夢を見た。人間だった頃の、昔の夢だった。


 薄暗い森の中、フィオが公には死んだとされているあの森の中にいた。風で木々がざわめき、不穏な音を立てている。彼は気づけばそこに立っており、目先には三人の男女が集まっていた。魔法使いのシーカ、戦士のリキュア、魔物使いのニケ。彼らは勇者一行のメンバーだ。つまりフィオの仲間である者たちだった。


 フィオは三人の方へ走って近づいていく。皆、彼に背を向けているので、どういう表情をしているのかはわからない。「ごめん、待った?」息を切らしたフィオが訊ねると「ううん」と声が返ってくる。一番手前にいた女の子、シーカが彼に振り返った。後ろで手を組み、柔らかい笑顔をこちらに向ける。


 「でもちょっと心配したよ。もうあそこから帰ってこないと思った。ね、ニケ」


すると次は長い赤髪が特徴的な女性がフィオの方を向いた。女性と言っても、見た目は彼と年齢差を感じさせない若々しい少女なのだが。特徴的な長い赤髪が翻る。表情は固く、真面目な雰囲気が漂っている。


「まあ、そうだね。でもフィオなら帰ってこれると思っていたけど」


 心配はほどほどに先を進もうと言いたげであるようだった。


 「……いけるか?」


 全身に鎧をまとった大男であるリキュアが小声でそう言った。寡黙だが信頼できる奴だ、フィオはこの戦士のことをそう思っている。「いけるよ」フィオはそう返す。


 風は鳴り止まない。


 「ところでさ、」シーカは訊ねる。「フィオの頭から生えている黒い角みたいなのって、一体何?」


 えっ、と声を上げて、焦って指先でそれに触れる。先が尖っていて、硬い触感があった。何なんだこれ、何であるんだ。そう狼狽して見せた。相手はそういう反応をすれば大抵自分に予想だにしない出来事が起きたのだと解釈してくれる。そういう意図が裏にあった。しかし。


 「フィオ……残念だよ」


 シーカが呟く。目の前の笑顔が一瞬にして泣き出しそうな、失望の表情へと変わる。フィオが頭の中が真っ白になる。ほか二人の顔を見ると、彼らの眼差しには怒りと悲しみが入り混じった感情がこもっている。どうやら全て見透かされているらしい。フィオには逃げ場などなかった。


 「どうして悪魔の魂を売っちゃったの?人間の勇者として責務を果たすんじゃなかったの?私達一致団結して頑張ろうって言ったよね。それをどうして安々と捨て去ることができるの?」


 目前にいる仲間に気圧されて、一歩一歩後ずさる。しかし彼らは迫ってくる。やめてくれ。それ以上は言わないでくれ。声に出ない叫びを上げる。耳を塞いでうずくまる。あの時この選択をしたのはどうしようもなかったんだ。しょうがなかったんだ!

 夢なら覚めてくれ!


 勢いよく布団から半身を起き上がらせた。周りを見ると、ここが魔王城内部にある従者用の部屋だということがわかる。体中から汗が吹き出していて、空気に触れて冷たい感覚が覆っていた。


 フィオは思わず手のひらを見つめた。そして握ったり開いたりを繰り返す。ここは現実なのかどうかその確証が持てなかった。だが時間が経つにつれて次第に、自分がこの世界で生きているという実感が戻ってきた。さっきの光景は夢だった。罪悪感が具現化して現れた悪夢だったのだ。


 まだ彼の脳裏には夢の内容が漂っている。いつまで自分はかつての仲間に対する複雑な感情を抱えて生きることになるのだろう。悪魔は平気で数千年生きるものもいる。それならば次第に彼らに対する気持ちは薄れていくのだろうか。それは考えていてもしょうがなかいことだった。今この状況でこの問題はどうすることもできない。恐らくもう出会うこともないのだろう。彼はもう人ではないのだ。


 フィオは眠れそうになかった。なのでベッドの縁に座ってぼんやりと窓から見える月を見つめることにした。

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