第4話 悪名高い?

「ご存じかとは思いますが、ジュリアーナと申します。アルベルティーニ公爵家からは勘当を言い渡されておりますが、現在私はあなた様の妻ですので、ランディーノの姓を名乗っております」


 俺の混乱になんて気づいてすらいないのか、当然のように名乗り始めるから。


「え? あ、そう、か。…………ん……?」


 つい、普通に受け答えしてしまって。

 なにかがおかしいと、気づいた。


 そもそもこの状況下で、なんでそんなに普通にしていられるんだ!?

 おかしいだろ! どう考えたって!


「どこへ、とのことですが」

「あ、あぁ……」


 それなのに、悪名高いと言われているはずの元令嬢は。


「家の中の物を好き勝手に使用するわけにもいかず、あまりの退屈に嫌気がさして、ひとまず私物をいくつか換金しようと思っておりました」


 スカートのポケットの中からハンカチを取り出して、包んでいた中身を見せてくる。

 白いハンカチの上には、色とりどりのリボンが数本。どう考えても、平民が使うようなものとは素材が違いすぎる、ソレ。


「ちなみに換金場所が分からないので、どなたかに道案内をしていただこうかと思っておりましたが、旦那様はご存じですか?」

「え? あぁ、まぁ、知ってるが……」


 換金……?

 換金するのか? コレを?


「まぁ! よかった! さっそく教えてくださいませ!」

「あー……」


 結構高そうだし、そこらの換金所だと無理そうだよなぁ。

 となると……。


「って、違う!」


 なにを普通に答えようとしてるんだ俺は!!


「あら?」

「俺を騙そうったって、そうはいかないぞ! この性悪女が!」

「あらあら、まぁまぁ」


 言い訳として用意していた可能性のほうが高い以上、この女の真意を確かめる必要がある。

 そもそも換金してどうするつもりだ!

 令嬢時代のように買い物ができなくなって、退屈してるって話か!?


(もしそうだとすれば、金さえ与えておけば大人しくなるはず)


 そんな風に考えていた俺の耳に。

 信じられない言葉が、届いて。


「そうですか。では、離婚の手続きでもいたしますか?」

「……は?」


 あまりにも唐突過ぎて、意味が分からなかった。

 言葉は理解できているはずなのに、全く反応ができないなんて。

 さっきからこの女、言動が意味不明すぎる!


「噂の性悪女との暮らしなど、望んではいらっしゃらなかったのでしょう?」

「当然だろ! 誰が見ず知らずの、しかも悪名高い令嬢なんかと結婚したいと思うんだ!」

「そうでしょう、そうでしょう。ですから双方の同意の元、早々に離婚してしまいましょう」

「…………はぁ!?」


 なにを嬉しそうにそんな提案してくるんだ、この女……!

 そもそも笑顔で話す内容じゃないだろ、それ!


「利益を生まない結婚は、政略結婚として破綻していますから」

「え、いや……え?」


 それなのに、途端に真剣な顔つきで真っ当なことを口にする、目の前の人物は。

 本当に、噂の令嬢と同一人物なのか……?


「旦那様は、私に対する処罰に巻き込まれただけの被害者でしょう?」

「いや、まぁ、それはそう、だが……」


 悪名高い? こんなにも理路整然と話す人物が?


(どういう、ことだ……?)


 いよいよ聞いていた人物像と合わなくなってきて、余計に混乱が増す。

 だが実際ジュリアーナ・アルベルティーニ公爵令嬢は一人しかいない上に、わざわざ王族から婚約破棄された人物の身代わりをやりたがるような、そんな物好きもいないだろう。

 となれば。目の前の人物は、紛うことなき本物ということになるが。


「それ以前に私は貴族令嬢ではなくなっておりますので、貴族としての義務を果たす必要もなくなっておりますし」


 もし仮に、これが全て演技だとすれば?

 俺がこの口車に乗った場合、この女にはどんな得がある?


「なので旦那様、離婚の申請に参りましょう」


 笑顔の裏に秘められた思惑を読み取れない以上、下手に乗るわけにはいかない……!

 本当に俺を言葉巧みに誘導しようとしているのだとすれば、なおさら乗ってやるわけにはいかないし。


 なにより……!


「そんな、ことッ……できるわけないだろうが!!」

「まぁ! どうしてです?」

「君との結婚と監視を条件に、俺は好きなだけ研究していい権利を手に入れたんだ!!」


 しかもこれは、王族命令。つまり逆を言えば、破ればどうなるのか分からないということ。

 魔導士の資格は剥奪されなかったとしても、二度と研究はさせてもらえないかもしれない。

 それどころか、命の保証だってないかもしれないんだ。


「俺は今の生活を手放す気はない! 家に帰ってくることもほとんどない!」

「あら、まぁ」


 目の前ののんきな元令嬢は知らないかもしれないが、いくら珍しい魔導士でも平民出身の俺は、簡単に切り捨てられる可能性がある。

 もちろん研究し放題という条件は、最高に美味いが。

 それ以上に、俺は命が惜しい。


「買い物がしたいのなら、この金を使って好きなだけすればいい!」


 金がなくて退屈なら、金さえ与えておけばいいんだろう?

 この女が妙なことを考えるような暇さえ与えなければ、ここから逃げ出そうともしないはずだ。

 俺は金に執着もないし、この程度で大人しくさせられるのなら、むしろ安いほう。


「この家も、俺の寝室と書斎以外は好きにしていい!」


 成り金の家みたいになろうが、知ったこっちゃない。

 そもそも帰ってくることが今後ほとんどなくなる以上、魔術に影響がない範囲なら問題ないだろ。


「だがその代わり、この家から出ていくことは許さない! いいか! 外出は許すが、家出は許さないからな!」

「まぁ……。分かりました」


 買い物に出るくらいなら、好きにすればいい。

 当然、監視はつけさせてもらうがな。


「俺は研究に戻る! くれぐれも問題は起こすなよ! いいか! 絶対だぞ!」

「承知いたしました」


 一見従順にも聞こえる返答を、胡散臭い笑顔で口にするその姿は、正真正銘貴族の姿だった。


 それに不快感を覚えつつ、同時に湧き上がってきた疑問も抱えながら。

 俺は魔術式の展開を悟られないよう、魔導士のローブでうまく隠しつつ。

 その場を逃げるように後にした。





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