男爵位なんだし」


 あれが素なら。元居た場所に戻るつもりがないのなら。

 もう本当の意味で、自由になったっていいと思ったから。


「慰めてくれてるの?」

「ちっ……! ……がわ、なくも、ない……」

「っ……!!」


 咄嗟に否定しかけて、でもあながち間違いじゃないから、そこは言い直してでも頷いておく。

 というか、なんだこれ……! メチャクチャ恥ずかしくないか!?


「だから、その……俺からの、提案だと、思ってくれれば……」

「ん゛っ……!!」


 強制するつもりはないが、これからは気楽に過ごしてほしいという思いを込めて、そう口にしたら。

 なぜか、不思議な声が彼女の口から聞こえた気がする。


「……? どうした?」

「……イエ、ナンデモナイデス」

「なんでカタコトなんだよ」


 明らかに普通じゃない言い方の理由を尋ねれば。


「ちょっと……こういった経験は、はじめてなもので……」


 返ってきた言葉は、今まで彼女が置かれていた立場を思い出させるようなもので。


「そっ……! ……そう、か」


 こんな風に普通に接することすら、彼女は誰ともできないまま過ごしてきたのだと。俺は一人納得して、スープを口に運ぶ。

 あまり思い出させるべきじゃないだろうし、今度から言葉にはもう少し気をつけよう。


「でもそれならなおさら、私のこともジュリアーナって呼んで欲しい」

「ゴホッ」


 人が! 決意した瞬間に!

 俺の話聞いてたか!?

 というか、スープが喉に……!


「それはっ、そのっ……」


 ようやく咳がおさまったところで、さてどう言えば伝わるだろうかと言葉を探してる俺に。


「ダメ……?」

「うっ……」


 それはそれは、可愛らしい上目遣いでお願いしてくる彼女の瞳は、若干潤んでいたような気もする。

 というか、肌も白――じゃなくて!

 こういう場合って、どうしたらいいんだ!? 女性からのお願いの対処法って、どうするのが正解なんだ!? なぁ!!


「ぜ……善処する……」


 とりあえずその場しのぎだけでもと思って、苦し紛れに発した言葉は。


「愛称でもいいよ?」

「だ、からっ……!」


 案の定、返り討ちにされて終わる。

 しかもその目でこっちを真っ直ぐ見るな!!


(クソッ……!)


 悔しいけど可愛いんだよなぁ……!

 だからこそ見られていることが恥ずかしいし、目を合わせることすらできない。


 マジで誰か! ベッティーノでもいい!

 こういう場合の対処法を教えてくれ!!





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