第3話 予定外の嫁入り
「……で、なんでこうなるかなぁ?」
私は今、一軒の家の前にいた。
正式に処罰が下されたというので渡された書状を読んでみれば、そこに書かれていたのは予想外の内容で。
家に利益をもたらせないことが確定した娘とは、顔も合わせたくもないんだろうね。食事は元から別々だったけど、ついに呼び出されて直接お説教される、なんてこともなくなった。
正直に言ってしまえば、今より少しは自由になるかな~、あわよくば実家から勘当されたりしないかな~なんて思ってたのは事実なんだけどさ。
そういう意味では、別に愛情を欠片もくれない親と顔を合わせなくてよくなったことは、むしろありがたいこと。
「第一王子ダミアーノ・フォン・アヴァンティ殿下との婚約を正式に破棄し、アルベルティーニ公爵家を追放の上……」
だからそこまでは狙い通り、だったんだけど……。
「…………魔導士ニコロ・ランディーノ男爵への、嫁入りを命ずる!?」
ちょっ、待ってよ! なにを勝手に私の嫁入り先なんて決めちゃってんの!?
(いや、でも……)
私のしていた嫌がらせなんて、そんなの大きな罪に問えるほどのものじゃない。
しかもちゃんと調べてしまえば、池に突き落としたり教科書を破り捨てたりなんてしてないと、すぐに分かってしまう。
となると、だ。
家の権力を確固たるものにしたいだけのアルベルティーニ公爵家からすれば、王子に嫁げなくなった私はすでに用済み。むしろいらないお荷物になり果てた。
そして第一王子からすれば、愛しの恋人に散々悪意ある嫌がらせをしていたと思い込んでいる相手。全てが真実ではなくても、嫌味を言って恋人を傷つけた人間に変わりはない。
つまり、だ。
「あー……」
もはや使用人すらほとんど寄りつかなくなった部屋で、私は一人渡された書状から何があったのかを全て理解して、そのまま微妙な表情になってしまった。
「ただの嫌がらせじゃん、これ」
しかもアルベルティーニ公爵と第一王子が結託して、相手の魔導士も断れないような状況にして。
私にとってもだけど、相手からしたらもっと予想外の嫁入りでしょ、これじゃあ。
「この人、かわいそうに」
世間では第一王子のばら撒いた噂話のせいで、私は悪名高い令嬢ってことになってるらしいし。
そんな女に嫁がれなきゃいけない人物があまりにも憐れで、ちょっと同情しちゃう。
「……ん? 魔導士ニコロ・ランディーノ?」
もう一度書状を読み返して、そんなかわいそうな人物の名前にたどり着いた瞬間。ふとその名前に、引っ掛かりを覚えた。
なーんか聞いたことあるような気がするんだよなーと、頭の中にある会話の記憶を辿っていって……。
「……あ。気難しい下級貴族の魔導士」
そういえば、未来の王妃としての教育を受けるためにお城に行った時、誰かがそんなような話をしていた気がする。
平民出身の、優秀だけど気難しい魔導士がいるって。
「えー……。なおさら、かわいそうじゃん」
魔導士は貴重だから、出身関係なく貴族籍を必ず授けるのがこの国の決まりではあるけど。
最初から貴族だったならともかく、平民として生きてきてその価値観のまま大人になっているのなら、あまりにも不憫すぎる。
政略結婚なんて、貴族として生きてきた人間だけがすればいいことなのに。
「これ、完全に巻き込んじゃったっぽいなぁ……」
両陛下や国の在り方とは違って、平民を見下しているアルベルティーニ公爵家や第一王子からすれば、そんな身分の低い人間との結婚なんて絶対に幸せになれないとでも思ってるんだろう。
で、白羽の矢が立ったのがこのニコロ・ランディーノってことでしょ?
「私への嫌がらせのつもりなら、他人を巻き込まないで欲しかったんだけど」
というか、この家から追放してくれるだけで十分だったんだけど。
なんでこうなるかなぁ、ホントに。
「ま、最悪どうしてもダメだったら、離婚するなり家庭内別居するなり、好きにしてもらえばいっか」
私は自由に過ごさせてもらえるのなら、別に他はどうでもいいし。
変な話だけど、居候させてもらうくらいの気持ちでいればいっか。
なんて軽く考えながら、最低限の荷物だけを入れたトランクを持って、教えられた住所までやってきた。
徒歩で。
(そりゃあね、アルベルティーニ公爵家とは無関係になった小娘のために、馬車すら用意したくないのは分かるけど)
私が本当に普通の令嬢だったら、ここまでたどり着けてないぞ?
むしろ地図の読み方とかも分からないだろうから、どっかで野垂れ死んでた可能性が高いんだよなぁ。
私は違うけど。
服や靴だってこの日のためにって、お忍び用って言って用意してたからね。
「さて、と」
一応あの家で不要になった私の荷物のほとんどは、もうすでにランディーノ家に送られているらしいし。
なんかね、一刻も早く出て行かせたいからって、いきなり部屋の中のものほとんど持っていかれたよ。
正直、着の身着のままで出て行けって言われると思ってたから、そこは意外だった。
単純に、処理する手間を省きたかっただけかもしれないけど。
「おじゃましまーす」
拒否権は一切なかったんだろうなぁと思いながら、アルベルティーニ公爵家を出る時に渡された鍵を使って、玄関を開ける。
魔導士は忙しいからってことで、当日家にはいないって言われてるし。
ちなみに。
私たちの結婚は、お互い顔を合わせることもなく。紙一枚にサインを書いただけで成立してしまった。
学園を卒業前に強制的に退学させられてしまった私にも、国に仕える魔導士の旦那様になる人にも、当然拒否権なんて一切与えられてなかった。
だからこれは、国から強制的に結ばれただけの契約にすぎない。
でも逆にいえば、私はすでに人妻。これでもう、なにか問題があっても第一王子に嫁がなくていい。
ちょっとイレギュラーはあったけど、私の目標はおおむね達成されたと言っても過言ではない!
「あ、意外にキレイ」
気難しい分、几帳面な人なのかも。
なんて、私は家の中を見回しながらのんきに考えてたけど……。
「なんで三日も帰ってこないの!?」
まさか数日ものあいだ、一人で過ごすことになるなんて。
この時はまだ、予想すらしていなかった。
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