第2話 ようやく
探し続けた尊い存在が体を傾げ慌てて床に倒れる前に支える。
随分、軽い。
「公孫!」
「大丈夫って訳ではないでしょうが、緊張の連続で気絶されたのでしょう」
ぱさりと外套を姫の身体に掛ければすっぽり覆えるその小ささに落ち着けぬ。
副官の公孫も苦い表情だ。
「とりあえず、ここは冷えます。ひとまず暖の取れる場所へお連れしましょう」
「ああ。飛影、風、青藍でソイツを先に連行しろ。自害に気をつけろ。
速鷹を飛ばして耀明様に連絡を忘れるな」
「了解致しました・・・隊長こそ道中お気をつけて」
一礼し賊を連れて行く部下を見送り、改めて姫を見下ろす。
呼吸はしているのか不安になるほど微かで、身体の肉付きはとても悪く、顔色なんて土気色をしている。
「幸い、と言いますか、鳳凰の姫だからこそ生き延びたのでしょうね」
「ああ。だがそれでも限界だったのだろうな」
そっとその身体を外套ごと抱き上げれば、信じられないほど軽い。
「隊長、歯を食いしばってはなりません。悔しい気持ちはよくわかりますが」
ぽんと肩を叩かれ、苦笑する。
全くその通りだ。
昔々、この世界は孤独で美しい1人の神が作った箱庭だったそうな。
幾年月も1人過ごした神の瞳から、ある時零れた一滴の涙が箱庭に落ち、海を作った。
箱庭に出来た涙の海から、神の箱庭が作りが始まったという・・・・
まるで砂で遊ぶように、神は大地を作り、対になる空を作り、大地を彩るように樹を生やし、空を彩るように雲を流した。
変化を付ける為に太陽と月を空に浮かべ、昼と夜を作り、隠し味に一匙ほどの生き物の素を海に入れる。神の涙でもある母なる海は生き物を育て、やがて生き物は陸地と海中に分かれて暮らし、長い年月を掛けて進化をしていった。
神は喜んだ。
孤独だった神の唯一の楽しみの箱庭はどんどんと賑やかになったからだ。
神は、更に大きな大地の塊を8つ作り、それを神の居る中島を挟んで対象にになるように配した。
島と島の間には海を作ってそれぞれの島が独自の成長をするように仕向け、更に、島にそれぞれ自分の力を直接注いで造った子供を置き統治をさせた。
子供は聖獣と呼ばれそれぞれの大地の塊を栄えさせ、今も、母であり、父である神を楽しませているという。
<世界創世・神の箱庭より、抜粋>
国の化身である聖獣という存在は、余りに唯人にとって強大な存在である。
化身である聖獣が大地を慈しめば国は豊かになり、反対に聖獣の機嫌が損なわれるような事態になれば大地は揺れ、国は破滅の途につく。
故にどの国の民にとっても聖獣とは絶対なのである。
勿論、南の紅国においてもそれは同じことであった。
紅国の聖獣は、金の瞳、鮮やかな五色の羽を持つ鳳凰である。
孤高で気高く、美しく、その涙には癒しの力があると言われている。
そんな鳳凰は勿論、自然の化身である聖獣は絶対の存在でありながら不思議な事に不死ではない。
生きる年数も一定ではなく、大きな幅がある。
長く生きたもので千年を数えた聖獣もいたが、終わりの時は必ずやって来た。
終わりの時、聖獣は次代との世代交代を緩やかに始める。
力を粒子に変え、国中を回らせ、一定の条件化の下、唯人の女の腹に次代を宿らせる。
聖獣は子を生さない。
その理由は未だ謎だが、聖獣の根本にあるのは神を楽しませることである。
神が何をもって楽しいと思うかは人の与り知るところではないが、この継承もまた、神のために行われているのだろう。
人が世代交代を知るのは、鳳凰が行動を起こし、次代が生まれ出て更に数年後・・・・鳳凰の証である金の瞳が次代に発現すると、同じ頃から今上の力は衰え始め、人は漸く世代交代を知る。
世代交代が確定すると、すぐさま紅国の9ある州・・・文州・貴州・光州・芳州・燕州・鋼州・礼州・京州・鈴州・・・の役所に指示が飛び、そこから、官民総出で次代を探すのである。
金の瞳が発現するまでの期間は一定ではないものの、総じて次代誕生10年以内であった。
しかし、その期間の差の違いは未だハッキリと分かっていない。
<紅国・聖獣と鳳凰と継承より抜粋>
「歴史書通りならば次代を見つけるのに長くても3年掛からないはずだった。
ところが、探し出して3年経ち、5年が経っても見つかったと言う報告書は国府にあがってこない。
国府は、国は大いに揺れたな。
次代にただならぬ何かがあって、もうその存在が亡いのではないかと疑いだすものが出てきた。
或いは、鳳凰に見捨てられたのではないかと喚く者も居た。
国府は右往左往し民は次代の無事を信じ社を参って毎日拝んでいたな」
紅国の地理的にも、政治経済という面でも中心地である貴州の、中心地、宝林(ほうりん)にその城はある。
眼下には雲が漂う高台に、真っ白な外壁・・・付いた名前は白雲城。
別名鳳凰城とも呼び、最初の鳳凰が生まれ出でた地であると言われている。
その規模は山3つ分にもなり、敷地内には白い外壁の建物が幾つもある。
その中で一際大きく豪華な建物の内部、文官長を示す白の扉に黒の線が一本入った部屋の中で、2人の男が向かい合っていた。
1人は、部屋の主で、紅国歴代最年少で百官の長である文官長に就いた男で、名は紫白という。
年は40より少し若く、絹のような銀の髪を緩く纏め、女人のように華奢で文官特有で色白である。そのような外見を持つのにも関わらず、剣の腕はそこらの武官に勝る豪傑だ。
普段は涼やかな表情をしている紫白だが、今はそれも影を潜め、眉を寄せている。
重い溜息を吐いた紫白のその手には速鷹-馬より遥かに早い伝令専用の鷹-が届けた、次代発見の報告書がある。
紫白が文官長の地位に就いて3年間、否、それ以上に待ち続けた報告であった筈なのに顔色は余り良いものではない。
「漸く、見つかった・・・探し出してもうじき10年になる」
安堵したように息を吐くのは、背が高く、官服の上からでも鍛えられていることがよく分かる燃えるような赤い髪の男だ。
名を耀明といい、紫白と同じく40にわずかに届かない若さながらこの国の武官の長を勤める猛者である。
「えぇ・・・本当に良かった。」
「今上にも連絡差し上げねばなるまい」
「ですが耀明・・・」
「どうした?
先ほどから顔を歪めて・・・顔色も良くない」
「・・・顔色も悪くなるというものです。
次代は囚われの身でした・・・それも、捕らえたのはこの国の民で、光も満足に入らないような石造りの座敷牢に入れられていたと。
・・・・・恐らく年単位で」
「それは・・・!」
「えぇ。物凄く不味いです」
さあっと血の気の引く音が2人ともにしたような気がした。
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