第13話 やっぱり嫌われてるなぁ

「そっか! 構造の問題だ!」


 寝起きの第一声がそれか、なんて。誰かがいたら言われそうだけど、あいにく今この家には私一人。

 一応肩書は男爵夫人なんだから、本当はそれもおかしな話なんだろうけど。私は別にそこは気にならないから、この問題は「ていっ」と勢いよく脇に放り投げておいて。


「えー……。家の建て替えとか、今からは無理でしょ」


 勝手な工事とかも、たぶんできない。

 許可が下りるかどうかもだけど、この家って存在自体が魔術みたいなものだから。

 勝手にキレイになる家とか、魔術以外の何物でもないでしょ。さすが魔導士の家。


「提案、してみる?」


 ほとんど家にいない人に? 排水管の構造変えませんかって?

 それ以前に、私を毛嫌いしてる旦那様が話を聞いてくれるかどうか……。


「聞いてくれないだろうなぁ」


 実際に私がどういう人物なのかは、たぶんあの人にとって一切意味のないことだろうし。

 誰かから聞いた噂だけを信じて、本当に噂通りの人間だと信じて疑わないのは、人間だから仕方がないとしても。

 個人的に思ったのは、きっと人間に興味ないんだろうなってこと。

 だってそうじゃなきゃ、魔術の研究のためにわざわざ悪名高い令嬢と結婚するなんて、できなくない?


「そもそも明言してったからなー」


 私との結婚は、好きなだけ研究するための条件だったって。

 あれを本人の目の前で言えるのって、結構凄くない?

 でも正直ちょっと、思っちゃったんだよね。気難しいっていうか、人間関係を構築するのが苦手なんだろうなって。

 そもそも他人に興味がなさそうだし、仕方ないのかもしれないけど。


「というか、次はいつ帰ってくるの?」


 別にいなくても基本的には困らないんだけど、こういう時だけはいてくれると助かる。

 もしくは連絡とかだけでも、できればいいんだけどな。


「亭主元気で留守がいい、らしいけどさ」


 自由にすごせるのは確かにいいことだけど、だったらいっそ家の管理に関しては全権を任せてくれたほうがいいのかも。

 この家の場合はあっちこっちに魔術が使われているせいで、どうやったって私には管理できないんだけどね!


「とりあえず、他も見て回ろう」


 今日はもう出かけないし、調理器具を買いに行くのはまた明日にして。

 家の中で気になったこととかをまとめておいて、次回全部解決できるようにしておくぐらいしか、今やれることはなさそうだし。


「どこになにがあるのかとか、どのくらいの収納スペースが空いてるのかとか、色々確認しておかないと」


 アルベルティーニ公爵家から送られてきていたドレスは、いつの間にか部屋の両側にあるクローゼットに収納されていたから、そこは心配してないんだけど。

 問題は、これから購入する物たちの居場所をどこにするのか。

 キッチン用品は棚や引き出しの中に空きが大量にあることを確認済みだから、買ってきた物は全部そこに入れればいいんだけど。

 一番の問題は、服。


「正直いらないドレスとか、処分しちゃいたい」


 というか、アルベルティーニ公爵家もそう思ったからこそ、全部ここに送ってきたわけで。

 捨てるのも面倒だから押しつけてしまえって、結構凄いことしてるよね。実際には結構な金額になるのに。


「んー……。あとでちょっと選別しちゃおうかな」


 どこかはたぶん、買い取ってくれるはずだから。使用済みだったとしても。

 だから残す分と売る分で、クローゼットは分けちゃおうと思ってる。


「あとこの家、思ってたよりも広い」


 正直もっと庶民的な暮らしを予想してたから、ちゃんと一つ一つの部屋が広いのは、ビックリ。

 相変わらず、旦那様の私室と書斎には入れないけど。


「むしろ二か所以外全部入れるんだ……」


 私のこと性悪女って言っておきながら、かなり自由な暮らしをさせてくれてるよね?

 いくら自分のためにもなる契約結婚だからって、至れり尽くせりすぎじゃない?

 確かにこれなら逃げないけどさ。


「でもなー。旅行とかも行ってみたいんだよなー」


 はぁ、と小さくため息を零したけど、この状況じゃたぶん無理だって分かってるから願望でしかない。

 これが国外追放とかされてれば、好き勝手に色々行けたんだけど。

 もうちょっと派手にいじめっぽいことしておくべきだった? 私間違えたかな?


「でも結構きつめに言った気がするんだけど」


 マナーの悪さとか、上位貴族への態度とか。

 ブラスキ男爵令嬢が元庶子っていうのは、本人にはどうすることもできないことだから、そこは仕方がない。

 でもだからって、ちゃんとしたマナーも守れない子を誰も注意しないなんて、許されるはずがないでしょ。

 そもそもどんな教育受けてきたんだって、家の悪評につながる可能性とか考えないのかね。

 考えないか。彼女の性格じゃあ。


「ま、私にはそのほうが都合がよかったんだけどねー」


 んーっと伸びをして、この自由な時間を堪能する。

 本当に、こんなにゆっくりできるのはどのくらいぶりだろう?

 なんて思いながら、目の前の扉を開こうとした瞬間。


「なにか企んでいるのか?」


 不機嫌そうな声が後ろから聞こえてきた。


「あら旦那様。お帰りなさいませ」


 しばらく帰ってこないって言ってたのに、思ったよりもお早いお帰りで。

 とは口に出さず、心の中だけに留めておいて。

 とりあえず体ごと振り返って、妻らしくお出迎えなんかしてみちゃったりして。


「別に帰ってくる予定はなかった。預かりものを届けにきただけだ」


 なんて、手紙っぽいものを差し出してくる旦那様だけど。


(いやいや、それならテーブルの上に置いておけばよくない?)


 この人本当に、割とマメじゃない?

 なんなの? いい人なの? お人好しなの?


「まぁ! わざわざ届けに戻ってきてくださったのですか? ありがとうございます」


 いや本当に。いい人すぎるでしょ。

 思わず完全なる本音でお礼を言っちゃったよ。


「君のためじゃないからな」


 おや……?

 なにかな、そのツンデレみたいな発言は。


「ちなみに、こちらはどなたからでしょうか?」

「開ければ分かる。じゃあな」


 相変わらず全身黒のコーデに身を包んだ旦那様は、用件は済んだとばかりに姿を消してしまった。

 ローブをひるがえすのは、そうしたほうが動きやすいからかな?


「……あ。聞きそびれちゃった」


 いきなりだったしメモもしてなかったから、すっかり忘れてた。

 というか、やっぱり嫌われてるなぁ。

 これで話を聞いてもらえるのかどうか、むしろ会話だってちゃんと成り立つのかどうか、心配になってくるよね。


「ま、それは後でいいや」


 それよりも、私のためじゃないのにわざわざすぐに家に戻ってきてまで渡さなきゃいけなかった、この手紙。

 旦那様がそういうことをしなきゃいけない相手っていうのは、結構大物の可能性が高いはず。


「あー……」


 実際手紙の裏側にある封蝋ふうろうの紋章を見れば、確かにこれは無視できない相手だと瞬時に悟る。

 でも、ね。


「私、これのお返事はどうやって出せばいいの?」


 まだ中身を読んでもいないのに、なんとなく内容が予想できてしまって。

 さてどうしようかなと、今から悩み始めてしまう。


「とりあえず、書くだけ書いて置いておけばいい?」


 誰もいなくなってしまった虚空へと、質問を投げかけるけれど。

 それに応えてくれる人は、当然誰もいなかった。





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