出会い②
ふと我に返ると、自分が湖のほとりにいることに気づいた。広大な湖だった。都市国家が一つ収まるほどの広さだ。地平線に残った太陽の光が空を紅く染めており、それに対して湖面は銀色に輝いていた。視界の右奥には魔王城があって、その遠近感は以前よりも近くなっていた。
フィオは壮大な光景に目を奪われた。
「綺麗でしょう」
声が聞こえた。透明感がある、凛とした女性の声だった。声の方へとフィオは体を向ける。
「人間にもわかるのかしら、この魔王城の美しさが」
そこにいたのはお嬢様に見紛うような存在だった。身長は彼より少し低いぐらいで、それに対して顔は小さい。表情は無感情的で、人形のように端正な顔立ちをしていた。また、全身は白いドレスで覆われており、そこから細い腕や足が覗いていた。ただ、髪は藍色に染め上げられていて、人間離れした色合いだった。そして、顔の横から生えでた白い角が、特に彼の眼には異質に映った。
彼が出会ったのは悪魔だった。
咄嗟にフィオは剣を抜き、攻撃に備えて身構えた。眉をひそめ、悪魔のことを睨めつける。しかしながら、柄を握る力は弱く、腕はぶるぶる震えていた。突然筋肉に力を入れて抜刀したことで、どっと身体に負荷がかかった。
それはまるで人間みたいな悪魔だった。遠目で見れば、間違えてしまう程だ。角を除けば、両者の違いはほとんどなかった。彼はここまで人間の身体を模した悪魔をほとんど見たことがない。見たとすれば書物や口伝による言い伝えでしかなかった。
そしてフィオは心のどこかで彼女のことが美しいと思った。人間だったら一国の王女であってもおかしくないような淑やかさと美麗さを兼ね備えていた。悪魔なのに、剣で傷つけることを躊躇ってしまうほどに。
それでもフィオが剣先を悪魔に向けていると、悪魔の方もおもむろに彼の方へ振り向いた。
「その傷でよく私に立ち向かおうとするよね。これが勇者の矜持ってやつなのかな。まあその矜持、叩き折ってあげるけど」
ため息混じりの声でそう言うと、次の瞬間、彼は悪魔を見失った。そして柄を握っていた腕から重たい衝撃が伝わってきた。一瞬の間に腕を叩きつけられた。思わず彼は剣を手放してしまう。
その時自分の胸の奥で何かが折れた音がした。満身創痍の彼にとって、悪魔の一撃はダメ押しとなって届いた。
フィオは力が抜けたように膝から崩れ落ちた。緊張が解けて、全身に無力感が襲う。首から力が抜けて、地面に汗と血がぽたぽた落ちる様子を見つめた。
「あなたの冒険はここで終了。あともう一歩だったのにね」
上から冷酷な悪魔の言葉が聞こえてきた。フィオのことを見下ろしていることが俯いていてもわかった。
彼は、今が人生の最期なのだと悟った。逃がした仲間たちのことがフィオの頭に浮かんできた。彼らは無事に街に戻れただろうか。
「殺すなら早く殺してくれ」
フィオはぼそっと呟いた。絶望感が彼の心を蝕んでいた。
少しの間、沈黙が流れる。
「ねえ」
悪魔がフィオに問う。
「私の配下にならないかしら?」
気づくと、彼の間には細い右腕が彼の方に伸ばされていた。俯いていた顔を上げる。悪魔の透明な目と彼の目があった。
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