第32話 王妃様からのお呼び出し

 その日は突然やってきた。



 私が学園を去ってから半年後、特に大きな問題もなく卒業パーティーは終了したらしい。

 その時にはすでに両陛下も外遊から戻られていて、当然その卒業パーティーにもご出席されていたのだとか。

 全部プラチド殿下からの情報だけど。



 でもだから、油断してたんだ。

 全てが終わったあとだから、もう私には何も関係がないんだって。



 そう、だから……。



「久しいわね、ジュリアーナ」


 こんな時期になって王妃様からのお呼び出しがあるなんて、思ってもみなかったの……!

 よかったよ! ニコロと見に行ったドレスが間に合って!


「王妃陛下におきましても、お変わりないご様子で安心いたしました」


 なんで今私は、王妃様と向かい合ってお茶をしてるのかな!?

 この役目って本来なら、私はもうしなくていいはずなんだけど!?


「あらあら、本当にそう思う?」


 しかもなんか、言葉にちょっとトゲあるし!

 笑ってるけど笑ってないやつですよね、その笑顔!!


(まーね。仕方ないよね)


 だって表面上は何もないように見せていても、きっと内部では今ものすごーくごたついてるだろうから。

 主に、おバカな第一王子のせいで。


「陛下ご自身はお変わりないようにお見受けしたのですが……」


 それとも私程度では気づけないような、些細な変化があったのですか? と、言外に含ませて困った表情をしてみせれば。

 王妃様は小さくため息をついて、優雅な仕草で紅茶を一口含んでゆっくりと飲み干す。これは、大事な話をする前に王妃様が必ずやる仕草。

 私は長い付き合いだからこそ、今から本題に入るおつもりなのだと悟った。


「ダミアーノが、あなたとの婚約を一方的に破棄したと聞きました」


 案の定、そう切り出す王妃様。


「単刀直入に言うわ。戻ってきなさい、ジュリアーナ」


 それは取り方を間違えてしまえば、ただの命令にも聞こえる言葉。


(というか、本当に要点だけなんですね!)


 それはつまり、私にもう一度ダミアーノ殿下の婚約者になれということ。

 でも。


「王妃陛下もご存じの通り、この婚約破棄は王族命令によるものです。すでに承認もされていて、覆すことはできません」


 それはあの場にいた誰もが証言したはず。となると、下手にそれを取り下げることもできない。

 というか、できるのなら両陛下がお戻りと同時に撤回されて、私は今頃連れ戻されていたはず。

 けど、現実はそうはなっていない。


「本当に、あなたは……」


 再びため息をついた王妃様は、それを分かっているからこそ私だけを呼び出した。

 言質を取ってしまえば、そちらのものだと考えて。


(でも、一度王族命令として出したものを簡単に取り下げるようなことをすれば、軽いものだと誤認させかねない)


 王族命令が絶対なのは、それを簡単に取り下げることが本人にもできないから。

 そしてなにより今回は、完全に王族側に非があると認めないといけなくなる。


(それを分かっていても、私に戻ってくるように説得しようとしているのは、母の愛なのかもしれないけど)


 でもこればっかりは、譲れない。

 そもそもこの状況がまかり通っている時点で、王妃様だけじゃなく国王陛下も察していらっしゃるはずだから。


「ダミアーノは……見限られてしまったのね。あなたにも、臣下たちにも」


 そうでなければ、学園内での出来事として処理できたはずだと分かっていて。それでも、希望を捨てきれなかったんだろう。

 あんな王子でも、王妃様にとっては可愛い我が子だから。


(けれど、国に生きる人たちにとってはそんなこと関係ない)


 国を背負う者として、相応しいか相応しくないか。

 大切なのは、その一点のみ。


「お言葉ですが、王妃陛下。最終的な決断を下されたのは、第一王子殿下ご自身です。私たち臣下一同は、それに従ったのみ」

「えぇ、そうね。本当に……あの子は愚かだわ」


 こんなにも賢い子を手放すなんて、と王妃様が小さく呟いたけど。私はあえて、聞こえていないフリをした。

 だってそれは、全てを知っているということだから。

 私が何年も前から準備していたことまで含めて、本当に何もかもを。


「ジュリアーナ、一つだけ教えて」


 それでもまだ、最後まで諦めきれないのだろう。

 覚悟を決めるべきか、迷いと苦悩を隠しきれない表情で、王妃様は私に尋ねる。


「あなた、戻ってくるつもりはないのね?」


 きっと、答えを分かっていて聞いている。

 私の答えを、ちゃんと私自身の口から聞いて、覚悟を決めるおつもりなのだろう。

 それが、分かるから。


「ありません。もとより私はすでに婚姻し、ランディーノ男爵夫人です。たとえ離婚が成立したとしても、この国に生家が存在していない以上戻る場所もありません」

「……そう、ね」


 私がもう乙女でない可能性は、薄いと見られていると思う。

 でも、ゼロじゃない。

 例えば私が今から第一王子と結婚して、子供が生まれたとして。本当にその子が王家の血を引いているのかどうかは、誰も保証できない。

 それに加えて、アルベルティーニ公爵家が私を勘当している以上、ニコロと離婚したとしても、書類上私は国内に戻るべき家がないことになっている。

 真実がどうであれ、悪名高かった人物を養女にするのは国民の反発を考えると、どの家も消極的な判断しかできないだろう。


(そこまで考えて連れ戻されないよう、念入りに色々と仕込んできた)


 なによりこれが国の重鎮たちの総意だと、王妃様も気づいていたからこそ。大々的に私を呼び出すようなことはしなかったんだから。


(けど、私には責任がある)


 この計画の立案者として。

 とんだ愚か者だったとはいえ、形式上最も王太子に近かった第一王子を、密かに引きずりおろした人物の一人として。


「王妃陛下、ご決断を。国のため、民のため」


 私は椅子から立ち上がり、淑女としての礼をとりながら、そう口にする。

 私からの、最後のお願いを。


「……本当に。あなたと義理の親子になれなかったのは、心底残念だわ」


 悲しそうにそう零した王妃様は、けれど次の瞬間にはもう覚悟を決めた表情をしていた。


(これで、もう大丈夫)


 この国は、正しい道を歩み続けられる。

 王妃様が口にした言葉は決定的な決別だけど、誰にとっても最良の選択だったから。


 国が、私を諦めるということは。

 第一王子の立太子が永遠に立ち消えになったのと、同意義。



 そして、この瞬間。

 私はようやく本当の意味で、自由を手に入れたのだった。





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