第26話 魔導士の役目

 適度に孤児院に顔を出しつつ、朝晩はニコロと一緒にごはんを食べつつ。

 ようやく本当の意味で手に入れた自由を存分に謳歌しながら、楽しく幸せに過ごしていた日々の中で。ふと、思い出してしまった。


「……あれ? 魔導士って、確か」


 平民からも見つけてこないといけないほど、この国では魔術を扱える人が少ない。

 場所によっては、国民全員が魔術を扱える国もあるそうだけど。ここでは、そうじゃない。

 だからこそ。少しでも魔術が扱えるのだと分かった人物は、爵位が与えられ教育が施される。


 そして、それゆえに。


「結婚して子供を儲けるのって、義務じゃなかったっけ?」


 少しでも将来の魔導士の数を増やすために、国が定めた法の一つ。

 ちなみに貴族の間では、魔導士の子は同じく魔導士になりやすいと言われている。実際、何代にも渡って魔導士を輩出している名家がいくつもあるわけで。

 遺伝なのかなんなのか、今もまだ詳しいことは解明されていないらしいけど。


「でも、それってつまり……」


 このままいけば、私がニコロの子供を産むべきっていう話だよね?

 いや、いいんだけどね。普通は政略結婚って、そういうものだし。そこに抵抗感とかは、一切ないんだけど。


 問題は、私が相手でいいのかっていうことと……。


「何も言われてない時点で、こっちから切り出すべき?」


 そもそも魔術オタクで研究バカのニコロが、そんなことを考えてると思うほうがおかしいんだろうなって。

 となれば、私からちゃんとどうするのか聞いておいたほうがいい。

 魔導士の役目の一つでしょ、って。


「とはいえなー」


 私たちは、あくまで嫌がらせで結婚させられただけ。なんなら嫌がらせの対象は私だけのはずだったんだから、ニコロにとっては巻き込まれただけのもらい事故。

 となると、まず最初に私がやらなきゃいけないのは魔導士の役目うんぬんより先に。


「続ける気があるかどうか、だよね」


 この、結婚生活を。

 ニコロとしては、自由に好きなだけ研究できればそれでいいって感じだったけど。

 ただそれだけじゃ、どうにもならないことだってある。そもそも周りからの圧だって、今はよくてもその内あるだろうし。

 あ。この場合の周りっていうのは、魔導士じゃなくて役人の話ね。


(それに……)


 聞かなきゃいけないのは、それだけじゃない。

 ニコロ本人に、気になる女性がいないのかどうか。


「ほぼほぼ、ないけど」


 そうじゃなければ、私との結婚に同意なんてしなかっただろうし。

 でも選択肢なんて、きっとなかった。強制的に書類にサインさせられたはず。

 だったらやっぱり私は、そこのところをハッキリさせておかないといけない。



 と、いうことで。



「お帰りなさい、ニコロ」

「あ、あぁ。た……ただいま」


 どうにも恥ずかしそうなのは直らないけど、それでもこのやり取りは普通にできるようになった今。

 気になることは、すぐに聞いてしまえ! の精神で切り出す。


「ところで、ニコロには気になる女性とかいないの?」

「……はぁ!?」


 一拍遅れて、凄い驚いた顔をしてこちらを見てくるけど。

 いやいや、大事なことでしょう。


「私との結婚は、条件付きだったとはいえ強制的なものだったでしょ?」

「そ、れは……まぁ、そう、だが……」


 ほら、やっぱり。

 ということは、今後のためにもちゃんとハッキリさせておくべきことなんだよ。


「そもそもイヤイヤ私と結婚させられたのなら、ニコロ自身に気になる人がいてもおかしくないかなーって思って」

「だったら断ってるだろ! 普通に考えて!」

「断れなかったと思うよ?」

「それはっ……」


 嫌がらせだもん。私に対しての。


「ごめんね? 巻き込んじゃって」

「いやっ! 俺はむしろ研究が好きなだけできるようになって感謝してるっ!」


 そんなに一生懸命フォローしなくても、大丈夫だよ。

 だって私はちゃんと覚えてる。初めて会った時、ニコロ言ってたもん。「誰が見ず知らずの、しかも悪名高い令嬢なんかと結婚したいと思うんだ」って。

 私だって、そう思う。


(本当は、今の生活を続けていたいけど)


 それはニコロに好きな人がいないという、前提条件のもとでしか成り立たない。

 そうじゃないのなら、私のこの立場は譲るべきものだから。


「それでも、大事なことだよ」

「だからっ!」

「魔導士なら、分かるでしょ?」

「……ッ!!」


 皆まで言わずとも、そう問いかけられれば察することができるはず。

 だって、魔導士は結婚が義務だから。

 もちろん結婚したからって、全員に子供が生まれるわけじゃない。けど"産まない"のと"産めない"のとじゃあ、全然意味が違う。


「好きなだけ研究ができる生活を続けたいのなら、好きな人は愛人として迎え入れてもいいからね!」

「できるか! そんなこと!」

「え、なんで?」


 私と書類上の夫婦を続けながら、本当に好きな人と幸せに暮らす方法はある。

 というか貴族なんて、結構そういう人多いよ?


「そもそも俺に、他に好きな女なんていない!!」


 今後はどうなるのか分からないのに。


「でも覚えておいたほうがいいよ? そういう可能性もあるし、私は受け入れるってこと」

「受け入れるなよ!!」


 そこは元公爵令嬢だし。ある程度心得もあるし、覚悟もある。

 というか。


「第一王子の元婚約者なんで、私」

「くっ……!」


 それだけで全てを悟るのも凄いけど、こればっかりはどうしようもない。

 浮気性の男の婚約者って、そういうもんよ。


「あ。もし相手が男性でどうしようもないとかだったとしても、連れてきて大丈夫だから!」

「お、俺にそんな趣味はない!!」

「あらあら」


 今はそうでも、未来ではどうなのか分からないでしょ?

 人の好みなんて、いつどう変わるのか分からないんだから。


「とにかく! 俺は君以外の人間をこの家に入れるつもりは一切ない!」


 そう言い残して、ニコロは自室に向かったけど。

 私は、ちゃんと気づいてた。


「ふふっ。やっぱり可愛い」


 去り際の耳が、真っ赤だったことに。





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