第18話 昨日とは違う反応
昨夜は珍しく自室で寝ることにしたらしい旦那様は、朝になってもまだ起きてこない。
とはいえこの生活に慣れ切った私が、単純に朝早く起きるようになっただけっていうのもあるけど。
「さてと」
せっかくなら朝ごはんも二人分作ろうと思って、昨日の余りも含めて色々と引っ張り出す。
買い出しは朝食後に行くから、簡単にスープとパンでもいいかなとは思ってるけど。ちょっとだけ豪華に、スープには少量のマカロニも入れておく。
ちなみに。
旦那様が自室からすでに出勤済みの可能性があることを、この時の私はすっかり失念していたけれど。
「……いい匂いがする」
まだ眠たそうに重い瞼を持ち上げながら起きてきた旦那様の、同じようにまだ眠たそうな声が聞こえたから問題なし。
「おはようございます、旦那様」
「……おはよう」
左手で口元を隠しながら、大あくび。
寝ぼけているからなのか、子供みたいに素直な受け答えは昨日までとは全く違う反応で、やっぱりちょっと可愛い。
「もう朝ごはんができますから。顔だけ洗ってきてください」
「ん……。そうする……」
やっぱり寝ぼけているんだと思う。
目をこすりながら洗面所へと消えていくうしろ姿は、頭が前のほうに落ちているせいか妙に小さく見えて。でもそれが子供っぽくて、やっぱり可愛い。
(でも相変わらず細い体)
寝る時の格好ですら真っ黒だからか、余計に細く見えてしまっている気がする。
これはなんとかして食事で改善せねば……!
そう思って気合を入れ直していた私の耳に、ドタドタと大きな足音が聞こえてくる。しかもかなり、焦った様子で――。
「おかしいだろ!」
「あら」
当然だけど、この家にいるのは私と旦那様の二人だけ。つまり足音は旦那様で間違いないわけだけど。
駆け込んできたその姿はさっきとは打って変わって、しっかりと覚醒していた。
「だからなんで料理してるんだ! 食事なら毎回用意してただろ!?」
「以前はそうでしたね」
「今は!?」
「最近では毎食、自分で調理していますから」
とはいえまだまだ初心者に毛が生えた程度。
自慢できるものでもないから、ちょっと恥ずかしくて。でもお料理できることが嬉しくて、思わず頬に手を置いちゃったけど。
あぁこれは令嬢時代の癖だなぁと、どこか冷静な自分が思う。
「はぁ!? ちょ、まさかっ……!」
でも旦那様にとっては、私の行動の意味なんて関係なかったらしい。
気にならなかったのか、それとも気づかなかっただけなのかは、分からないけど。
(ちょっとずつ、なおしていかないと)
あんまりお上品すぎると、人さらいにあう可能性も否定できないからね。
「あ、マジだ……。うそだろ、おい……」
そしてさっきから、なにやら魔術を展開している旦那様。魔法陣とは違う、何かの数字? みたいなものが並んでる。
私はよく分からないから、とりあえずそのまま黙って見てたけど。
「あああぁぁ……。なんで気づかなかったんだよ。バカか」
昨日と同じように、頭を抱えてうずくまってしまった旦那様。
これは、もしかして……。
(頭をなでる、チャンス?)
そっと手を伸ばして、そのサラサラのブリュネットの髪に触れてみたいと思うけど。
でも今はまだ、我慢。
それよりも。
「旦那様、一緒に朝食をいかがですか?」
せっかく作ったんだし、一緒に食べてくれれば嬉しい。
今まで食事の時間は、同時にマナーや所作を指摘される時間だったから。実はあんまり誰かと食事を楽しむってことを、したことがなかったんだよね。
それにほら、昨日は一人で旦那様の可愛さに悶絶してて、肝心なことを話せてなかったし。
「…………もらう」
「はいっ」
なにより、私気づいちゃったんだ。
自分が作った食事を誰かが食べてくれるのって、結構嬉しいことなんだなって。
「ちょ、だから……! 君は座って……!」
「あら。旦那様はどこにどんな食器があるのか、ご存じないのでは?」
「ぐっ……」
私が色々と買い足したから、食器の数も場所も全部変わっちゃってて、たぶんもう旦那様は把握できてない。
それが分かったらしく、黙ってしまったままおとなしく椅子に座るその姿は、なんだか叱られた子供のよう。
(本当に可愛いんだから……!)
年上の男性に思うべきことではないと分かっていても、やっぱり可愛いものは可愛い。
目の前で二人分の食事が用意されていく様子を、ただただ黙って見つめているだけのその姿は、おとなしく母親を待つ子供みたいで。
「さぁ、どうぞ!」
「あぁ。……ありがとう」
そして照れ臭そうに付け加えられた最後の一言に、私が思わずまじまじと旦那様を見ると。少しそっぽを向きながらも、隠しきれていない頬と耳の赤み。
なにより、今までではあり得なかった感謝の言葉。
裏があるんじゃないかと疑われることなく、私の行動を素直に受け入れてくれるその姿は。
(やっぱり、昨日とは違う反応)
昨日はもうちょっとトゲがあったというか、どこか信用されていないような感じだったのに。
(もしかしてこれは、結構いい感じなのでは?)
政略ですらないこの婚姻に、夫婦らしさなんてものは求めてなかったけど。せめて人として普通に接することができればとは思ってた。
ただ、噂のせいでかなり嫌われた状態からのスタートだったから、もっとゆっくり時間をかけないとダメかなと覚悟してたんだけど。
(思ってた以上に、いい人なのかも)
若干、他人を信じすぎな気がしなくもないけどね。
とはいえ貴族出身でもない、しかも魔導士の彼からしてみれば、貴族同士のあれやこれやなんて関係ないわけで。
あとはたぶん、プラチド殿下の効果もあるんだと思う。
(優秀で品行方正だって、有名な方だから)
私だけの力じゃなかったことは悔しいけど、プラチド殿下のおかげでこんなにもすんなり上手くいったと思えば、感謝しかない。
あとでお礼の手紙を書かなきゃね!
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