第7話 未知の存在

「よ……ようやく家に帰った……!」

「意外と長かったね」


 そもそもちゃんと家に帰ることができるのかすらも分からず、結局最初から最後まで見届けることになった俺たちは、映像が消えるのと同時に椅子に座り込んだ。

 家の中での様子は、余程のことがなければ映さないと決めてる。だから映像は自動的に途切れたわけだが。


「…………実験……ちょっと休憩してからでいいか?」


 正直、今から集中するとか無理だった。体力というよりも、気力の問題で。

 そして同じ映像を見ながら、最初から最後まで俺の言動に付き合っていたベッティーノは。


「そうだね。ついでに紅茶を淹れるから、ひと息つこうか」


 理解を示してくれただけじゃなく、気遣いまでしてくれる。

 今はそれが、素直にありがたい。


「……なぁ」

「ん? なんだい?」


 魔術で用意されていく茶葉やティーポットなんかを眺めながら、俺はだらしなく頬杖をつきつつ疑問を口にしてみる。


「あれって、普通の貴族令嬢の行動か?」

「…………」


 黙り込んだベッティーノが、全ての答えだと思うんだよな。

 俺の知ってる貴族令嬢ってのは、もうちょっとこう物静かだったり控えめだったりするんだけど……。は、明らかに違う。


「……特別な教育を、受けていた方だから」

「いやそれ、フォローになってないよな?」

「でもほら、自分の力で状況を打開できないような人物は、きっと選ばれないと思うんだ」

「打開しすぎだろ、どう考えても」


 どこの世界に、自分から未知の世界に飛び込んでいく元令嬢がいるんだよ。

 いやまぁ、ついさっきまでそんな人物を見てたわけだけど。俺の家に今、絶賛そんな未知の存在がいるわけだけど。


「……ただ、ね。シャーリーが言うには」

「言うには?」

「自らの足で凛と立つ、そのお姿が印象的だったって」

「あー……」


 まぁ、確かに? あれは完全に自分の足で立ってたな。

 まさか平民に混じって普通に買い物するとか、俺も考えてなかったし。

 勝手に馬車でも呼んで、馴染みの店に行くんだとばかり思ってた。違ったみたいだけど。


「だからって目的が市場って、予想外すぎるだろ」

「そこには同意かな」


 見てみろ。あのベッティーノが、今日何回目の苦笑だよこれ。普段こいつ、こんな顔しないのに。

 むしろ普段からずーっと穏やかで、俺の愚痴も無茶ぶりも、ニコニコ笑顔で聞くようなやつなのにさ。


「でも奥方、とても楽しそうだったね」

「それは……」


 確かに、俺の目から見ても楽しそうだった。

 とてつもなく生き生きしてて、言われなければ厄介払いされた人物だなんて、誰も思わないだろう。

 ただ最低でも、豪商の娘くらいには思われてそうだが。


「それで?」

「あ?」

「君は今後のために、あの楽しそうな奥方に外出禁止を言い渡すのかい?」

「…………」


 俺としては、大人しく家の中にいてくれたほうが楽ではある。

 けど。


「さっき、外出は許可したばっかりだ」

「おや」


 一度口にしたことを即座に覆すのは、男としてよくないと思う。

 それにもともと、買い物は自由にしていいと考えてたのも事実だ。


「必要だと言われれば、馬車でも商人でも手配するつもりではいる」

「けれど、言われない限りは徒歩での外出を許す、ってことかな?」

「……どうせその内に飽きるだろ」


 決して。決してあの楽しそうな姿にほだされたからではない。

 それ以前に下手にうっ憤をため込まれて、万が一本当に逃げられでもしたら困る。

 そんなことになるくらいなら、外出ぐらい好きにすればいいさ。

 もちろん、監視はつけさせてもらうが。


「君は本当に、なんだかんだ言いつつ優しいよね」

「おいコラ」


 なんだその、生暖かい目は。


「僕はね、そんな君だからこそ一緒にいられるんだ」

「……」


 こいつは貴族出身でありながら、あまり貴族が得意じゃないらしい。

 というかそもそも四男だし、継げる爵位もないからか、周りからはあまりよく思われていなかったらしいしな。

 家族仲はいいから、そこは唯一の救いだったって話も本人から聞いたことがある。

 それでよく貴族令嬢と結婚しようと思ったなと、下手に刺激したせいでその後延々と嫁自慢をされたことも、しっかり覚えてるけどな!


「それに僕は、今日彼女を見ていて……シャーリーの言っていたことはやっぱり嘘じゃなかったんだと、確信したんだ」


 今も結局、嫁の話だし。

 こいつマジで、嫁のこと好きすぎだろ。


「だからね、ニコロ。やっぱり奥方とは、一度しっかりと話し合ってみたほうがいいと思うんだ」

「めんどくせぇ」


 正直そんな時間があるのなら、魔術式の計算を一つでも多くやっておきたい。


「君は魔術への興味は強いけど、人に対する興味は薄いもんね」

「他人に興味がないからな」


 そんなもの気にしてる暇なんて、俺にはないんだよ。

 人が生きていられる時間は限られてるんだ。その時間を無駄になんて、できないだろ。


「でもね、僕は思うんだ。きっと今のままだと、いつか君は後悔するって」

「おいおい。お前いつから占い師に転職したんだよ」

「占いじゃなくて、僕の勘」


 そう言ってニッコリと笑ったベッティーノは、どこからどう見ても貴族なのに。

 妙に素直な表情だった。





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