第25話 普通が一番幸せ
ニコロの提案を手紙に書いてから、数週間で許可が下りて。
そこからは早かった。
あれよあれよという間に書類も人材も整えられて、当然のように私がニコロを連れて孤児院に向かって。
「まさかその日のうちに、何度も収穫できるとは思わなかったなー」
朝食の準備をしながら思い出しているのは、今日がドライハーブティーの出来上がりを確かめる日だから。
当日に生のハーブを使ったものは試飲してみたけど、売り物にするのならドライにしたほうが扱いやすい。
しかもその場に魔導士がいたから、一回目の収穫分は全てドライにしてもらって、どのくらい乾燥させるのが一番美味しいのかまで実験済み。
もちろん、ゆくゆくは生のハーブの取引もしたいところだけど。それはもっと評判がよくなって、孤児院からの流通が整ってから。
「美味しくできてるといいんだけど、どうかな?」
薄くスライスされた塩漬け肉をひっくり返して、こんがりと焼き目がついていることを確認する。
最近ではちょっとずつお料理の腕も上がってきていて、時間を測らなくても勘である程度はできるようになってきた。
特にこのお肉は、朝食用に毎日のように焼いてる食材だから、なおさら。
しかもニコロはカリカリに焼かれているほうが好みだって、この間知ったからね。そしたらやるでしょ!
「あとは卵~♪」
上手に焼き色がついたことに上機嫌になって、そのまま歌まで歌っちゃう。
このお料理してる時間って、考えごともできる上に楽しいから、ついつい色々作っちゃいたくなるんだよねー。
とはいえ、今日は比較的簡単にサラダとベーコンエッグとパンとスープ。なんならスープなんて、昨日の残り。
「ふっふ~ん♪」
今日の予定を頭の中で考えながら、フライパンの中に卵を落として焼き上がりを待っていた私に。
「随分と機嫌がいいな」
声をかけてきたのは、当然この家の主であるニコロ。
「あ! ニコロおはよう!」
「っ……。あぁ、おはよう」
まだ私がこの家にいることには慣れないようで、こうして時折口元を左手で覆ってそっぽを向かれちゃうけど。
でもそれを、私が気にすることはない。
(だって、ねぇ?)
耳が赤いんだもん。
慣れないのと、恥ずかしいだけって分かってるから。気にする必要なんて、何もないでしょ?
「ニコロ、今日は? お仕事?」
「君との婚姻のおかげで、強制的に仕事をさせられることはなくなった」
なるほど。
つまり我が旦那様は、研究がしたくて出勤していると。
(いいけどね。高給取りだし)
好きなことやってお給料もらえるって、最高だと思うし。
いいんだけど、ね。
「なんか、結局誰も損してないんだね。この結婚って」
上手いこと第一王子の婚約者になることに成功した、ブラスキ男爵令嬢。
嫌がらせをしてやれたと思い込んでる、第一王子とアルベルティーニ公爵家。
自由な生活を手に入れた私と、好きなだけ研究ができるニコロ。
全員が得してるって、すごくない?
「さぁ? それはどうだろうな?」
「え?」
なのに、ニコロはどこかニヒルに笑って、そんなことを口にする。
というか、顔がいいからそういう表情も様になるんだよね。ちょっとカッコイイなって思っちゃったもん。
「それよりも、もう食べていいのか?」
「あ、うん。どうぞ!」
会話しながらでも盛り付けができる。これだけでも、どれだけ私の料理スキルが上がったのかが分かると思う。
頑張ったんだよ! 失敗しながら、でも楽しみながら!
家の中のインテリアも、だいぶ私の好みに変更しちゃった。
でもニコロがいいって言ったんだし、実際変更してもなにも言われなかった。
気づかれてないだけかもしれないけど。
(この人基本的に、魔術以外に興味がないし)
目の前でニコロが、カリカリの塩漬け肉に半熟の黄身を乗せてから口に運ぶのを見届けて、私も喉を潤すためにスープを一口含む。
食べ物の好みはあるけど、別に食べられれば何でもいい。早く研究したいから、なるべく手早く食べられればそれでいい。
そういう人だから、基本的に朝は簡単なものしか作らないけど。
(一緒に食べてくれるだけ、よくなったよね)
最初の頃なんて、そもそも家に帰ってくることすらなかったんだから。それに比べれば大きな進歩だよ。
別に私としてもそれに関して、特に不満もないし。
むしろいい距離感だから、二人とも好きなことを好きなだけできてるのかもしれない。
そもそも私たちは拒否権なく、勝手に決められた結婚相手で。
特にニコロは自分に都合がいい条件を出されたとはいえ、もしも付き合ってる相手がいる状態だったらどうなってたことか。
他人に興味がなさそうだし、恋愛なんてさらに縁遠いと思われているであろう人物だから許されただけで、本当に迷惑でしかなかったよなーって改めて思う。
でもおかげで私は好きなだけお料理ができて、好きなだけ一人でお買い物ができて。
自分の好きなタイミングで孤児院に行って、時間を気にせず色々なことができて。
そして、なにより。
「じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
当たり前のように、行ってきますと行ってらっしゃいが言い合える。
きっと、こんな普通が一番幸せなんだと思う。
「っ……! ゆ、夕方までには帰るっ……」
魔導士のローブを翻しながらそう言い残して、ニコロは唐突に目の前から消えた。
魔術で出勤したんだと分かってるから、今さら慌てるようなことはないけど。
「……ふふっ」
消える直前の彼の耳は、真っ赤に染まってたから。
やっぱり女性慣れしてないんだなーなんて、ちょっと微笑ましくも嬉しくなった。
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