第24話 確かな一歩
「う~ん……」
金のくせ毛を指先に巻きつけながら、私は今後の予定を紙に書き出していく。
幸いなことに嫁いだ先が魔導士の旦那様だったおかげで、紙にもペンにもインクにも困らない。
むしろ名ばかり貴族と言われている割には、食事にもお金にも困らないのはさすがだと思う。
家の中の温度も、一定に保たれているらしいけど。そうなってくると、もはや以前よりも快適に過ごしているような気がしてくるから不思議。
「どうした? 珍しく難しい顔して」
「あ! ニコロ、お帰りなさい!」
「っ……あ、あぁ。今戻った」
恥ずかしそうに左手で口元を覆いながら、そっぽを向いてしまうニコロ。
でも、私は知ってるんだ。そういう時のニコロは顔だけじゃなく、耳まで赤いんだってことを。
だから本当に恥ずかしがってるだけなんだって分かってるから、私はなんだか微笑ましくなってしまうわけで。
(年上の男の人に微笑ましい、なんて)
きっと口にしたら、さらに顔を赤くしてしまうだろうから。ニコロ本人には言ったことがないけど。
でも少しだけ、この状況を嬉しく思う。
だって返事が返ってくるってことは、つまり私が家にいるのが当たり前だとニコロが受け入れてくれた証拠。書面上とはいえ、夫婦になった私たちの確かな一歩だから。
小さな一歩目だろうと、踏み出せただけでかなり前進してるはず。
「……それで?」
「あ、うん。今後の孤児院での予定を書き出してたの」
まだ書き出し途中の紙に箇条書きしてあるのは、金策のためのハーブ栽培だとか編み物や刺繡だとかの他にも、彼らへの教育などなど。
正直今はまだ、ハーブ栽培だけで手いっぱいだろうけど。いずれは、しっかりとした教育を受けさせてあげたいと思ってる。
「これは……誰が教える予定なんだ?」
「当然、私に決まってるでしょ? 時間ならたっぷりあるんだから!」
ふふんと胸を張ると、疑いの眼差しを向けてくるニコロ。
あれ? ちょっとというか、だいぶ失礼なこと考えてるんじゃない?
「こんなに多くのことを、君一人でできるのか?」
「あらあら、ニコロは私を誰だと思ってるの?」
元公爵令嬢で、元第一王子の婚約者。
その地位を与えられ、そしてそれを継続していくために何よりも必要だったのは、知識と教養。そのための、教育。
「誰よりも努力をして、誰よりも知識を溜めてきたの。同じ経営なら、国よりも孤児院のほうがずっと分かりやすいでしょ?」
あまり舐めないでもらいたいなぁ。これでも一時期は、本当に国を動かす立場になろうとしてたんだから。
失敗が許されない分、国を動かすほうがよっぽど重い。
「そうだな、悪かった。どっかの目の悪い王子サマのせいで、この才能が国営から外されたんだもんな」
「あら、珍しい」
私を持ち上げたことがじゃなくて、第一王子であるダミアーノ殿下を間接的にとはいえ、悪し様に言ったことが。
間違ってないから、訂正はしないけどね。家の中だし。
「でもその分、ちゃんと適性のある人物が次期国王陛下になるんだから、間違ってないでしょ?」
「……かもしれない」
その目の悪い第一王子の弟である、プラチド殿下。彼ならば、きっと今よりもっと国を豊かにしてくれる。
幼い頃から、彼の婚約者であるグローリア・オルシーニ侯爵令嬢と三人で語り合った日々を、私は忘れていないから。
(彼女はお義姉様って呼んでくれるほど、私のことを慕ってくれてたんだけどね)
私の境遇を知って、二人だけが手紙を出してくれた。二人だけが、本気で怒ってくれた。
でも同時に私の思惑にも気づいたから、手出しも口出しもしないでくれている優しい人たち。
直接会うことは、もうできないかもしれないけど。それでもあの二人のためなら、私はなんだってできる気がする。
「それで? なんで頷きながら遠い目をしてるの?」
アンバーの瞳は斜め上を向いていて、最初はなにかを思い出しているようにも見えたんだけど。
今のニコロの目は、どう考えても明後日を向いている。
「いや、ちょっと凄い人物と繋がりを持ったなと、改めて認識して途方に暮れてた」
「そんなに!?」
まぁでも、そっか。魔導士と王族が直接繋がりを持つって、そうそうないことだもんね。
なんて、納得してた私に。
「で。そんな凄い人物から、直接手渡された。君に渡してくれって」
差し出されたのは、いつもの手紙。
二人分なのは、きっとプラチド殿下が婚約者の分も一緒に持ってきてくださっているからなんだろうな。
そして、それを受け取るニコロ。
「……あ、うん。なんか、ごめんね?」
「理解してくれたなら、いい」
ちょっと疲れた顔をしてるのは、きっと同僚から色々質問攻めにあったからだろう。
というかプラチド殿下も、ニコロに直接手渡しじゃなくていいと思うんだけど……。
今度、ちゃんと手紙に書いておこう。
「それで?」
「ん?」
「いきなりこの予定を全部開始しますってわけじゃないんだろ?」
「そうだね。というか、まずはハーブ栽培が上手くいくかどうかから、かな」
ハーブの採取の時期を考えれば、逆に冬はやることがなくなる。だからその間に男女関係なく、まずは教育から。時間ができたら刺繍とか編み物とか、かな。
すぐ手に職つけられればいいんだけど、そういうものじゃないし。
なにより、知識がないせいで安く買い叩かれちゃったら意味がない。
そのためにも、まずは教育から。せめて売り買いの計算だけは、覚えてもらわなきゃ。
「魔術で増やすのはダメなのか?」
「……ッ!?」
真面目に考えてた私に、突如落とされた爆弾発言。
え!? むしろいいの!? それって大丈夫なの!?
「これって公共事業だろ? だったらそれこそ、王族の殿下に許可を取ればいい」
「やっていいの!?」
「逆になんでダメなんだ?」
本気で不思議そうなニコロに、もしかしたら結構よくある案件なのかもしれないと思い始める。
と、いうか。
そういえば公爵令嬢時代、あのバカ王子が職権乱用しまくってたと思い出す。
(それに比べれば、全然通りやすいのでは……?)
「ちょっ……! 次の手紙にそれ書くから! 詳しく教えて!」
「あ、あぁ……」
自分で言いだしたことなのに、なぜかニコロはちょっと引いてたけど。
今はそんなこと関係ない!!
むしろ知識も人材も、全部フル活用してやるんだから!!
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