説明②

 ルインによると、そもそも人間を侵略するという計画が出てきたのは悪魔が支配する領域が人間のせいで縮小していることが発端だった。魔王討伐のために勇者を何度も繰り返し派遣したことにより、悪魔を打ち倒し、次第に人間の領域が拡大していったのだ。無駄と思われていた積み重ねが悪魔の支配領域を確実に蝕んでいた。それはもちろんフィオたちの活躍も含まれている。彼女によると勇者が魔王城付近まで来たのはほとんど前例のないことだったようだった。


 こういった現状に対して悪魔たちは危機感を覚え始めた。いつか人間に魔王城が攻め落とされてしまうのではないかと思う者もいた。


 そこで魔王は手下の悪魔の嘆願を聞き入れて、人間から領域を奪還する計画を行うことを決めた。また悪魔の支配を安定させるために、逆に人間側への攻勢をかけることにしたのだ。そこには純粋な野心だけではなく、悪魔の、魔王に対する忠誠心を取りつける目論見もあったことだろう。


 ともかくこの人間への侵略計画は悪魔全体に関わる重要事項として通達された。そしてその侵略の内容と指揮を行うことになったのが一級の悪魔たちである。


 悪魔には階級が五段階あり、下から五級、四級、三級、二級、一級と分類されている。ちなみにフィオは五級で、悪魔になりたての者は皆そこから始まる。階級の役割としてはそれぞれ使える権力や能力が異なっている。例えばルインが使用した空間転移の魔法は第三級以降の悪魔が使える魔法である。


 また第一級はいわば魔王を除く悪魔の最高位に位置しており、下位の悪魔を統括する力を持っている。彼ら/彼女らは魔王によって命じられた任務の具体的な中身を決める役割も担っており、そのため権力が非常に集中していると言える。そのため、統率をとる者として一級の悪魔は侵略計画に関わらなければならなかった。そしてルインは一級の悪魔であり、計画に参加せざるを得ないのだった。


 「ということで、私たちは魔王様の計画に加わらなければならないの。平穏な暮らしを求めていたのにこんなことってあるのかしら。最も、幸運なのは私がその内容を決める権利があるということだけどね。」


 するとティオネが口を突っ込む。


 「どうせルイン様の主張も通らないと思いますよ。一級も平等主義を貫いているわけではありませんから」


 「それもそうね。私の意見なんてどうせ無視されるに決まっているわ」


 ルインは大きくため息をついた。ただ彼女の愚痴には自嘲的なニュアンスがあった。


 フィオは咄嗟に浮かんだ疑問をルインにぶつける。


 「あの、ルイン様は他の僕はいないのでしょうか。これまでずっとティオネ様だけだったということでしょうか」


 そこでティオネが代わりに彼の問いに答えた。


 「ううん。もう一人いるよ。ここにいる三人よりずっと悪魔らしい悪魔がね。彼はルイン様のボディーガードだったり練習相手だったりをしてもらってるんだけど、最近はそういう機会が少なくて。私とかこれからフィオがやるような雑務をするのに彼が向いていないということもあって、あまり一緒に行動するってことはないんだよね。まあ彼はフィオにも私から合わせてあげるよ」


 「ということは僕を入れて三人ということでしょうか。一級なのだから大量に使いがいるわけではないのですね」


 この問いにはルインが直々に答えた。


 「私は従者を少数精鋭にしたいの。だってそもそも私は何度も戦争するタイプではないから、そこまで雇う必要がないのよ。ただでさえやることがないのに、無駄に多いとコストがかかってしまうでしょう。それに従者が多ければ多いほど、それぞれにぞんざいな扱いをしてしまうことになる。でも私はいくら下位とはいえ他の悪魔みたいに僕を軽々しく扱いたくないの。恨まれたくないしね」


 「そうなんですね、お答えいただいてありがとうございます、ルイン様、ティオネ様」とフィオは返した。ティオネが「私のことは様つけなくていいよ」と言った。


 「説明が長くなってしまったわ。……ああそうだ。これからフィオが具体的に何をするか言っていなかった。今のところ侵略計画の内実はまだはっきりしていなくて、何をどうするかについては決まっていないの。だからしばらくの間、ティオネから仕事を教えてもらってほしい」


 ルインはティオネに向かって目配せをする。赤髪の彼女は「私に任せてください。一から十まで私がみっちり教えますので」と言って当たり障りのない笑顔を浮かべた。ルインはそれを見て、満足そうな表情を浮かべて椅子から立ち上がった。


 「じゃあ後はよろしくね」


 そう言って彼女はフィオの目線の先にあるドアから奥の部屋に入っていった。この空間の中には二人だけが残された。


 「じゃあこれから魔王城のツアーをしよう。ついてきて」


 フィオはティオネの後をついて、廊下に出た。


 彼はこれから自分の新しい生活が始まるのだと思った。そしてそれに薄っすらとした希望を覚えた。これまでの自分を捨てて生きていけることに期待したのだった。

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