第5話 夢の自由生活!

 とはいえ、まずは自己紹介から。

 これが本当に初対面だからね。大事だよね。


「ご存じかとは思いますが、ジュリアーナと申します。アルベルティーニ公爵家からは勘当を言い渡されておりますが、現在私はあなた様の妻ですので、ランディーノの姓を名乗っております」


 正確には、まだ一度も名乗ったことはないんだけど。

 とはいえほら、書類上は全部そうなってるし。間違ってはいないと思うのよ。


「え? あ、そう、か。…………ん……?」


 なぜか少し混乱しているようだけれど、まぁ別にそれはいいとして。

 一応質問への回答は、しておこうかな。


「どこへ、とのことですが」

「あ、あぁ……」

「家の中の物を好き勝手に使用するわけにもいかず、あまりの退屈に嫌気がさして、ひとまず私物をいくつか換金しようと思っておりました」


 現物を見せたほうが早いと思って、一度ポケットにしまったハンカチを取り出して開き、包んでいた中身を見せる。

 白いハンカチの上には、色とりどりの比較的地味なリボンが数本。ただ全てシルクでできているから、決して安いものではないけれど。


「ちなみに換金場所が分からないので、どなたかに道案内をしていただこうかと思っておりましたが、旦那様はご存じですか?」

「え? あぁ、まぁ、知ってるが……」

「まぁ! よかった! さっそく教えてくださいませ!」


 なーんだ。知ってるなら話は早い。

 これで場所を教えてもらって、まずはちゃんと使えるお金を手に入れる。

 大きすぎる額は、持ち歩くのが怖いし。それ以上に、庶民的なお店では使えない金額の硬貨かもしれないからね。

 そこはちゃんと考えてるのよ!


「あー……、って、違う!」

「あら?」

「俺を騙そうったって、そうはいかないぞ! この性悪女が!」

「あらあら、まぁまぁ」


 困ったなぁ。この人にも、あの嘘の噂が届いてたのかー。


(……ん? ってことは、逆に考えれば)


 もしかして、結構早く離婚できちゃうんじゃない?

 え、アリ。大アリ。むしろウェルカム。


「そうですか。では、離婚の手続きでもいたしますか?」

「……は?」


 そうと決まれば、速攻で同意をもらって書類を提出しよう、そうしよう。


「噂の性悪女との暮らしなど、望んではいらっしゃらなかったのでしょう?」

「当然だろ! 誰が見ず知らずの、しかも悪名高い令嬢なんかと結婚したいと思うんだ!」

「そうでしょう、そうでしょう。ですから双方の同意の元、早々に離婚してしまいましょう」

「…………はぁ!?」


 悪い話じゃないと思うんだよね。お互い結婚する気はなかった、この生活を続けるつもりはなかったってことで。

 そもそもこの結婚って、私への嫌がらせでしょ? だったら目の前のこの人は、ただ巻き込まれただけ。

 それならすぐにでも解放してあげるべきだと思うんだよねー。


「利益を生まない結婚は、政略結婚として破綻はたんしていますから」

「え、いや……え?」

「旦那様は、私に対する処罰に巻き込まれただけの被害者でしょう?」

「いや、まぁ、それはそう、だが……」


 ホントにね、申し訳ないなって思ってるんだよね。

 関係のない人間を巻き込むんじゃないって話なのよ! あのバカ王子!


「それ以前に私は貴族令嬢ではなくなっておりますので、貴族としての義務を果たす必要もなくなっておりますし」


 勘当されてるんだから、貴族としての暮らしを保証されなくなった代わりに、貴族としての責任も私には関係なくなった。

 そして、この機会を逃すわけにはいかないから。


 今度こそ!

 目指せ! 夢の自由生活!


(というか、可能なら両陛下が戻ってくる前に行方をくらませておきたい……!)


 今回の外遊は長いらしいけど、学園の卒業パーティーには戻ってくる予定だと聞いてたから。

 外聞とか体裁とかがあるから、戻ってきてすぐに呼び出されるなんてことはないだろうけど。色々と現実を知ったら、どんな手段に出られるか分からないからね。

 それまでに、逃げ切りたいと思ってる。


「なので旦那様、離婚の申請に参りましょう」


 このまま押し切ってしまえば、いける……!



 なんて考えてた、私の考えは。


 次の瞬間、見事に打ち砕かれた。



「そんな、ことッ……できるわけないだろうが!!」

「まぁ! どうしてです?」

「君との結婚と監視を条件に、俺は好きなだけ研究していい権利を手に入れたんだ!!」


(おや、これは……)


 もしかして雲行きが怪しいのでは?

 なんて思ったのは、一瞬だけだった。


「俺は今の生活を手放す気はない! 家に帰ってくることもほとんどない!」

「あら、まぁ」


 雲行きが怪しいどころの話じゃない。

 まさかの研究家気質。しかもたぶんこれは、魔術オタク。

 そうか、だから研究に没頭しすぎて栄養が不足して、ちょっと痩せ気味なのか。なるほどなるほど……。


(人選‼)


 悔しいけど、この人選は間違ってなかったよ!!

 確かにこれなら、この生活を手放さないでしょうね! えぇ!

 私の考えが甘かったわ!


「買い物がしたいのなら、この金を使って好きなだけすればいい!」


 机の上にドンと置かれた布袋の中で、かなりの枚数の硬貨たちがジャラジャラと音を立てる。

 どうでもいいことだけど、この人今黒い手袋はめてたよ? 本当に全身黒じゃん。顔以外に肌の出てるとこないよ?


「この家も、俺の寝室と書斎以外は好きにしていい!」


 あ、いいんだ。


「だがその代わり、この家から出ていくことは許さない! いいか! 外出は許すが、家出は許さないからな!」

「まぁ……。分かりました」


 外出の許可、出ちゃった。

 というか、好きに使っていいお金ももらっちゃった。


(あれ? これって結構破格の条件じゃない?)


 お金も住む場所もあって、でも夫は滅多に返ってこないって……。

 亭主元気で留守がいいって、まさにこのことじゃない!


「俺は研究に戻る! くれぐれも問題は起こすなよ! いいか! 絶対だぞ!」

「承知いたしました」


 私がとびっきりの笑顔で答えると、旦那様はローブをひるがえして、そのまま目の前で消えてしまった。


「……今のが、魔術?」


 なるほど。それで急に家の中に現れたわけね。


(とはいえ)


 これで本当に、自由を手に入れた。

 家を出ていきさえしなければ、好き勝手していいんでしょ?


「うふふ。じゃあまずは~」


 無造作に置かれていった布袋の口を開いて、中身を確認するところから。

 ハンカチの中のリボンは、そのあとで部屋に戻せばいいからね。





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