第9話 第二王子殿下
「マジか……」
あのあと、実験は途中まで上手くいってたものの、どうにも何かが足りないようで。
何度か試してはみたが、一向に進展がないままはまずいだろう、ということになり。別のアプローチを考えるために自宅から資料を持ってこようとして、ソレに気づいた。
なんなら、気づきたくなかった。
「第二王子殿下宛とか、あの女ぁ……!」
王子相手だ。手紙の返事を書かないわけにはいかない。それは確かだ。
分かる。分かるが……!
「面倒事が増えたじゃねぇか!!」
一応夜なので控えめに、なんてことはしない。
代わりにしっかりと吸音の魔術式を展開させておいて、近所迷惑にならないようには気をつけた。
あと、あの性悪女が起きてきても面倒だから。
「クソッ! 俺は伝書鳩じゃねぇぞ!」
今時伝書鳩なんて古臭い手法は取られてないが、それでも気分としては一番近い。
というかそもそも、どうやって一介の魔導士が王子殿下に手紙を届ければいいんだよ。
名前を呼ぶことすら許されてないくらい、接点がないんだぞ!?
「ベッティーノに相談……いや。いっそ筆頭のジジイに押し付けるか?」
それもいいかもしれない。
そもそも本来なら、魔導士が王族とやり取りなんて筆頭以外しないものだ。となれば、おかしくはないはず。
「よし、そうしよう」
決断は早かった。
そうと決まれば急いで資料を探して、筆頭のジジイのところに押しかけよう。
で、ついでに今後のやり取りも全部任せることにする。
これで完璧だろ!
そう。完璧な――。
…………。
………………。
「君に私との連絡方法を伝えていなかった、こちらのミスだよ。そこに関しては、本当に申し訳なかった」
いや。
「お詫びと言ってはなんだけど、君に私の名前を呼ぶ権利を与えるよ」
いやいや、待て待て。
「忙しくない限り、私も直接手紙を渡しに来るつもりでいるから」
待て待て、待ってくれ……!
「君も何かあれば、気軽に私に会いに来ていいよ」
いいわけないだろ!!
(そもそもおかしいだろうが!!)
なんだこの状況!?
なんで研究室に、第二王子殿下がいるんだ!?
というか、なんで俺は名前を呼ぶ権利を与えられてるんだ!?
「もちろん、夫人を連れてきてもらっても問題ないよ。ランディーノ男爵」
これは、つまり……。
(やられた……!!)
先に言質を取らせやがった! この王子!
自分の発言を周りに聞かせることで、俺とのやり取りを当然のこととして認識させやがった!!
こっちは望んでもいないのに!
(これじゃあ単純に面倒事が増えただけじゃねぇか!!)
確かにあの女の監視役は、俺一人。となれば、手紙のやり取りは当然俺を介してということになる。
そして間に誰も挟まないことによって、どっかの貴族の思惑すら寄せ付けないってことだろ?
いくら平民育ちでも、そこら辺までなら分かる。というか魔導士という立場上、そこは嫌になるほど教え込まれた。
貴族の自分勝手な言動に、魔術が利用されないように。
(穏やかそうな笑顔の下に、なに隠して過ごしてるんだよ)
敵に回したら明らかに厄介そうな第二王子は、今の俺にとって味方とはとてもじゃないが言い難い。
手紙を持ってくるのと同時に、魔術式が組み込まれたシルバートレイまで用意して渡してくる、この用意周到ぶり。
国や魔導士としては安心だろうが、俺にとっては恐怖でしかない。
(しかもこれ、いわばあの女のためだけに用意されてるってことだろ?)
手紙になんて書いてあったのかは知らない。二人の関係性だって、俺には一切興味がない。
ただ、巻き込んでほしくもないんだよ。
「それじゃあ、次回からよろしくね」
とはいえこれは、王族からのお願い。正確に言えば口調が柔らかいだけで、ほぼ命令と等しい。
そんな状態で、俺に拒否権があるとでも?
「……承知いたしました」
そう言って頷く以外、できることなんてなかった。
そう、ないんだよ。
たとえそれが、魔術式の計算の途中での急な訪問だったとしても。
興味津々ですとばかりに、こちらに聞き耳を立てているベッティーノがいる場所だったとしても。
あとで俺が、アイツに質問攻めにあうだろうことが分かっていても……!
(平民出身のただの魔導士が、なんで王族とがっつり関わらなきゃならないんだよ……!!)
第一王子からの命令で、性悪と有名な貴族令嬢と結婚して。
第二王子からのお願いという名の命令で、その性悪女との手紙のやり取りの仲介をする。
(どう考えてもおかしいだろ!!)
もうこれ以上関わりたくない。
そう思うのは、当然だろ?
けど……。
「ランディーノ男爵。君はもう少しちゃんと、夫人と話し合うべきじゃないかな?」
何回か手紙のやり取りを仲介したある日、突然プラチド殿下がそんなことを言い出す。
ちなみに名前を呼ばないと、笑顔のまま何も答えてくれなくなるから、仕方なく呼ぶようになった。
怖すぎだろ。
「その……プラチド殿下。一体、なにを……」
「今日はもう帰って、夫婦できちんと話し合っておいで」
有無を言わさない笑顔とは、このことだろうな。
しかもそれ、ほぼ命令だろ!
「……承知いたしました」
俺がそう答えると、満足そうに帰っていったけど。
去り際。
「今度、結果を聞きに来るから。楽しみにしているね」
なんて、恐ろしい一言を残して行った。
「クソッ!」
「ほらほら、君は帰った帰った」
もう一人の、あとで詳細を聞かせろよ顔のこいつといい、王族だの貴族だのってのはどうしてこう……!
こっちは関わりたくないのに、向こうからやってくるんだよ……!
(今回は、特に)
明らかに、仕組んだのはあの女だろう。そうじゃなきゃ、急にあんなことを言い出すはずがない。
手紙でプラチド殿下に泣きつきでもしたのか?
とりあえず帰ってどんなつもりなのか聞き出してやらないと、この怒りは収まりそうにないな。
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