第4話 旦那様には嫌われているようで

「え、これ、なんの冗談?」


 今日でこの家に来てから、丸三日目。

 何をしてよくて何をしちゃダメなのかも分からないまま、とりあえずなぜか朝昼夕とテーブルの上に用意されている食事をいただいて。

 お風呂もね、なぜか夜には準備されてるの。で、入浴後はこれまたなぜか綺麗になってて。


「え、魔導士すごい」


 とか思って感動してたのも、最初だけだった。

 だって私、一応書類上は妻だよ!? なのに夫になった人の顔を一度も見たことがないって、私ここにいる意味ある!?

 結局この三日間なにしてたかって、家の中のどこに何があるかの確認と、私物の整理だけだよ?

 ちなみに入っちゃいけない所とかは、全部鍵がかかってた。たぶんあれ、旦那様の自室とか資料室とかだと思う。


「どうしよう……」


 で、こんな生活を続けていれば、よ。

 当然だけど、最終的にはやることがなくなって。


「暇すぎる……」


 現在、私のために用意されていたベッドの上で、やることもなく寝転がってるだけ。

 外に出ていいのかもよく分からないし、なんならどこにどんなお店があるのかもよく分からないし。

 こんな状況で私にできることがあるのか、なんて……。


「あるわけないでしょーが! どうすればいいのよこの状況!!」


 そもそも魔導士ってそんなに忙しいの!? 家にも帰ってこられないくらい!?

 いやいやいやいや、さすがにそれはないでしょ。

 そんな働き方させてないはずだよ? この国はそんなにブラックじゃないんだから。


「はぁ……」


 寝返りを打って、自分の無力さから出てきたため息の音に、さらに落ち込む。

 だってこれ、私が目指してた自由とはちょっと違うんだもん。もっとこう……自分の力で生きていく、みたいなさ。

 これじゃあアルベルティーニ公爵家での軟禁生活と、あんまり変わらないじゃない。


「もう、家出しちゃおうかな……」


 別に命じられたのは嫁入りだけで、夫婦生活を送れなんて一言も書かれてなかったし。

 それに今の私はランディーノ男爵家の嫁ってだけで、別にお屋敷やお庭を管理しなきゃいけないわけでもないし、お茶会やパーティーもする必要ないし。

 むしろここ、平民にしてはかなりいい家だよね、くらいの規模だしさ。


「うん、そうしよう」


 そうと決まれば善は急げ、だ。

 考えてみれば、別に結婚だけしてあとは自由に暮らせばよかったんだもんね。

 むしろなんで私、この三日間大人しくこの家の中にいたんだろう。


「ドレス……は、無理か」


 まずは換金できそうなものを、片っ端から見繕ってみる。

 とはいえなぁ、元公爵系令嬢の持ち物で換金できそうなものって、宝飾品以外はドレスとか靴とか?


「これ、買い取ってくれるかな?」


 目に留まった耳飾りは、小粒だけど明らかに最上級であろう宝石と、一点物のデザイン。第一王子の隣に立つのなら必要だろうと、あれもこれもと買い揃えられた物の内の一つ。

 ちなみにこういう物の存在を、あの家の人たちはきっとすっかり忘れてると思う。買い与えた物のリストとか、いちいち見てないだろうし。

 ただこういう物ばっかりで、逆に買い取ってもらえるのかどうか不安でしかない。


「……無難に、リボンとかにしておこうかな」


 一回しか使ってないどころか、一回も使ってないようなリボンが山ほどあるから。

 その中から割と普段使いできそうな色味と材質を選んで、そっとハンカチで包んでからポケットの中に入れた。


「服と鞄と靴と……あとなにが必要かな?」


 お金に関してはちゃんと学んできてるし、無知な令嬢とかじゃないからある程度はやっていけると思うけど。

 問題は、自分の持ち物にどれだけの価値があるのかを、私自身がまったく把握できていないところなんだよね。


「あ、一応書置き残さないと」


 帰ってきて私がいなくなってたら、困らせちゃうかもしれないし。

 ……困るかどうかは、正直本人にまだ会ってもいないから分からないけどね。


「そっか、宿も探さないと――」

「どこへ行くつもりだ?」

「!?」


 部屋からダイニングへと入ったとたん、知らない男の人の声で話しかけられる。

 驚いて声の主を見てみれば、そこに立っていたのは少しやせ型の、魔導士の黒いローブを着た男性。

 フードは被っていないけれど、黒地に銀の刺繍が入っているローブと、その下も黒い服装のせいで、全身黒ずくめ。

 私とは正反対のサラサラストレートのブリュネットの髪の男性は、まるで宝石の琥珀のような色をしたアンバーの瞳をきつく細めて、私を睨むように見ていた。


「え、っと……」

「不本意だが、君と夫婦となりこの家から逃がすなと言われている。不本意だが」


(この人、不本意って二回言った!!)


 いやまぁ、そりゃあ私と無理やり結婚させられるなんて、不本意でしょうけれども。

 というか、私だって不本意だ。


(……いやいや、そうじゃなくて!)


 この人今、私と夫婦となりって言ってたよね!?

 つまりこの人が……私の旦那様!?


「……何か言ったらどうなんだ?」

「え、っと……おかえりなさいませ?」

「……は?」


 不機嫌そうな表情の中、器用に疑問符を頭の上に浮かべるという芸当をしてみせる旦那様。


(そっか、この人が)


 ニコロ・ランディーノ男爵。

 平民出身の魔導士で、気難しい性格だと言われている、私の旦那様。

 確か年齢は二十一で、私とは三歳差。


(というか……)


 この人、わりと顔面偏差値高いと思うの。

 それなのに私と結婚させられちゃったの? 気の毒すぎる。

 性格は分からないから置いとくとしても、その顔だったら確実にモテモテだろうに。


「あ」

「……なんだ」


 そこまで考えて、そもそも最初の挨拶が抜けてたことにようやく気づいた私は。


「はじめまして、旦那様」


 そう告げて、つい癖でカーテシーをしてしまったのだけれど。


「…………はぁ!?」


 今度こそ完全に、不機嫌から困惑の表情へと変化させた旦那様は、最初からから私に対してのあたりが強い。

 ということは、つまり。


(旦那様には嫌われているようで)


 さてこの先どうしようかなと、私は頭を悩ませ始めるのだった。





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