第12話 噂なんて

 眠る直前にふと、許可ももらってないのに第一王子の名前を呼んでたなと、思い出したものの。

 もう今後、敬意を持って第一王子殿下なんて呼べないのなら、いっそそれでもいいか、なんて結論に落ち着いた。

 逆に、これからどう彼女に接していくべきかと頭を悩ませながら、久々に自室のベッドで眠ったのに。


 朝に弱い俺は、目が覚めた時にはそのことをすっかり忘れてて。


「ふぁ……」


 資料はこの間揃えたし、魔術式の調整ももう少しで終わりそうだったな、なんて。研究のことばかりが思考の大半を占めていたせいで。


「……いい匂いがする」


 フラフラと香りに誘われた俺は、当然のようにその匂いの一番強い場所まで歩いていき。


「おはようございます、旦那様」

「……おはよう」


 まだ眠くてハッキリしない頭のまま、聞こえてきた声が自分に向けられているらしいことを認識して、挨拶を返す。

 眠すぎる……あくびが止まらない。


(昨日……夜、どうしてた……?)


 資料を読み込んで朝方まで起きてた記憶は、ない。

 新しい魔術式についての本も、発売されてないはずだ。


「もう朝ごはんができますから。顔だけ洗ってきてください」

「ん……。そうする……」


 朝ごはん、ってことは昼まで寝過ごしたわけでもなさそうだな。

 というかここは研究室でもないし、魔術式を描いた紙が散乱してるわけでもない。


(朝方まで起きてたわけじゃあ、ない。……気がするんだよなぁ)


 顔を洗って、タオルで拭く。

 魔術で終わらせることも可能だが、昔からやってきたことは習慣になってるんだろうな。朝は特に、効率とかあんまり考えてない。

 ベッティーノと研究室に泊まりこんだ時は、さすがに全部魔術で終わらせてるが。


(そういえば……)


 さっき聞こえてきたのは、ベッティーノの声じゃなかったなぁなんて、ふと思って。

 そもそも男の声じゃなかったし、優しそうな女性の声だった。


(…………ん? 女……?)


 ここ、は。俺の家だ。

 で、今は……。朝、だよな?


「…………。……っ!?」


 そこで、ようやく気づいて。

 俺は急いで、さっきのいい匂いを発生させている場所に飛び込んだ。


「おかしいだろ!」

「あら」


 「あら」じゃないんだよ! 「あら」じゃ!


「だからなんで料理してるんだ! 食事なら毎回用意してただろ!?」

「以前はそうでしたね」

「今は!?」

「最近では毎食、自分で調理していますから」


 そこまで言われて、はたと気づく。


「はぁ!? ちょ、まさかっ……!」


 朝昼晩と彼女に出していた食事は、面倒だったから俺と同じものにしていた。その上で、必要とされていない時は提供しなくていいというルールづけをして。

 まぁつまり、なにが言いたいかというと。


「あ、マジだ……。うそだろ、おい……」


 俺と彼女とで、食事の提供数に差が出ていたことに、間抜けにも気づいていなかったと。

 そういう、ことだ。


「あああぁぁ……。なんで気づかなかったんだよ。バカか」


 昨夜と同じ状況、再び。

 というか、こっちは気づくべきだった。監視対象の食事回数や量の変化は、異変もしくは異常が発生している可能性があるから。

 それを見逃してる時点で、職務怠慢。

 いくら押しつけられたとはいえ、仕事は仕事だ。その管理ができないとか、頭を抱えたくもなる。

 俺は無能か? バカなのか?


「旦那様、一緒に朝食をいかがですか?」


 頭を抱えたままうずくまるってる俺に、それを指摘しないのは。彼女なりの優しさ、なんだろうか?

 もしくは触れたくないだけ?


「…………もらう」

「はいっ」


 どっちだったとしても、今は触れられないだけありがたい。

 そう思って、立ち上がった俺の目の前で。彼女は当然のように、スープをよそおうとしていた。


「ちょ、だから……! 君は座って……!」

「あら。旦那様はどこにどんな食器があるのか、ご存じないのでは?」

「ぐっ……」


 そう言われてしまえば、ぐぅの音も出ない。

 いや、正確には出たわけだが。


 というか、この家に二人分の食器なんてなかったはずだ。

 つまり彼女は引っ越してきてから、自ら食材を買い出しに行くだけでなく、食器や調理器具まで揃えていたということで。


(マジで、噂なんてあてにならないな)


 目の前で、二人分の食事が当然のように準備されていくのを眺めながら。

 今度から、そんな不確定なものを信じるのはやめようと心に刻んだ。


「さぁ、どうぞ!」

「あぁ。……ありがとう」


 今まで酷い言葉ばかりをぶつけてきた分、今後はちゃんと感謝の言葉を口にしていこうと思ってはみたものの。普段そんなことしてないから、どうしても照れくさくて。

 真っ直ぐ顔を見て言うことは、できなかった。

 いつまでガキのつもりだ! 俺は!





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