第27話 お風呂にする? ご飯にする? それとも……
さて。私以外をこの家に入れるつもりが、今のところニコロにはないと分かった時点で。
「ちゃんと魔導士の妻としての役目、果たさないとね」
それは私がすべきことだと、確定したわけで。
(ただなー)
あの恥ずかしがり屋の不器用さんが、女性を誘う文句を知ってるはずがないだろうし。
そもそもそんなことに一切興味がなかったんだろうね。だから今でも初心(うぶ)なんだろうし。
(可愛いけどね。大人になっても初心な男性って)
けどこればっかりは、そうも言ってられない。
誘われないなら、私から誘うしかない。
そしてこういう時こそ、あのセリフの出番……!
「まさかこんなにも早く、例の言葉を言える日がくるなんて」
うふふと怪しく笑いながら、ちょっとした好奇心と高揚感を抑えつつ。
というか、単純にニコロの反応が楽しみすぎて!
なんて返すかな? やっぱり赤面して固まっちゃう? それとも動揺して挙動不審になっちゃう?
あー、楽しみすぎる!
「いけない、いけない」
目的はそっちじゃない。
確かに。確かにニコロの反応は、ものすごーく気になるところではあるけど。
今回の最終目的は、そっちじゃなくて。
「それ以前に、ニコロってちゃんと知ってるのかな? 色々と」
私は将来国母になるためにっていう意味で、そっち方面の教育もちゃんと受けてきてるけど。
そうじゃなくても、ちゃんと知識としては知ってる。
とはいえ初めてだから、うまくできるかどうかはちょっと不安だけど。
「でも、とりあえず」
まずはトライしてからってことで!
そうと決まれば、善は急げ。
ニコロ相手だと思うと、急がば回れはきっと悪手だからね!
「なにを一人でブツブツ言ってるんだ?」
噂をすれば何とやら。ちょうど良く着替えて現れたニコロ。
ちなみにこの人、家ではものすごくラフな格好をしてたんだって、最近知った。
グレーのシャツに黒のパンツ姿は、明らかにラフでしょ。どう考えても。
正直家でもずっと黒ずくめなんだと思ってたから、ちょっと意外だった。下は相変わらずいつも黒だけど。
「ねぇ、ニコロ」
「なんだ?」
必殺! なんのセリフか分からないけど、一度は言ってみたかったやつ!
「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」
「それとも?」
「わ・た・し?」
どうだ!!
私の予想だと、また赤面してそっぽを向かれると思ってるんだけど、果たして結果は……!
「…………は?」
あれ? なんか、予想と違う……?
「なんだそれ? どういう意味なのか、全く分からないんだが?」
「あれ~?」
そうか、そうきたか。
というかむしろ、そうなるのか。
「う~ん、そっか。通じないかー」
「貴族同士だと通じるのか?」
「どうだろう? 同じように通じないかもね」
「は?」
これはもう仕方がない。ストレートに誘うしかなさそう。
「ねぇ、ニコロ」
「なんだ?」
さっきと全く同じやり取りをしつつ、でも私もちょっとだけ気合を入れる。
だってこういうのって、女性のほうから誘うものじゃないでしょ?
でも、そうも言ってられないからね。
「子作り、する?」
「…………はぁっ!?」
あ、今度は予想通り赤面した。
まぁ、だよね。
素っ頓狂な声を上げるのも、分かる。
けど同時に、大事なことでもある。
「ニコロが魔導士で、私とこの結婚生活を続けるつもりがあって、なおかつ愛人を連れてくる予定もないなら、いずれは必要になることでしょ?」
「だからって……! どう考えても今じゃないだろ!!」
まーね。夕食前だからね。
普通は食事もお風呂も終わらせてから、ゆっくりしてるところで言うべきなんだろうけどさ。
ゆっくりするような時間って、ニコロは書斎に篭っちゃうし。
そうじゃなくても、勢いで言わないと私が無理。
「こういうことは先に話しておいたほうが、あとで色々揉めずに済むんだよ?」
「なんで揉めるんだよ!」
「跡継ぎ問題とか、家の乗っ取り問題とか、嫁姑問題とか。貴族にも色々あるんだよ」
「……最後のは、貴族も平民も関係ないだろ」
確かに。
というか、そういえば私ニコロのご両親にご挨拶してない。
たぶん最初から会わせるつもりなんてなかっただろうし、あのままだったら私もそれでいいかなって思ってたかもしれないけど。
今のこの状態を考えると、いつまでも顔合わせしないっていうのはちょっと問題かなって考え始めるよね。
「ねぇニコロ、ご両親は?」
「話が飛ぶなぁ。今は二人とも旅行中。半年以上は帰ってこない」
「なるほど」
そうやって、知らない内に息子が結婚してた状態にしたわけだ。
むしろある程度の噂とかが出回って、もう誰も口にしなくなってから帰ってくる感じかな。
なんか、変なところずる賢いね。
「そもそもランディーノ男爵ってのも、あくまで俺が魔導士としてもらっただけの地位だからな」
「うん」
「跡継ぎに関しても、魔力を持った子供が生まれてこなければそれまでだ。男爵家が一つ潰れたところで、次の魔導士が出てくればそれでいい」
ニコロの言う通り国としては、魔力を持たない子供しか生まれてこなかった家は、貴族として存続させる理由がない。
貴族出身だったならともかく、平民出身だったら簡単に爵位を返上って話になるだろう。
そうじゃないと、この国は貴族で溢れかえっちゃう。冷酷とかじゃなくて、これはもう仕方のない事情。
それに。
下手に貴族としての義務とか責任とか付き合いとかなくていい分、実際には平民出身の人にとってもそのほうが楽なのかもしれないけど。
「だからそんな心配しなくていい。最悪、無理だったと言っておけば誰も追及はしてこないさ」
「そんなもの?」
「そんなものだろ」
それなら、いいんだけどね。
先のことは分からないから、愛人に関しても今言ったところで仕方のないことだし。
「それよりも、今日は大事な話がある」
「あ、うん」
「……の前に、先に飯でもいいか?」
その瞬間、目の前の細い体からきゅるるるる~という、なんともいい音がする。
「今すぐ出すから! 座って待ってて!」
「あ、あぁ」
妻としての役目を果たすチャンスとばかりに、私は準備を終わらせていた夕食の盛り付けに取り掛かるのだった。
そういえば大事な話って、なんだろうね?
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