散歩③
「かつて私は他三人とともにパーティーを組んでいました。魔法使いのシーカ、戦士のリキュア、そして魔物使いのニケです」
フィオは、頭の片隅にある彼らへの後悔を感じながら言葉を紡ぎ出す。それは自分の罪を告白しているようであり、赦しを乞うているようにも思えた。不安が高まると深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「それがあなたが入っていた勇者一行ということなの?」
ルインは変わらず興味津々な様子で、彼の方を見つめる。
「そうですね。私はそのメンバーで魔王討伐へと向かいました」
「ふうん。でその人たちとはどうやって出会ったの?」
「それぞれ仲間に入ったのは違う時期かつ違う場所ででした。……この話、本当にそんなに聞きたいですか、ルイン様」
彼は内心では話したくなかった。昔のことを一つ一つ思い返して、言葉にするという作業は苦しみを伴った。すればするほど現在の自分が反道徳的な存在で裏切り者であるという強迫観念を強めたからだった。彼はまだ悪魔になってからの短い歳月では、過去の自分を完全に洗い流すことは不可能だった。
しかし、ルインはそれを聞いて、微笑する。
「そんなに深堀りされたくないのかしら。でもそういう反応をされると余計に聞きたくなってしまうわ」
フィオは苦笑して、一息ついた後、重い口を開いて、かつての自分たちのことについて話し始めた。
「まず私が冒険者になってからについて話し始めますね。かつての仲間に出会ったのはその後の話なので」
「私は家を出た後、親と繋がりを持っていた下級貴族の、お抱えの冒険者として活動しました。それは貴族が望んだものをどこからでも手に入れてくるというある種便利屋的な仕事でした。私が冒険者として名を上げるためにはそれにしかなかったのです。勇者になるにしても、より良い仕事が与えられるためにも、その貴族からどのような評判を得られるかが最も大事でしたから」
冒険者というのは決して自由な存在ではなかった。冒険者になってから様々な人に出会った。その中には自由や勇敢といったイメージに惹かれたものも多くいた。しかしながら実際の冒険者の仕事は市民や貴族といった高位の人々の依頼や指令に縛られていた。それは社会に属するとすれば当たり前のことだった。フィオは別にそこに異様な嫌悪感を持っていたわけではなかったが、中には深い失望感を抱いていた人もいた。
「ただ私が出会った仲間三人は皆、そういった他人の目を気にして行動するのが嫌いな人達だったんですけどね」
そういえばしばらくの間自分と一緒にいた人たちは皆、自分の意志を持って主体的に行動していた存在だった。このことをフィオは言葉にしてみて、初めてそのことが自分の腹に落ちた。
「地道に仕事を続けるにつれて、私は他の貴族や市民からも依頼が来るようになりました。それによって、より大きなことに携わるようになりました。例えば、ダンジョンの探索とか危険度の高い魔物の討伐とか。私が仲間たちに出会ったのはそうやって功績を上げるようになってから、色々な人たちとパーティーを組む中ででした。シーカは冒険者が集まる街の酒場で、リキュアは都市国家の路地で、そしてニケは人里離れた森の中で、私は出会ったんです」
彼は話しながら、それぞれと出会った時の光景を思い返した。
「私は最初から勇者として認められることを目指していたわけじゃなかったんです。優秀で信頼できる仲間を集めて、よりよい成果を出すことが目的だった。最終的に仲間にした三人は皆能力的には素晴らしいものをもっていた。色々な人に認められる中で勢いに乗った私たちは、グランデリアの国王に呼び出されて、勇者となったわけです」
「そういえばお仲間はどんな人たちだったの?」
「まず一人目は……」
魔法使いのシーカは聖公会という貴族や王族に仕える魔法使いを育てる学校出身だった。彼女は社会階層的な意味で言えばとてつもないエリート養成所に通っていたわけである。しかしながら彼女は定められたルートではなくて、冒険者としての生活を選んだ。
戦士のリキュアは元々傭兵で、各地を渡り歩いて戦争に従事して暮らしていた。彼は他の傭兵や市民たちから”バーサーカー”と呼ばれ、畏怖されていた。というのもどれだけ不利な状況でも彼は果敢に立ち向かい、必ず生きて帰ってきたからである。百対一でリキュアが勝利したという伝説もある。
魔物使いのニケは世俗から離れて、自然と戯れて暮らしていた女性だった。魔物使い自体が疎んじられる人たちであり、彼女自身も近くの村や町の住人からは魔女扱いされていた。ただ彼女の能力は非常に高く、獣型の魔物からグリフォン、コカトリス、ドラゴンまでもを操ることができた。
彼らは皆実力があるにも関わらず一般的な市民からは脱落した者だったのが特徴だった。フィオはそういう仲間とともに魔王討伐へと向かったのだった。
「そんな人間社会の落伍者を集めて勇者一行を作ったのね」
「当時本気で魔王討伐を目指したゆえに出てきたものですよ。まともな人間はこんな決死行に取り組んでいいはずがありませんからね」
フィオは皮肉な思いに駆られた。社会が必要としている人間であれば、魔王討伐なんかに行かせるはずがなかったのだ。確かに政治的気高さの象徴として勇者という制度が機能しているのかもしれない。しかしながらフィオが関わった当時はそれよりも儀式の生贄としての側面もあったのである。
「でもフィオは社会の落ちこぼれではないでしょう。裕福な商人の末裔じゃない。ならどうしてあなたの両親が勇者になることを許したのかしら」
「それは親が私に関心がなかったからですよ。上二人の兄弟に付きっきりで、僕には特に愛情を注いでくれなかった。しかも自分の子供が勇者に選ばれたことで得られる親族の政治的な名誉は甚だしかった。僕はそれを得るための犠牲になったということです」
彼は腹の空気を全部出しきるような大きいため息をつく。これは単なる仮説だった。本当はどうして自分が勇者として選ばれることが許されたのか、そんなこと自分にも解らなかった。
「人間の家族の事情はよく分からないけど、そんなこともあるのね」
重たい空気が流れる。フィオは否定的な感情が全身から滲みだしていて、暗い気持ちに飲み込まれていた。ルインもさっきまで興味ありげに聞いていて割に、今は彼の態度を察してなのか、反応が芳しくない。彼は彼女の問いかけに真正面から向き合ったことに後悔する。それならば適当に誤魔化しておけばよかった。彼は俯き、何もない地面をただ見つめた。
「ああ、もうこんな日が傾いてきてるわ。そろそろ夕食もあるし帰りましょうか。」
そう言ってルインは手で翳しを作りながら太陽の方を向いた。釣られてフィオもそちらの方を向く。茜色の光が世界全体に降り注いでいた。
それから彼女は立ち上がり、独りでに魔王城へと向かっていく。フィオは急いで彼女の下へと近づく。
ルインは彼の方を振り返って、微笑を湛えた表情でこう言った。
「いつかフィオのかつての仲間にも会ってみたいことだわ。まあそんなことは起こるはずのないことかもしれないけれど」
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