第10話 混乱する
「どういうつもりだ」
吐かないようなら脅すくらいはしてやろうという心持ちで、開口一番そう言ってやったのに。
「お帰りなさいませ、旦那様」
当然のように出迎えるその姿に、さらに苛立ちが募る。
この状況で平然としているどころか、前回と同じように笑顔を向けてくるところが不気味すぎるだろ。
「プラチド殿下を利用して、なにを企んでいる?」
だから、核心をついてやろうと思ったのに。
「利用したつもりなどございません。ご相談させていただける男性に、他に心当たりがなかっただけのことです」
本当に、平然と。いっそ当然のようにそう口にする姿は、貴族のそれでしかない。
これで信じろというほうが無理だろ。
「夫婦できちんと話し合うべきだと殿下に直接言わせたのは、俺に運ばせた手紙が原因だろう?」
「まぁ! プラチド殿下が直接?」
まるで知らなかったとばかりの表情。
「しらを切るつもりか!?」
白々しいにもほどがある!
「旦那様、落ち着いてくださいませ。まずは一緒に夕食でもいかがですか?」
なにが夕食だ! そもそも俺が指定した時間にはまだ早い――――。
「な!?」
手で示された先を見れば、明らかに俺が普段食べているものとは違う料理。
家の中にこの女以外誰も入ってきてないことは、俺が一番よく知ってる。
つまり。
「君は自分で料理するのか!?」
貴族が自分で料理するなんて、聞いたことがない。
だからこそ驚いて、つい質問してしまった俺に。返ってきた、答えは。
「え? はい、しますよ?」
ひどく、あっさりしたものだった。
「あの! あの悪名高い公爵令嬢が!?」
あまりにも当然のように言われたから、驚きのあまり思わず本人の前で堂々と口にしてしまったが。
「元、です。でももうあんな家帰りたくないので、そういう呼び方やめてもらえますか?」
「え……。え??」
それに返ってきた言葉に、俺はさらに混乱する。
というか、あんな家? 帰りたくない? どういうことだ……?
俺が知っているのは、婚約者である王子が優しく接してる令嬢に嫉妬して、散々嫌がらせをしてきた性悪令嬢、ジュリアーナ・アルベルティーニ。
だからこそ第一王子は婚約破棄をして、俺みたいな平民出身の下位貴族魔導士の元に厄介払いしたんだろ?
アルベルティーニ公爵家も、そんな娘を手に負えなかったから承諾したんだろ?
そう、思ってたのに。
(まさか違う、のか……?)
いやでも、だとすればあの噂は?
誰もが当然のように話していたあの内容の、真偽は?
「旦那様? なにか、勘違いをされているようですが」
「う、うん?」
今さらになって、ようやくそのことを考え始めて混乱してる俺に。
彼女はさらに、凄いことを告げる。
「私、王妃になりたいなんて思ったこと、人生で一度もないんですよ」
「…………うん……?」
「知ってます!? 王妃教育の大変さと厳しさ!!」
語られるのは、とにかく大変で厳しいというその点のみ。その言葉にも表情にも、一切の嘘は見当たらない。
将来王家の仲間入りができるという喜びは、一言も語られなかった。
というか、必死過ぎて。
「ようやく……ようやく婚約を破棄してもらえたんです! 私はもう、あの場所には戻りません!!」
言い切った彼女は、肩で息をしてることに気づいているのか、いないのか。
勢いがあり過ぎて、多少押され気味だったことは否定しない。
が。
つまり、要点をまとめると、だ。
「え、っと……。つまり君は、婚約を破棄させるためにわざとあんなことをしていたのか?」
「当然です! そもそも他者を傷つけるような人間が、どうして王妃になんてなれるでしょうか? 王妃教育を受けたからこそ、それが不可能だと理解していましたよ」
それは、結局……。
「…………国一番の、策士じゃないか……」
分かっていて、わざと実行した。婚約破棄させるために。
教育を、受けていたにもかかわらず。
それが、彼女の望みだった、と。
「国中が、騙されたのか……。君の、我儘に……」
「わがままぁ?」
そう言った瞬間の、彼女の
俺はきっと、一生忘れられない。
「ひっ」
今まで二十一年間生きてきて、こんなにも女性を恐ろしいと思ったのは初めてだった。
それくらい、言葉では言い表せないような
「あんな浮気性のっ! 好きでもない男に嫁がされてっ! 日々殺されるかもしれない恐怖におびえながらっ! 国のために身を粉にして働けとっ!?」
「う、うわき……?」
第一王子が、だよな……?
「婚約者がいるのに他の女に現うつつを抜かした男を、世間ではそう呼びませんか!?」
「よっ、呼びます!!」
あまりの圧に、ついそう返せば。
「しかも!! その婚約者が自分に嫁ぐために勉強している間に!!」
「え……」
「そこまで馬鹿にされて、黙って嫁ぐわけないでしょう!?」
「…………」
返ってきた言葉たちは、勢いとは裏腹に切実だった。
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