第6話 見た目だけなら

「こ、っんの緊急事態に……! あの女ぁ……!」

「ニコロニコロ、口が悪くなってる。いくらここには僕しかいないとはいえ、それはちょっと……」


 そんなこと言われても、今回ばかりはどうしようもない。

 家の中に閉じ込めておければ、まだ楽だったものを。外出されてしまえば、魔術の使用制限が出てしまう。

 もはや、そのことを知っていたんじゃないかと疑いたくなるくらい、タイミングがよすぎた。


「ベッティーノ! 今日の実験は後回しだ!」

「あぁ、うん。だろうね」


 とにかくまずは行き先の確認と、監視が最優先。

 苦笑してるベッティーノには悪いが、今はこれが俺の唯一の仕事だからな。


(正直あの女がどこでどうなろうと、知ったことじゃないが)


 あんな、あからさまにいい所の出身だと分かるような格好で、一人で外を歩こうなんて。誘拐してくれと言ってるようなもんだ。

 幸い今はまだ人の通りも多いし、そこまで警戒するほどではないかもしれないが。

 もしもこれで、偶然人さらいに遭って他国に行かれてしまったら、それこそコトだ。


「あんまり、褒められた行為じゃないとは思うけど」

「緊急事態だろうが! 俺だってやりたくない!」


 あらかじめ用意していた魔術式を展開させたところで、それが何のためのものかこいつには瞬時に理解できたらしい。

 とはいえ、やらないわけにはいかない。


「まぁ、そうだね。覗き見なんて、本来なら犯罪だけど」

「だから!」

「僕に止める権利はないよ。それが君の仕事なんだから、なおさらね」


 肩をすくめてみせたベッティーノは、そう言って空中に映し出された映像に目を向ける。

 そう。これは遠くにいる相手を監視するために、瞬時に映像を届けるための魔術。

 なにかあった時のためにと、準備はしていたが。まさかこんなにも早く、しかもこんな風に使うことになるとは予想もしていなかった。


「さすがに音は拾わないんだね」

「……一応、な」


 そういう魔術式は組んである。さっきのあの一瞬で、こいつだってそれは分かったはず。

 とはいえ、だ。

 いくらなんでもそこまでは、問題が起きていない以上俺だってしない。


「それにしても……」


 音のない映像から目を離すことなく。


「これだけ美しい女性が歩いていれば、当然注目を浴びるよね」


 まるで独り言のように、ベッティーノが呟く。

 実際独り言だったんだろう。俺に聞かせる予定はなかった。というか、本当に無意識のうちに出た言葉だったようだ。

 ただそう言われて初めて、俺は契約結婚した相手の容姿をまじまじと見てみる。


 貴族令嬢らしい手入れの行き届いた肌は、白くてきめ細やかで。苦労なんて全く知らないであろう手は、指先まで整えられてる。

 リボンで一つにまとめた髪は、陽の光を浴びて金色に輝いて。歩くたび、風が吹くたびに、緩いウェーブと共にふわりと揺れる。

 平民ではあり得ない、珍しい緑の瞳は。真っ直ぐに前を向いて、本人の意志の強さを表しているように見えた。


「……確かに、見た目だけなら美人だな。見た目だけなら」

「そこは強調しなくてもいいんだけどなぁ」


 そう言いながら笑うベッティーノは、なぜかどことなく楽しそうで。

 正直こいつが魔術以外でこんな表情をするのが珍しすぎて、こっちのほうが驚く。


「それにほら、見てごらんよ」


 促されて再び目を向けた先で、映像の中の女は笑った。

 驚くほど満足そうに、幸せそうに。


「この状況でこんなにも素敵な笑顔を見せる女性が、本当に噂通りの悪女だと僕は思えないな」


 その笑顔は、誰に見せるためのものでもない。

 俺が監視していることは、知らないはずだ。


 だから、つまり。


(元貴族令嬢が、社交界から実質的に追放されたような状態で……自然に笑ってるって、ことなのか?)


 正直信じられなかった。見張りがいることを考えて、わざとそういう女を演じていると言われたほうが、まだ納得がいく。

 だが……。


「ニコロ、覚えておいたほうがいい。社交界の噂には、真偽が定かではないものが数多くある。誰かの思惑によって、簡単に真実が捻じ曲げられる」


 ベッティーノの言葉は、貴族として生まれ育ってきたからこその重みがあった。

 きっと、そういうことが今までに何度もあったんだろう。


「だからね。噂ではなく、本人をちゃんと見て判断したほうがいいよ」


 もちろん噂が本当の場合もあるから、しっかりと注意しながらね。なんて最後に付け足してたが。

 それなら、なぜ実家からも見放されたのか。それが俺には理解できない。



 それに、だ。



「ちょ、待てコラ……!」


 意気揚々と、人ごみの中に入っていく監視対象者。

 というか、なんで市場なんだよ!?


「これは……なんとも監視しづらい……」


 横からベッティーノでさえ、困ったような顔でそう口にするくらい。

 この女の行動は、突飛すぎた。


「服とか宝石とか買って帰るんじゃないのか!?」

「どうやら彼女の一番の目的は、ここだったみたいだね」


 こっちの気も知らずに、楽しそうに市場を見て回るその姿に腹が立つ。

 そもそも市場が目的だったのなら、家に商人とか呼んでも無意味だったってことだろーが!


「ニコロ、君……彼女にこの場所のことについて話したかい?」

「んなわけねーだろ!」

「じゃあ、どうして……。彼女は迷わずに、この場所までたどり着けたんだろうね……?」

「っ!!」


 正直、違う意味で謎は深まるばかりだった。

 あと行動があまりにも読めなくて、監視するのが大変すぎるんだよ!!





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