ニコロ・ランディーノ -とある魔導士が恋に落ちるまで-
第1話 厄介払い
自宅に施している魔術式の調整を終えて、俺は自室のベッドに両腕を広げたまま倒れ込む。
質素な家具に似つかわしくないくらい、華やかな天井が目に入るが。見慣れてしまった今では、もうなにも思わない。
変えようと思えば内装なんていくらでも変えられるが、正直デザインだとか色だとかを考えるのが面倒なので、結局はこのまま使ってるだけだが。
「はぁ~」
調整程度で、魔力を消費したりなんかしない。体力的には、一切疲れていない。
それでも、ため息の一つだってつきたくなることはある。特に今みたいに、気持ちが落ちている時なんかは。
「めんどくせぇ」
正直な感想としては、それしかない。
普段は一応貴族たちと接しているのもあって、言葉遣いには気をつけているが。今はこの家に、俺一人。
「こっちはお貴族様の世話係じゃねぇんだよ」
多少の悪態だってつきたくなる。
しかも俺は平民出身なんだ。今は男爵位をもらっているとはいえ、素の性格なんてそうそう変わるわけがないだろ。
「なーにが『お前のためでもある』だ。ただの厄介払いじゃねぇか」
筆頭魔導士のジジイの言葉を思い出すと、余計に腹が立つ。
分かってる。王族命令である以上、誰も逆らえないんだってことは。俺だって、こうして悪態をつくしかできないんだから。
むしろ常に監視の仕事をしているから他に仕事はせず、いつでも動けるように研究だけを続ける契約をもぎ取ってくれた分、感謝のほうが大きい。
けど、だ。
「よりにもよって、悪名高い令嬢のお守りかよ」
しかもこの家に妻として迎え入れろって、どんな命令だ。
王族の婚約者としては不適合だからって理由で、どうして魔導士に嫁がせるのか。意味が分からん。
厄介払いなら、他にもっといい方法があっただろうが。
それともあれか? 俺が平民出身だから、多少無理を押しつけても大丈夫だろうっていう算段か?
「マジでそれかもな」
もう一度ため息をついて、俺は今日聞かされたばかりの結婚相手について考える。
世間の噂にはあまり明るくない魔導士でさえ、聞いたことのある名前。
ジュリアーナ・アルベルティーニ公爵令嬢。
第一王子の元婚約者で、性格最悪な悪女。
貴族が通う学園で、一人の女子生徒を徹底的にいじめ抜いた、張本人。
「……わがまま娘だった場合は、部屋に閉じ込めるか」
基本的に家の中なら自由にさせようとは思ってるが、手に負えないようだったら部屋の中だけで生活させよう。
本当は、誰も家の中に入れたくなかったんだけどな。
「適齢期の男の魔導士がいないってのは、事実なんだよな」
ジジイが言ってた。すぐにでも嫁がせたいが、完璧な監視ができる相手じゃなければ困るって。
その点魔導士なら問題ないってことは、まぁ分かる。独身で、結婚できる年齢の男の魔導士が俺以外にはいないってことも、まぁ分かる。
俺のすぐ下は女魔導士だし、その下は結婚適齢期まであと数年。
「クッソ。この間までだったら、もう一人いたのに」
俺の三つ年上の魔導士は、本当についこの間婚約したばかり。
魔導士はその希少性から結婚することを義務付けられているせいで、基本的に独身者ってのは存在してない。
ま、子供がいるかどうかはまた別問題だけどな。
「マジでふざけんな」
相手の性格が噂通りだった時のことを考慮して、今回ばかりは子作りに関しては免除されるらしいけど。だったら結婚させるなよと、正直思った。
だって王族の元婚約者だろ?
「噂が出た時点で、ほぼほぼ事実だろ」
本来ならそういう悪い噂ってのは、握りつぶすか出てこないようにするのが貴族だろ?
それが婚約を破棄されるまでの行為だったんだから、隠すこともできなかったんだろう。
そもそも噂が本当じゃないのなら、いくら魔導士とはいえ俺みたいな平民出身の下級貴族に嫁がせるなんて、そんな暴挙には出ないだろうし。
「さて、どうすっかな」
もう契約書にはサインしてる。
正直、権力も金も持たない無力な小娘一人家の中に閉じ込めておくだけで、仕事はしなくていい、研究に没頭できる、なんて。破格の条件ではあるからな。
どうせ拒否権なんてないんだし、それならとことん利用してやらないとだろ。
「親父とお袋には、半年くらい旅行にでも行ってもらうか」
あくまで男爵の地位をもらったのは俺だけだし、自分たちは今の生活を変えたくないからと今も同じ場所で暮らしている両親に、余計な心配はかけたくない。
第一王子の元婚約者の悪名は、平民の間にまで広がってるしな。
「猶予はもらったし、やるかぁ」
すぐに貴族の令嬢を迎え入れることはできないからって言って、ひと月近く準備期間をもらった。これだけあれば、色々なんとかなるはずだ。
とはいえ。
「寝る」
誰もいないのをいいことに、隠すことなく大あくびをして。
目が覚めたあとの自分にそういったことは全部丸投げして、俺はまず軽く睡眠をとることにした。
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