第17話 本性なんてそんなもの

 旦那様の表情は、まさに開いた口が塞がらないという状態。

 まぁ、そうなるでしょうね。今まで聞いていた噂とは、全くの別人に見えるはずだから。

 今きっと頭の中では、どれが正しくてどれが間違っているのかを必死に整理しようとしているんじゃない?


(私もちょっと、感情的になりすぎた気はするけど)


 とはいえあの日々を思い出すと、どうしても冷静ではいられなくなる。

 だってあのバカ王子、浮気するのはこれが初じゃないからね!?

 街にお忍びで出かけた先で、自分好みの女の子とデートしてたんだから!

 わざわざ変装してまでやることがそれって、どんだけ頭の中お花畑なのよ!


(あー、ダメだ。思い出すとまたイライラしてくる)


 人の努力を嘲笑うかのような言動ばっかりで、本当に腹が立つ。

 でもだからこそ、私も簡単に見限れた。


(私がいなくなれば、すぐにあのダメ人間はボロを出す)


 そうなれば、王位継承権は即座に剥奪されるはず。

 むしろそれを狙ったんだから、両陛下には早く決断していただかないと困る。


 私はただ自分のためだけに、婚約破棄を願ったんじゃない。

 あんなのが王になったら国がダメになると思ったから、とことんその芽を摘んで追い落とすしかないと思ったんだ。

 そのためには、私が隣にいる状況をなんとしてでも阻止しなきゃならなかった。

 だって私がそこにいたら、今までと同じようにフォローできちゃうから。


(後に引けない状況を作るのに、どれだけ苦労したことか)


 それに比べれば、私の悪い噂なんてどうとでもなる。というか、たぶんその内勝手に真実が暴かれるだろうし。

 その時には噂なんて塗り替えられるし、それまでの辛抱だと思えばいいだけ。

 誰とも会わなくなった今なら、楽勝でしょ。


「あぁ、旦那様。出世したいですか?」

「え?」


 だから今はとりあえず、目の前のことだけで十分。


「もし出世したいとお望みでしたら、第二王子派につくことをお勧めします。今後第一王子が玉座につけることは、まずもってないですから」

「あ、はい。……え?」


 どうせまた浮気するだろうし、今度は私みたいに大人しく引き下がるような女じゃない。むしろきっと、泥沼化する。

 なにより、王妃の器じゃない相手を選ぶ王子では、国が傾きかねない。


(だったら今のうちから、第二王子の婚約者を教育したほうが早いじゃない?)


 本当の姉のように慕ってくれていた、可愛らしい顔が脳裏に浮かぶ。

 あの子には可哀想だと思うけど、でもほら優秀だし。なにより本当に兄弟? って疑いたくなる程、第二王子は婚約者を大切にしてるから。

 あれなのかなぁ? やっぱり駄目な兄を持つと、弟がしっかりするのかなぁ?

 きっと反面教師としての役割もあったんだろうけど。


(こんな風に冷静に物事を見極められるようになったのは、その教育のおかげなんだけどね)


 皮肉な話だと思う。

 未来の王妃を育てるための教育の成果が、第一王子の失脚なんだから。

 国のためとはいえ、非情だよね。やったのは私だけど。


「ちょっ、ちょっと待て!」

「はい?」


 ようやく立ち直ったらしい旦那様が、今までにないほど真剣な表情でこちらを見ているけれど。

 あれ? まだなんかあったっけ?


「もしその話が本当だとすれば、ダミアーノ殿下はクズ男じゃないか!」

「ですから、そう申し上げております」

「そんなっ……!!」


 なんか、ショックを受けてるっぽいけど。

 でもね、残念ながらこれが真実なんですよ。人間の本性なんてそんなものなんです。

 というか、なにがそこまでショックなの? 関係ないのに…………。


(あぁ、そっか)


 この人も、それに巻き込まれた一人だった。

 しかももっと言えば、私とは違って全く関係ないのに勝手に結婚させられて、見ず知らずの女のお世話をさせられているわけで。


(そりゃあ、ショックだよねぇ)


 さらにそれを命令した相手が、ただのクズ男で。そのせいでこんな状況になってる、なんて。

 こんなの、怒るべきか悲しむべきかも分からないと思う。

 とはいえ魔術オタクなら、結局は受け入れてた気がするけどね。


「まずは食事にいたしませんか? せっかく旦那様のためにお作りしたのに、冷めてしまいます」

「いや、そうじゃなくて……! むしろどうして君はそんなに冷静なんだ!?」

「あら、おかしなことを。私は誰よりも、第一王子殿下のことを知っている人物ですよ?」


 今さらこの程度のことで驚いていたら、身が持たない。


「違う! 今の話が本当なら、ありもしない噂を流されて一番迷惑を被っているのは君じゃないか!」

「あら」


 どうやら旦那様は心配してくれているらしい。

 というか、だいぶ信じてくれたみたい。


(けど、どうしよう……)


 ここまで感情的になってくれる人は初めてだから、どう反応するのが正しいのかがよく分からない。

 第二王子のプラチド殿下も、その婚約者のグローリア・オルシーニ侯爵令嬢も、教育の賜物なのかここまで感情的にはならない。

 心配はね、凄くしてくれてるみたいなんだけど。二人とも手紙だってくれたし。


「噂を信じた俺が言うのも、変な話だが……」


 そして急に冷静になって、自分の言動を振り返ってしまったようで。

 なんか、頭抱えながら、しゃがみ込んじゃったんだけど?


「あああぁぁ……。なにをやってるんだ、俺は……」

「あの……。とりあえず、座りませんか?」


 なんだろう? なんか、こう……。


(頭、なでてあげたい)


 私とは正反対のサラサラストレートのブリュネットの髪が、自分の目線よりも下にあることなんてそうそうないだろうし。

 とはいえいきなり男性の頭をなでるっていうのも、あんまりよくないよね。


「…………そうする」

「っ!!」


 待って待って! 可愛い可愛い!!

 なにそれ! なにその仕草!


 恥ずかしさからか赤くなった顔を隠すために、目から下を左手で覆い隠してるけど。

 隠しきれていない頬の赤みと、それ以上に赤くなった耳が、全てを物語ってる。


 あと、ちょっと眉根が寄ってるのも可愛い。


(こんなに可愛い人だったの!?)


 誰!? 魔導士ニコロ・ランディーノは気難しいなんて言った人!

 これのどこがよ! メチャクチャ可愛いじゃない!!



 心の中で悶絶しまくりの私と、色々と衝撃が大きすぎてまだ完全には現状についていけてないらしい旦那様との、初めての二人だけの夕食は。

 なぜか二人ともただ黙々と、目の前の食事を口に運ぶだけの時間になってしまっていた。


 なぜこうなった?





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