第23話 昨日の敵は今日の下僕?

「こ、これ……本当に、僕が着るんです……?」


 それから三日後。

 イスメトは大神官にあてがわれた広すぎる寝所にて、これまた無駄に豪華すぎる衣装を着せられていた。


「ええ、もちろん! 君は祭りの主役ですから! ささ」


 明日は年に何度か行なわれる祭りの日。

 平時ならば神に収穫の感謝を捧げる催し物が行なわれる。

 そんな『収穫祭』は今回、民衆からの熱い要望により急遽『復活祭』に変更された。


 誰の復活祭かは言うまでもない。


「しかし驚きましたねぇ! 君があの発作を克服し、オベリスクの魔獣を討伐して旧神様の依代に選ばれただなんて!」


 衣装決めを手伝っているのは、白いローブに黒い頭巾がトレードマークの優男ザキール。イスメトが定期的に発作について相談していた担当医である。

 そんなザキールの顔には明らかに『ウキウキ』と書いてあった。


「依代ってどんな感じなのです? 力が湧き上がる感じとかあるんですか? 神の術とか使えちゃいます? セト様とは普段どんな交流を――」


 歳はアッサイと同年代くらいだと思われるが、イスメトを質問攻めにするその瞳は少年のように輝いている。


 それもそのはず、彼は大河ナイル沿いに住まう〈太陽の民〉であるにも関わらず、旅人を通じて知った旧神伝説に深く興味を持ち、中央からわざわざこのウェハアトに異動してきた変わり者だった。


「ああ! 私は今、歴史的な瞬間に立ち会おうとしている……!」


 ゆえに、この熱量である。


「衣装はこれで良いとして、次は槍ですね。やはり外見的にも意味合い的にも〈神の戦士ペセジェトの槍〉が英雄の凱旋には最適でしょうか。確か今はジタ君が持っているんでしたっけ?」


 ジタの名を聞いてイスメトは視線を泳がせた。

 色々あって彼とはまだ会えていない。向こうからの来訪もない。


「あの、ザキールさん」


 そんな親友から槍を借りるのは忍びない。そしてそれ以上に、切実な理由のためにイスメトはザキールに提案する。


「あの槍じゃ、ダメでしょうか」


 イスメトは部屋の隅に立てかけられた粗末な槍――セトお手製の神器を指差す。


「ふむ、これは……随分と使い痛みが激しい槍ですね。祭りには不向きでは……?」

【悪かったな】


 セトが思念でぼやいている。

 見てくれが悪いのは使い痛みではなく、セトの乱暴な鍛冶仕事の結果だ。武器としてはむしろ、数々の戦闘を経てなお変わらぬ切れ味を誇る名器である。


 そして何より――


「これはセトが、僕に作ってくれた槍なんです」

【んなッ、オイコラ――!】

「な、なんですって!? セト様が直々に……!?」

【なに勝手にバラしてやがる!】


 セトは不服そうだったが、イスメトは何も恥じることはないと思った。


「未熟なお前には、こんな槍でも惜しい。それでも、男になりたいなら掴んで見せろと……オベリスクでセトは言いました。この槍が降ってこなかったら僕はヌシを倒せなかった。だから、僕にとってこの槍は――戦士の魂なんです」


 いくらか話は盛ったが、最後の思いは嘘じゃない。

 セトが人々に伝えた設定にもギリギリ沿っているはずだ。


「な、なんと……私はなんて馬鹿げた提案をしてしまったのでしょう! 申し訳ありませんセト様、イスメト君! その槍こそ貴方が持つに最も相応しいに違いありません!」


 ザキールはものすごい勢いで床にひれ伏し、打ち震えていた。


「そんな尊い由縁があったとはつゆ知らず、私は……私は……ッ!」


 しまいには頭を床に叩きつけ始めたため、さすがに止めた。


「ハッ……分かればよい」


 セトはその様子を若干引き気味に眺めたあと、とりあえず話を合わせることにしたようだった。


(勝手にごめん。でも本当にそう思ってて……)

【神器の力ってのは、主人の魂に呼応する。テメェのその思いが揺るがぬ限り、槍もオマエに応え続けるだろう】


 意外と静かに返されて、イスメトはほっと胸を撫で下ろした。


【だが見てくれが悪いのは確かだ。こうなりゃ、別の方法でインパクトを強めるしかねェな】


 神が提示したその『別の方法』は、いよいよ明日にまで迫った祭りの準備に奔走する神官たちを震撼させることとなる。


神輿みこしには乗られないと……!?」


 元の豊穣祭では、神殿にある神像を神輿に乗せ、神官たちが町を練り歩く。

 そして今回は、神像の代わってセトとイスメトが神輿に乗ることになっていた。


 そんな祭りの根幹部分を、セトは前日に変更すると言い出したのである。


「し、しかしセト様。祭りの形式も日取りも、いまさら変えようがありませぬ」

「変える必要はない。神輿の代わりをぶだけだからな」

「は……代わり、とは……?」


 大神官が助けを求めるように視線を送ってくる。イスメトは首を傾げるしかなかった。


 セトはイスメトと数人の神官、そして神輿を担ぐ予定だった戦士たちを砂漠に呼び集めた。


 その手に握るは〈支配の杖ウアス〉。

 その石突きを思い切り砂に叩きつけた瞬間、砂漠全体にバリバリッと赤い光が駆け巡る。


「おわわっ!? な、なんだ!?」


 直後、イスメトの足下で砂がうごめく。

 視線を落とすと、砂の中から長い管が伸びて足に絡みついた。


 魔獣か――!?


