待ってました!婚約破棄!

朝姫 夢

第1話 待ってました!婚約破棄!

「ジュリアーナ・アルベルティーニ! お前との婚約は破棄させてもらう!」


 半年後に開催される、学園の卒業パーティーの予行練習リハーサルとして開かれていた今夜のパーティーは、本番さながらの環境で行われていた。

 ただ一点。本番とは違い、学園外の関係者を入れていないというだけで。


 きっと、それがよくなかったと言う人もいるだろう。

 事実、この国の第一王子であるダミアーノ殿下の突然の発表に、周りにいる生徒たちはおろか先生方まで顔を青くさせたり白くさせたりと、大忙しなのだから。



 では、私はといえば……。



(待ってました! 婚約破棄!)


 心の中で盛大にガッツポーズをしつつ、表面上はしっかりとすました顔をして、開いた扇を口元へと持っていく。


(やっと……! やっとこの特注の扇を使う日がきた……!!)


 華やかな刺繍とさり気ないレースの布が、より貴族令嬢っぽさを引き立ててくれている気がする。

 でもまだ喜んではいけない。

 焦らず、騒がず。あくまで静かに冷静に、そして優雅に。


「理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」


 なんなら今すぐにでもこの会場を後にしたいけど、その気持ちはグッとこらえて。

 というか、今が正念場なんだから!

 ここで目的をちゃんと達成できなかったら、今までの私の苦労が水の泡になる……!!


「フンッ。言われなければ分からないのか」

「えぇ。心当たりがありませんので」


 嘘です。めちゃくちゃあります。

 むしろこの日をどれだけ待ち望んでいたことか……!


「お前は! 私の婚約者という立場を利用して! リーヴィアを散々いじめていたそうじゃないか!」


 いや、そこはちゃんと確信を持って言ってよ。

 なんでそこ、人から聞きましたの体で言うかな。締まらないよ、第一王子。


(ま、この人見た目だけだし仕方ないか)


 ブロンドの癖毛に濃い青の瞳の王子様は、割とお勉強嫌いでサボり魔だったりするからね。

 しかもこの場所でブラスキ男爵令嬢の名前を出しちゃうなんて、ホントに何も考えてないよね。


「ダミアーノさまぁ~」


 待ってましたとばかりに駆け寄っちゃうこの子も、貴族としてだいぶアウトだと思うけど。

 ダークブロンドに青い瞳の、見た目だけなら可愛い系でゆるふわ女子。

 金髪くせ毛で緑の瞳の、ザ・令嬢といった私の容姿とは、まさに正反対。


(むしろ頭の中身も、見た目同様ゆるふわ系かも)


 なんて思いはするけど、口には出さない。

 むしろこのくらい頭がゆるくないと、婚約者がいる第一王子に手を出そうなんて思えないはずだから。

 私にとっては、大事な大事なだ。


「かわいそうに、リーヴィア。怖かっただろう?」

「怖かったですぅ~」


 さっきは語尾にハートマークでもつきそうな勢いだったけど、今度は涙で瞳をうるませながら、第一王子にしなだれかかる。

 どっちも甘ったるい声だったけど、それを貫き通すところはすごいよ!

 さすが、私が認めた人物だけのことはある。いい演技力だ。そのまま頑張ってくれ。


「お前はたびたびリーヴィアにひどい嫌がらせをしていたそうだな!」

「あら? なんのことでしょうか?」


 実際、ひどくはないかなぁ。

 ちょ~っと強めに間違ったことを注意したり、ちょ~っと強めにお説教したりはしたけど。


「しらを切るつもりか! 実際に目撃した人物も、大勢いるんだぞ!」

「まぁ。どなたでしょう?」

「教えるわけがないだろう! 次の標的にされては困るからな! この性悪女め!」


 あ、そういうことを考えられる頭はあったんだ、この第一王子。

 一応様式美として聞いてはみたけど、そりゃ当然教えないよね、うん。珍しく正しいよ。


「言葉でリーヴィアを責めるだけでは飽き足らず、罪のない女生徒を脅してまで嫌がらせをさせるような女だと、どうしてもっと早く気づけなかったのかっ……!」


 悔やんでるところ悪いんですけど、そっちは本当に心当たりがありませんねぇ。

 たぶん、どっかの誰かが勝手にやったことをなすり付けられてるんだろうけど。


(まぁこの際、それはどうでもいいか)


 普通だったら無実を証明するために奔走するんだろうけど、今の私には渡りに船でしかない。

 ありがとう、どこかの誰か。


「池に突き落としたり、教科書を破り捨てたり。悪質にもほどがあるっ!!」


 ごめん、前言撤回。

 それはダメでしょ、どこかの誰かさん。


(そこまでくるとなぁ、単なるいじめなんだよなぁ。やってることが)


 実際それが本当のことなのか、それともリーヴィア・ブラスキ男爵令嬢の自作自演なのかは分からないけど。

 とはいえこれで、私の目的が達成される可能性は高くなった。

 正直なところ、貴族だけが通うこの学園でそんな目立つようないじめをする人物なんて、そうそういないとは思うけどね。品がなさすぎるし、すぐに発覚しちゃうから。


(たしかブラスキ男爵令嬢って、元庶子しょしだったよね)


 だとすれば、そんな陰湿なことを知っててもおかしくはない。

 なにより本人の自作自演なら、なおさらグッジョブ!


(本当の被害者がいないなら、私も安心できるし)


 なんて一人で色々考えてる間にも、第一王子は色々と話していたらしい。


「よって! 私はお前との婚約を破棄し、新たにリーヴィアと婚約することをここに宣言する!!」


 あ~らら。おバカさ~ん。

 しかも宣言しちゃったよ。こんなに大勢が見ている前で。


(ま、私にとっては好都合)


「追って沙汰を出す! ジュリアーナ・アルベルティーニ! お前にはしばらくの謹慎を言い渡す!」


 その瞬間、ギャラリーたちが今まで以上にざわめき始めるけど。

 でも私にはまだ、やらなきゃいけないことがある。


「……それは、いち生徒としてのご決断ですか? 生徒会長?」

「ふざけるな! 王族命令に決まっているだろう!」


 なるほど。

 ありがとう、バカ王子。


「承知いたしました。このジュリアーナ・アルベルティーニ、臣下としてそのご命令に従いましょう」


 私が宣言すると同時に周りから聞こえてきたのは、男子生徒の喜びの声と女子生徒の悲鳴のような声。

 そして先生方からの、考え直してくれという懇願の声と視線。


(ごめんなさい。でも私、もう疲れちゃったの)


 それらに気づかないふりをして、私はそのまま会場を後にする。

 最後まで真っ直ぐ立って、強く優雅に。



 でも現実、心の中では踊り出したいくらい喜びで溢れてた。



(これで! ようやく! 自由の身!!)


 そう思った瞬間、強く右手を握りしめてた。

 私の中では、抑えきれなかった喜びのガッツポーズだっただけど。もし今私の姿を見た人からすれば、きっと悔しさに拳を握りしめているようにしか見えなかっただろう。

 幸いなことに、今はパーティーとバカ王子の事後処理のために忙しくて、廊下にも私の後ろにも誰一人いなかったけど。


 あぁ、でも。

 一つだけ、あのバカ王子を褒めてやるとしたら。


「両陛下が外遊中を選んだところ、かしらね」


 おかげで誰も暴走を止められないだろう。

 これで、私の長年の夢が叶うんだから。


「バカとハサミは使いよう、ってね」


 さぁ、明日からどう過ごそうかな!





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