黄金の瞳を持つ娘は空を見たい

第1話 はじまり





自分の呼吸音だけが聞こえる。


今日は随分寒くて、ボロボロの布から出ている足を擦ってみるけど温まらない。


石で出来た部屋は、冷たくて吐く息は真っ白だ。



今日はあの人来るかしら。


恐ろしい人、怖い目で見てくる人、この部屋に入れた人、小さなお家を壊した人、無口で身体の大きなお父さん、少しドジで料理を作るのが上手なお母さんを奪ったヒト。




・・・相変わらず辺りはシンッとしているから、ひょっとしたら今日は来ないかも、と少しホッとする。


ホッとしたらウトウトと眠くなるのよ。そういう時は、指を噛むの。

目を閉じるのはずうっと怖くて、嫌で、夢を見たくないから。

寝たくないから考えるの。


なんで-私-は此処にいるのだろう。って。


私には、日本という国で社会人をしていた山下美月(やましたみつき)という名前の30過ぎの女性の記憶がある。


ただ、凄くハッキリしたものというより、夢の内容を思い浮かべるような曖昧なもので、この石造りの部屋に入れられてから思い出した。


この寂しい環境が無ければ思い出さなかったかもしれないなあ、と思う。

大人であった記憶があっても心が挫けて砕け散りそうだもの。実際、ここにくるまでの記憶は断片的だわ。






くぅっとお腹が鳴る。そういえば前に食べたのどれくらい前?日が差し込まないこの部屋ではいつが朝でいつが夜なのか分からない。


格子の扉の近くにある瓶に這うようにして近寄って、水を飲む。お水はお腹が空いたのを分からなくしてくれるもの。


身体をまた出来るだけ小さく丸める。

いつまでこの身体は保つかな、と唇を噛む。


「あったかいご飯食べたい。おうち、帰りたいなぁ」



小さくて細い手足を見て息を吐く。






どれだけ時間が経過したのか、空気の揺れというか、肌がザワザワする。


「なに?」


身体をゆっくり起こして、壁にへばりつくようにする。耳を当てた壁から、音がどんどん近付いてくるのがわかる。心臓がバクバクと鳴る。



ざわめき、怒号、走る音


一体何が起こっているのだろう。




「ッそこに入るな!!!」


ガチャり、と扉が開く。


ヒッと喉が引き攣り心臓が口からまろびでそうなくらいどくどくと鳴る。


「っな」


「隊長、これを」


部屋の外、大きな男が鈍色に光る物を持っている。その後ろには、複数の男にあの人が地面に押さえつけられている。


これは、なに。


このヒト達は何、なんなの


ずりっと壁に押し付けていた背中をより入口から遠ざけるように動かす。


目は、彼らの一挙一動を見逃さない為に見開いているから乾いて痛い。


心臓が痛いし呼吸も辛い。


-私-がなにをしたの。この子がなにをしたの。




「ヒメ、決して害することはないと誓いましょう。お傍に寄ってもよろしいでしょうか」


1番近くにいた扉を開けた大きな男がゆっくりした動作で片膝をついて私を見てくる。


いつの間にか背後にいた男の人に銀色に光っていた物、剣のようなものを渡している。


「ヒメ」


「ッあ」


「落ち着いて。お、いえ、私は陽春と申します。ヒメを迎えに参じました。


ヒメのお身体が気に掛かりますので、お傍に寄らせて頂きたいのです」


「ひ、」


「?」


「ひとちがいだと、おもいます」


緊張で喉がカラカラになっているけれど、必死だ。必死で声を出して首をぶんぶんと横に振る。


こんな大人の男に片膝ついて丁寧にされるなんて身に覚えはない。いや、忘れているのかもしれないけれどない、筈。


「いいえ。人違いではございません。


ヒメ、その金の瞳がなによりの、鳳凰の姫の証です」


「っえ?」


-鳳凰ってなに?-


-もしかして、私の、ワタシのせいで父と母は死んだのだろうか-


ヒッと喉が鳴る。息が、息の仕方がわからない。水の中のように周囲の音が遠くなる。




怖い!恐い!こわい!!コワイ!!!!




だれか!ダレカ!!!







「姫、落ち着いて。ゆっくり、私に合わせて呼吸を」


低くて心地の良い声が聞こえる。その声に合わせてゆっくりゆっくり息を吸って吐く。



視界は白く明るくなって、そして暗く沈む。



-嗚呼、げんかいだわ-


心も精神も体も、ずうっと薄氷の上を歩くようなもので、それがバリッと音を立てて崩れたような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る