 そう身構えたのもつか


「ぶぷーぅ」


 気の抜ける声と共に、どこかで見たような珍獣が太い前足で砂をきながらノソノソと姿を現す。


 土色の短い体毛。

 うさぎのような耳。

 ししのように丸まった背中。


 その面長の顔は、どこまでが額でどこからが鼻なのか一見して分からない。そんな珍獣が、つぶらな瞳で見上げていた。

 大きさは大型の犬くらいある。


「もしかして、これ……」

【オマエの想像通りだ。塔でぶっ倒したあのバケモノだよ】


 驚きはあったが疑いはなかった。

 何より外見が、塔のヌシの本来の姿と全く同じである。しかも、珍獣の額には槍を突き立てたような跡まで残っていた。


【俺の神域が復活したことで、ヤツはこの世に転生を果たした】

「そう、なんだ……ごめんな。痛かっただろ?」


 イスメトは膝を折り、獣の頭をでてやる。

 途端、のっそりと懐へ潜り込んできた珍獣は、鼻先を伸ばしてイスメトの顔をぺとぺと触った。


「ぶべぶぶぶっ!?」


 実に熱烈な接吻だった。

 その豚のような鼻先は湿っており、なんとも言えない感触を伝える。


「ぶぷーぅ!」


 ひとしきり嗅ぎ回って満足したのか、そいつは鼻を持ち上げ鳴き声とも鼻息ともつかぬ音を出した。


(げ、元気そうで何よりです……)


 鼻水まみれにされた顔を拭いながら、イスメトは苦笑する。


【勘違いすんな。あの魔獣は死んだ。転生ってのは黄泉帰よみがえりとは違う。ソイツはヌシの魂を引き継いだ、別の個体だ】

(え? だけど、額に傷が……)

【その傷も、来世へ引き継ぐべきと考えたんだろ。二度と混沌にちぬよう、戒めとしてな】


 イスメトの脳裏に、ヌシの最期の表情がよぎる。

 安らかな目をしていた――そう思いたい。


「依代よ、神獣に名を与えよ」

「えっ、な、名前?」


 セトは急に声色を変え、仰々しく命じてきた。

 人目があるからなのだろうが、急に神っぽく語りかけるのはやめてほしい。

 ――いや、元々神なんだけど。


【コイツはオマエの下僕になりてェらしい。罪滅ぼしのつもりだろうよ】


 下僕という表現は気になるが、確かに珍獣はイスメトに懐いていた。

 セトにも何か狙いがあるようだし、ここは言われたとおりにする。


「う、うーん、じゃあ……『受け継ぐ者カルフ』っていうのは、どう?」


 珍獣は長い耳をパタパタさせた。

 喜んでいる――ような気がする。


【さて、そんじゃあ……】


 急にセトがぱんと自分の手の平に拳をたたけた。

 瞬間、神力がパリリと渇いた音を立ててほとばしる。


(ちょっ、何する気――)

「――神獣カルフ、およびその眷属に命じる! 今日この時より汝らは、我が足であり、槍であり、盾である!」


 たちまちカルフの周囲を砂塵が取り囲む。

 暗雲のように立ちこめるそれらは雷鳴をとどろかせ、赤い稲光でカルフを貫いた。


 てっきり死んでしまったのではとイスメトは焦る。

 だが、むしろ逆だった。

 カルフの体は数倍に膨れ上がり、たくましい足で地面を掻いている。その口には太く立派な二本の牙が生えそろい、体毛は剛毛となってその身を包んでいた。


 その姿はまるで――魔猪カンゼル


「神獣〈嵐より来たる者ティフォニアン〉。これが、神代の時代より〈砂漠の民〉の騎馬として活躍した、我が神獣の真の姿――そのひとつだ」


 その証拠に、額に揺らめく炎の色は闇の黒ではなく、セトの神力と同じ赤。

 勇ましくいななくその姿は、セトの神獣と呼ぶに相応しい雄々しさで人々を圧倒した。


「す、すごい……」

【あの妙ちくりんなロバよりよっぽど強くて早いぜ、コイツは】


 セトが言うロバとは恐らくラクダのことである。


「な、なんだコイツら、集まって来やがった!」


 戦士たちの動揺した声に、イスメトは周囲を見渡す。いつの間にか何十頭ものティフォニアンが砂から現れ、彼らに擦り寄っていた。

 その人懐こい仕草に、最初こそ戸惑っていた男たちも次第に表情を緩めていく。


「ティフォニアンは魂の波長が合う戦士を主と定め、付き従う。明日までにうまく飼い慣らしておくことだ」


 こうして、神と依代を一般の民に正式にお披露目する〈旧神復活祭〉の段取りがすべて整った。

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