第16話 そんなに驚くこと?

 やりたいことに向かって過ごす日々の中で、時折手紙のやり取りをしながら、ついに迎えた決行当日。

 日程は私が好きに決めていいと書かれていたから、お花や食材のことをお店の人たちと話しながら色々考えて決めたのが、今日。

 いつもは殺風景なテーブルの上には、新しく買った花瓶とお花。オレンジやイエローの明るい色味を選んだから、少しだけ華やかにお部屋の中を彩ってくれている。


「決戦の準備は整った!」


 この雰囲気でなにを言っているのかと思われそうだけど、女の戦いというのはこういうものだから。

 相手は令嬢ではないとはいえ、雰囲気作りっていうのは本当に大事。それ一つで、結果が左右されることだってある。

 こっちのペースに引き込まなければ、勝てる勝負も勝てなくなるからね。


「さて、あとは」


 あらかじめ決めていたワンプレートの夕食を、向かい合って座る位置にセットして。

 これで、完成。

 残すは旦那様の帰りを待つだけ――。


「どういうつもりだ」


 あら。思ったよりもお早いお帰りで。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 でも不機嫌なのは予想済み。

 残念ですが、ここからは私のペースで進めさせていただきます。


(まずは軽くジャブ程度に、笑顔でお出迎えから)


 そうすればきっと、さらに眉間の皺を深くして……。


「プラチド殿下を利用して、なにを企んでいる?」


 予想通り!

 やっぱり我が国で頼りになるのは、第一王子なんかじゃなく第二王子なのよね!


「利用したつもりなどございません。ご相談させていただける男性に、他に心当たりがなかっただけのことです」


 一応事実だし。しかも先に手紙を送ってきたのは向こうだよ?

 だからその時に、旦那様が帰ってこない場合はどうすればいいですか? って相談しただけ。


(表面上は、ね)


 誰に読まれても大丈夫なように、ちゃんと色々と思惑を隠しつつ書いてはいるけどね。

 けど、そこは長い付き合い。私の言いたいことをそれで正確に汲み取ってくれるところは、さすが優秀なプラチド殿下。


「夫婦できちんと話し合うべきだと殿下に直接言わせたのは、俺に運ばせた手紙が原因だろう?」

「まぁ! プラチド殿下が直接?」


 そっちだったかー。それは逃げられないわー。

 私はてっきり、旦那様宛に手紙か何かを書いてくれるものだと思ってたから。これはちょっと予想外。


「しらを切るつもりか!?」

「旦那様、落ち着いてくださいませ。まずは一緒に夕食でもいかがですか?」


 でも私がやるべきことは変わらない。

 だからそっと手でテーブルの上を指し示したんだけど……。


「な!? 君は自分で料理するのか!?」

「え? はい、しますよ?」


 あれ? そんなに驚くこと?

 あ、でもそっか。普通令嬢は料理なんてしないか。

 最近毎日のようにやってるから、そこら辺の常識が抜け落ちてきてたよ。


「あの! あの悪名高い公爵令嬢が!?」

「元、です。でももうあんな家帰りたくないので、そういう呼び方やめてもらえますか?」

「え……。え??」


 あ、混乱してる。


(まぁ、そりゃあそうかぁ)


 婚約者が優しくしている令嬢に嫉妬して、散々嫌がらせをしてきた性悪令嬢って思われてるんだもんなぁ。

 でも、なぁ。一応もう夫婦なんだし? この人にだけは、ちゃんとネタばらししといたほうがいいからね。

 もっと驚かせるかもしれないけど、でも信じてもらうには私の本心を伝えるしかない。


「旦那様? なにか、勘違いをされているようですが」

「う、うん?」

「私、王妃になりたいなんて思ったこと、人生で一度もないんですよ」

「…………うん……?」

「知ってます!? 王妃教育の大変さと厳しさ!!」


 あんなものに耐えて、嫁いだ後には男の子を産むことを強要されて、内外の要人たちと会って仕事もしなくちゃいけなくて。極めつけは、最悪命を狙われる。

 その見返りは、王妃だとか国母だとかっていう地位と名声だけって。国のために働かされる奴隷と何が違うの?


「ようやく……ようやく婚約を破棄してもらえたんです! 私はもう、あの場所には戻りません!!」


 そもそもやってられるかって話なの! みんなは知らないだろうけど、あの第一王子ってかなりの浮気性なんだからね!?

 あんなのと一生を共にするなんて、考えただけでもゾッとする。どこに隠し子がいるのか分からないとか、なにそれ怖い。


「え、っと……。つまり君は、婚約を破棄させるためにわざとあんなことをしていたのか?」

「当然です! そもそも他者を傷つけるような人間が、どうして王妃になんてなれるでしょうか? 王妃教育を受けたからこそ、それが不可能だと理解していましたよ」

「…………国一番の、策士じゃないか……」


 騙されてくれなきゃ困るんですよ! こっちは人生かかってたんだから!!

 だいたい、本当にそんなバカを初めから選んでいたのなら、それはそれで大問題じゃない?

 逆に今は、その大問題になってるんだろうけどね。


「国中が、騙されたのか……。君の、我儘に……」

「わがままぁ?」


 はぁ?

 この人なに言っちゃってんの?


「ひっ」


 一瞬聞こえてきた声も、旦那様の怯えたような表情も、全部無視して。

 私は、言いたいことを全部ぶちまける。


「あんな浮気性のっ! 好きでもない男に嫁がされてっ! 日々殺されるかもしれない恐怖におびえながらっ! 国のために身を粉にして働けとっ!?」

「う、うわき……?」

「婚約者がいるのに他の女にうつつを抜かした男を、世間ではそう呼びませんか!?」

「よっ、呼びます!!」

「しかも!! その婚約者が自分に嫁ぐために勉強している間に!!」

「え……」

「そこまで馬鹿にされて、黙って嫁ぐわけないでしょう!?」

「…………」


 世間でどう言われてるのかなんてどうでもいい。

 私はただ、もう自由になりたかった。解放されたかったの。

 あの、地獄のような場所から。





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