第31話 私の秘密

「俺も知らないような、そんな知識はどこから出てきた? そもそも、どうして自由な時間もなかったはずの元公爵令嬢が、料理のやり方なんて知ってた?」


 疑いの眼差しを向けてくるニコロは、きっと今までも色々と聞きたいことを我慢してくれていたんだろう。

 あの時は勢いで流れてしまったけれど、本当は初めて私がお料理していることを知った時にはもう、聞きたかったはずだと思うから。


(こういうところ、本当に気が利くというか、優しいというか)


 誰よ。ニコロ・ランディーノ男爵は、気難しい魔導士だなんて言ったの。

 全然じゃない!

 今日のお出かけで、人付き合いが苦手なんだろうなっていうのは感じたけど。店員さんに話しかけられて、ちょっと困ってたし。

 でも、それだけ。たったそれだけなんだよ。


(魔術オタクではあるけどね)


 たぶんその辺りのことが関係してるんだと思うけど、今はそこじゃなくて。


 彼になら、話してもいいと思ったから。

 誰にも言ったことのない、私の秘密を。


「ねぇ、ニコロ。この世界には別の次元も存在しているって言ったら、信じてくれる?」

「信じるもなにも、魔導士の間ではほぼ確定的な事実として……」


 ハッとした顔をして、目を見開いたままこちらを凝視してくるニコロ。

 口にしていて、気づいたらしい。

 うん、そうだよね。私は、魔導士じゃないんだよ。


「君は、どうして……」


 あとに言葉が続かなかったのは、どうして魔導士じゃないのにとか、どうしてそれを知っているのかとか。きっと、色々言葉がありすぎたから。

 でも全部に共通してるのは、どうしてそのことを私がってこと。

 彼が聞きたいのは、その一点に集約されてると思う。


 だって、ね。


「私、小さい時からよく夢を見ていたの。この次元じゃない、別の次元にある別の世界の夢を」

「っ!?」


 荒唐無稽だと思われても、仕方がない。

 むしろそう言われるだけだと、信じてなんかもらえないと思ってきたからこそ、今まで誰にも話してこなかった。

 ここではない、別の世界の存在全てを。


「その世界にも色々な国や出来事があるみたいだけど、私が見ていたのはある一人の同じくらいの年齢の女の子の、追体験みたいなものだった」


 その子が見聞きしたものを、私も見聞きできる。

 だからお料理の仕方も知ってたし、電気の存在も知ってる。

 原理は全く分からなくても、スマホも冷蔵庫も電子レンジも、車もバスも電車も飛行機も、知ってるんだよ。


「この喋り方もね、その子を真似して覚えたの」


 そうじゃなかったらきっと、今でも私は令嬢としての話し方しか知らなかっただろうね。

 平民になるって決めてからは、より自然に喋れるようにって一人で練習もしてた。


「最近は結構、街の人たちの喋り方に感化されてる気もするけどね」


 おかげで前よりももっと、自然に喋れるようになってると思う。


「君は……その女性と、なにか関係があったりするのか?」

「分からない。世界も次元も違うから、全然分からないけど」


 けど一つだけ、確信を持って言えることがある。


「私が今この世界で生きているように、もまたあの世界で今を生きていることだけは分かるの」


 違う世界で、違う人生を歩みながら、私たちはお互いを認知していた。

 夢の中で彼女が疑問を口にすれば、私が見聞きしてみたり。私が疑問を口にすれば、彼女がネットで調べてくれたり。

 そうやってずっと、二人だけで秘密のやり取りをしてきたの。


「彼女の育った国には貧富の差はあっても、基本的に身分の差はない。魔術が存在していない代わりに科学が発展していて、なにより子供たちのほぼ全員が同じ教育を受けている」

「…………なんて国だ……」


 うん、分かる。私も初めて知った時には、衝撃だったから。

 貴族がいないことも、魔術がないことも、子供たちが全員同じ教育を受けられることも。今のこの世界に生きている私たちには、考えられないことだから。


「俺だったら、そんな世界にはいられない」

「だろうね」


 思わず苦笑しちゃった。だってニコロってば、本気で頭を抱えてるんだもん。

 確かに魔術オタクのニコロからすれば、魔術がないっていうのは一番の衝撃かもね。

 でもそれならそれで、科学とか数学とかにハマってそうだけど。


「そうか。つまり君は『共鳴者』だったのか」

「きょうめいしゃ……?」

「違う世界の誰かと『共鳴』することで、その世界とひそかに交信できる。魔術とは全く違う形態で、研究も一切進んでいないが、そういう人物が過去に実在したという文献はいくつかある」


 あれ? なんか、ニコロが饒舌だぞ?

 これは、あれかな? オタク特有の、好きな分野だとお喋りになったり早口になったりするっていうやつかな?


「だから君は、水でニオイを防ぐ方法も、料理の仕方も知ってたのか。夢という形で、現実を疑似体験していたから」

「正確に言えば、彼女の記憶として、だけどね」


 見えているのは彼女の視界の範囲だけだし、だからこそ直接見聞きしてもらわないと、私もを手に入れられなかった。

 彼女はよくスマホで色々調べてくれてたなー。あと最近では自分の部屋にパソコンがあるからって、そっちでも調べてくれてたし。


「というか、いくら文献として前例があるとはいえ、よくすぐに信じてくれたね?」

「むしろそのほうが、よっぽど納得がいくからな。そうじゃなきゃ、君がこんなにも色々と知っていることの説明がつかない」


 ですよねー。

 なんて、心の中で完全に同意していた私に。


「ただ、それ以上に」


 ニコロは今までにないほど真剣な顔をして。


「君は今まで、嘘は一つもついてこなかった」


 真っ直ぐに、そのアンバーの瞳を向けたまま。


「だから俺は、正直に話してくれた君の言葉を信じる。当然だろ」


 そんな風に、言ってくれるから。


(う、っわああぁぁ……!)


 思わず。

 うっかり。

 ときめいちゃったじゃないか。


 なにこれ! こんなに恥ずかしい思いしたの初めてなんだけど!


 でも。


(どうしよう。すごく、うれしい……)


 こんな風に真っ直ぐな言葉をくれる人が、今まであまりにも少なすぎたせいだろうか。それとも、別の理由があるのか。

 今の私にはまだ、その答えは分からないけど。


 でも、それより今は。


「ありがとう、ニコロ」


 素直に感謝の言葉を、あなたに。





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