説明①

 ルインは指を鳴らした。すると彼女の横の空間が大きく歪み、まるで口をあんぐりと開くようにして裂け目が現れた。中は見通せない。それは絵具が入り混じっているような色をしていた。


 「これは空間転移の魔法。魔王城は特殊な場所で、実際の物理的空間が改変されているの。それで移動が物凄く大変な時もあるのだけど、ある程度の階位にある悪魔は空間と空間を結びつける魔法が使用できるのよ。入って。私たちの部屋に接続されているから」


 フィオは初めての経験に怖気づいてしまう。しかしじっと彼のことを見つめるルインの視線を感じて、ゆっくりと一歩を踏み出す。彼は気持ちの昂ぶりを感じながら、足の先端から次第に歪みに飲み込まれていく。


                  ◇


 「あれ、あなたが新人?」


 牢屋とは違った空間でフィオは声をかけられた。瞑っていた目を開けると、別の悪魔が眉を上げてこちらを見ていた。外見は彼と同年代ぐらいの女性で、血に濡れたような深い赤色の髪が最初に目に入った。彼女の顔つきは朗らかで、明るい性格であるように推測できた。ただし角は焼け焦げたように黒く、先端が丸みを帯びていた。彼女は手には箒を握っていて、掃除の途中であることが伺えた。


 「え、あ、はい。そうです」と彼が応えると、彼女は「ふーん、ルイン様が言っていたのはこの子だったんだ」と言った。


 「そうよ、ティオネ。私の新しいしもべなの」


 突然聞こえてきた声の方を向くと、ルインがフィオの横に立っていた。どうやら赤髪の悪魔は名前をティオネと言うらしい。


 三人のいた部屋は豪華絢爛とした家具や装飾のしてある一室だった。床は赤い絨毯で覆われており、所々にきらびやかな縁取りのなされた家具が置かれている。また壁には知らない風景画や歴史画がかけられていた。そして部屋からはバルコニーが張り出していて、茫漠とした空と森の奥にある地平線を眺めることができた。部屋の中にはそこから陽光が降り注いでいた。


 ルインは一息ついて、部屋にあった椅子の一つにぐったりともたれて座った。彼女は取っ手に腕を乗せて指先を交差させた。


 「改めまして。そこの茶髪の彼は私の新しい従者なの。彼の名前はフィオ。元々勇者で、死にそうだったところを私が拾ってあげたのよ」


 フィオはそれを聞いて背筋を伸ばす。


 赤髪の悪魔は「へえ、もともと勇者だったんだ」と意外そうに言った。そこに敵意はなく、純粋に驚いているように見えた。


「フィオです。よろしくお願いします」


 彼は恭しくお辞儀をした。するとティオネが彼の方を向いて、自己紹介をする。


 「私はティオネ。階位は三級で、長い間ルイン様に仕えているの。基本的に雑用なら何でもできるよ。たぶんフィオに仕事を教えるのは私になるかな。これからよろしくね」


 ティオネは右手を胸に当てて、にこやかな表情をつくる。フィオは彼女に対して好感を抱いた。近くに住む異性の友達のような親しみを感じたのだ。なんとなく彼女とならこれからやっていけそうな気がした。


 彼はもう一度よろしくお願いしますと言った。階級のことはまだわからなかったが、後に説明されることだろうと一旦スルーした。


 「さて、自己紹介も終わったところだし本題に入りましょうか。これからの予定についてなのだけれど、私たちは悪魔としてやらなければいけないことがあるの」


 ルインがそう言うと急にかしこまった雰囲気が部屋全体に流れる。先程までの雰囲気が変わるのを感じる。


 するとティオネがすぐに合いの手を加えた。


 「人間への侵略計画、ですね」


 「そう。私たちは人間の勢力を減らす目的として、人間の住んでいる都市や国に侵攻する計画を立てているの」


 フィオは胸の奥が凍りつくような思いに駆られる。人間への侵略計画。悪魔になって日が浅い彼にとってこの台詞は、自分の急所を突かれたような感覚だった。一気に彼の表情も硬くなる。


 その時フィオはルインと目が合った。彼女の青い目が彼の心中を全て見通しているように思えた。


「もちろん、フィオにも参加してもらうわ。あなたは悪魔だもの」


 彼女の言葉に、咄嗟に気弱な返事をする。


 すると「ルイン様は意地悪ですね」と言って、フィオの様子を見ていたティオネはくすくす笑った。「まだ悪魔のことを何も知らないのにいきなりそんなことを言うなんてひどいですよ」


 フィオは少し不快な気分になりながらも、誤魔化して苦笑した。


 「まあ経緯を説明する必要があるわね。私たちだってやりたくてやっているというか、上からの通達があったから仕方なくやらなければならないのよ」


 ルインはそう切り出して、悪魔が人間を侵略する経緯を話し始めた。

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