第2話 悪名高い令嬢、ねぇ

 あの後、色々と大変だったらしいというのは風の噂で聞いた。

 というのも、私はあの日から本当に謹慎という名の、事実上の外出停止命令を食らってしまったから。


 誰からかって?


 決まってるでしょ。出世にしか興味がない親からですよ。

 あの人たちにとっては、王族に嫁げない娘なんて無価値なんです。

 そんなの昔からよーっく知ってたから、今さらこんなことで傷ついたりはしないけどね。


「でもなー。暇なんだよなー」


 やっと自由になれると思ったのに、実際には不自由になってしまった気がする。

 もちろん今までみたいに、一日のスケジュールがキッチリと決められて休憩する暇もない、なんてことはなくなったから、それだけでも意味はあるけど。


「両陛下がお戻りになる前に、早く全部の手続き終わらせてよー」


 この国のトップは、まだこの事実を知らない。むしろ知らないままで、戻ってきたら全てが終わっていた、っていうのが私の理想。

 じゃないと、明らかにおかしいと第一王子の決定を覆される可能性が高い。むしろ高確率すぎて、疑う余地がない。

 それじゃあ、困る。非常に、困る。


「う~~……」


 ベッドの上をお行儀悪く転がりながら、これ以上自分の力では何も進められない現状への不満を、声を出すことで発散しておく。

 こうしてちょっとずつでも外に吐き出しておかないと、その内イライラしすぎて爆発しちゃいそうなんだもん。


 と。

 ゴロゴロと転がっていただけの私の手が、一度目を通しただけでベッドの上に投げ出していた手紙に触れる。


「あー……。こっちはもう、仕方ないしなぁ」


 心配をかけているのは分かってるけど、私は弁解するつもりもないし。

 兄しかいない私が、本当の妹のようにかわいがっていた子からの、私の身の潔白を証明したいという内容だったけど……。


「悪名高い令嬢、ねぇ」


 手紙に書かれている内容を要約すると、学園では私が嫉妬に駆られて立場が危うくなるかもしれないという焦りから、第一王子のお気に入りの令嬢をいじめ抜いた、ということになってるらしい。 

 いやもう、この噂広げたのって明らかに第一王子とその仲間たちでしょ。あと、ブラスキ男爵令嬢。


(正直なー、第一王子に微塵も興味がなかったからなー)


 手紙を手に取ってもう一度字面を追いながら、元も子もないことを頭の中では考える。

 だって私、権力とか全然興味なかったし。ただの親の道具だったし。

 実の親から愛情をもらうことも、かなり早くに諦めてたからね。必死になる必要も本当はなかったんだよ。

 最初はねー、頑張ってたんだけどねー。


「知ることは好きだったから、学ぶこと自体は苦じゃなかったんだけどなぁ」


 それ以外はもう、ほぼ地獄ですよ。

 睡眠時間は短いし、自由時間なんて皆無だし、なんなら食事の時もずーっと監視されてるし。

 どっちかっていうと、囚人みたいじゃない?

 そんな生活してたら、誰だって疲れるって。嫌になるって。


 だから私は、本気でその生活から逃げようと思った。


 ただ逃げるだけじゃあ、連れ戻されて終わりだから。じゃあどうすればいいのかなって、必死に考えて考えて。

 それで出した答えの結果が、今。


「んー……。最善手だと思ったんだけどなぁ」


 誤算だったのは、思った以上に破談の話が進んでいないこと。

 もっといえば、私の処遇が今もまだ決定されていないってことが問題。

 これはもうホントに、大問題。


「大勢の人がいる前で、王族命令で宣言された婚約破棄だから、こっちはもう覆らないとは思うんだけど……」


 だからこそ、学園内でも私が悪者になっているわけで。

 前々から第一王子のフォローをしなきゃいけない関係で、特に羽目を外しそうになってる男子生徒には厳しめだったから、そっちの方面から私への処罰は妥当だっていう声が大きいらしいし。

 こういう時、下手に権力を持った子供たちばっかりだと面倒だし、先生たちも大変だよねー。

 私はそれを利用させてもらったんだけど。


「両陛下が外遊から戻られるまでには、まだ結構時間があるはずだし……」


 それまでに、なんとか正式な婚約破棄の書類にサインして、ついでにこの家からも放り出してくれたらいいんだけど。


「やっぱり、すぐには難しいのかなぁ?」


 あのおバカな第一王子なら、なにがなんでも王族命令で我を通したがると思ってたんだけど、もしかしてそこを読み間違えてた?

 ある程度ちゃんとした大人たちがいるとはいえ、現状を考えると私を引きずり下ろしたほうが得する人は増えると思うんだけどねぇ。


 それに……。


 先ほどの手紙とは別に、テーブルに置きっぱなしのもう一通に目線を向ける。

 女性の選ぶ便箋とはまったく違う、格式高い雰囲気を隠す気もない手紙は、私が今回の計画を実行した理由の一つでもある人物からのもの。

 この人がいるのなら、たとえ私がいなくなっても大丈夫。

 そう思えたからこそ、第一王子のお守りをやめようって決意できた。


「きっと、大丈夫」


 未来は、今よりもっとよくなるはずだから。

 私の選択は、間違ってなかった。

 そう思える日が、必ず来る。



 そんな風に、自分に言い聞かせていた私の元に。

 ようやく私の処遇が決定した旨と、正式な婚約破棄の書類が届いたのは、半月近くも経ってからだった。





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