第35話 物語はハッピーエンドで

「それでも結局、孤児院への寄付なんかは続けるのか」


 孤児院へ行って、お買い物もした帰り道。隣で少しだけ不満そうに、そう零すニコロだけど。

 これだけは、どうしても譲れない。


「一応私だって貴族として育ってきたし、今も男爵夫人なんだから。慈善事業の一つや二つ、しててもおかしくないでしょ?」


 しかも元手は、王族の隣に立つために作られたドレス類。

 そう考えたら個人的なことに使うよりも、こういう使い方のほうがずっと有意義だと思う。

 着てもらえなかったドレスたちだって、これでやっと浮かばれるよ。


「目の悪いどっかの誰かの存在がチラつくのが、俺からすればかなり不愉快なんだけどな」

「逆でしょ? 孤児院に寄付すればするほど、その存在が消えてくんじゃない」


 手元から消えていくわけだから、どっちかと言えば清算しているのに近いと思う。

 過去はなかったことにはならないし、あれがあったからこそ今があるわけだけど。それでも私にとっては、元婚約者なんて人生に必要のなかった存在だし。


「だから続けるよ? それにほら、妻のこういう活動は夫の出世にも繋がるからね!」

「ん゛っ……!」


 そう言えば、途端に真っ赤になるニコロ。

 本当に、いつになってもこの可愛さは変わらないなぁ。


「ま、まぁ、その……電気が人間の体に応用可能だと分かったのは、功績としてはかなり大きかったが」

「あとはゴムの木だねー」

「……あまり、期待はしないでくれ」

「あったらいいなー程度だから、大丈夫!」


 電気の存在を研究のテーマの一つにしてくれたおかげで、医療の方面で役に立ちそうだと知ったのはついこの間。

 というか、いきなりそこまで突っ込んだ研究するとは思わなかったけどね。いくら私ので、できることは知っていたとはいえ。


「ゴムができたら自転車も作りたいしー」

「君の頭の中には、どんな世界が広がってるんだろうな」


 眩しそうに、でもどこか楽しそうな雰囲気を纏って、こちらを見下ろしてくるニコロだけど。

 これ、また注意しなきゃダメだね。


「困ったなー。私の旦那様は、いつになっても名前を呼んでくれなくて」

「いやっ、それは……!」

「愛してくれるんでしょ?」

「う゛っ」


 腕を絡めて見上げてみれば、途端に真っ赤になった顔を背ける彼だけど。

 ねぇ、歩みを止めたら周りから見られちゃうよ? いいの?


「そっ……そういうことは、家に着いてからっ……」

「じゃあ早く帰りましょう? 旦那様」

「ぁ゛ー……ぅ゛ー……」


 壊れた機械みたいな声を発しながら唸るニコロの腕を引いて、とりあえず前へと進む。

 外だとまだ恥ずかしさが勝るみたいで、あんまりちゃんと呼んでもらえないけど。帰ったらきっと、愛してるの言葉と共に私の名前も口にしてくれるはず。


 見慣れた外観が遠くからも見えて、私は少しだけ歩みを早める。

 家に着くまで、あともう少し。




   ◇   ◇   ◇




 そうして人々の間では、ある定説が囁かれるようになるのだ。


 曰く、第一王子の元婚約者は嵌められたのではないか、と。


 そもそも第一王子が浮気ばかりしていることを知っていたのであれば、令嬢への嫌がらせも実は嫉妬ではなく、王子の浮気癖に令嬢が泣くことがないようにという慈悲だったのではないか。

 事実新しく婚約者となった令嬢は、王子の浮気癖が治らないことに大層お冠だったそうだ。自分も浮気相手の一人だったにもかかわらず。


 そして結局は、それもまた破談。それどころか、第一王子だけでなく令嬢にも浮気者のレッテルが貼られ、最後まで二人とも結婚はできなかった。

 かたや婚約破棄されたはずの令嬢は、下級貴族に嫁いだにもかかわらず、常ににこやかで。二人を目撃した人たちは口をそろえて、和やかな雰囲気だったと言っていたそうだ。

 また夫の出世と共に孤児院などへの寄付も再開し、自らの知識を伝授するなど、多大な貢献と実績を残した。



 さて、この場合どちらが幸せだったのか。そして、どちらが正しかったのか。



 誰もが口をそろえて、ただ一人の人物の名前を挙げるようになるのは。

 もう少しだけ、先のお話。




   ◇   ◇   ◇




「ご飯できたから下りといでー!」

「はーい!」


 最後の一文を書き上げて、私は上書き保存のボタンを押す。

 の物語は、一旦ここで終わり。

 きっとまだ、この先もどちらかが死ぬまで見続けることになるんだろうけど。


「物語はハッピーエンドで終わるのが一番でしょ」


 誰にも言うつもりはない。

 別の世界で生きている人物と、お互いの人生を覗き見し合ってるなんて、信じてもらえないだろうし。

 最悪、頭のおかしい子だと思われかねないからね。


「必要な知識があったら教えてね。また調べておくよ」


 誰もいないはずの空間に向かって、私は一人そう呟く。

 そうすればきっと、に届くはずだから。


 返事が返ってくるのを楽しみにしながら、私は上機嫌で階段を下りて行った。






―――ちょっとしたあとがき―――



 これにて本編完結です!

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました!(>ω<*)


 そして次回からは、ニコロ編をお送りいたします!

 そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m





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