第6話 鏡の底

 埼玉の自宅に到着すると、芳郎はテレビの前に横になり、座布団で枕を作り、いびきをかいて寝ていました。目を覚ますと、

 いろいろ大変だったな、

 と他人事のように言うのでした。家中が散らかっています。お母さんは? と尋ねると出て行った、と答えます。いつ帰ってくるの、と尋ねてもさあな、と表情を変えないまま俯いています。

 夜になると近所のそば屋から店屋物をとりました。

 テレビは野球中継がかしましい音を立てていましたが、九時になるとチャンネルを変えました。芳郎の携わった番組が放送されたのです。

 本物の幽霊が映っているビデオ

 夏休みの学校で聞こえる子供の声

 夜毎に戦国時代の武将が現れる工事現場

 タイトルだけ並べるといかにも陳腐で笑えますが、その頃は夏になると季節ものということなのか、どのチャンネルでも怪談の特番が組まれていたものです。画面では青色の照明をあてられた俳優たちがものすごい表情で逃げ惑う人々を追い回し、おどろおどろしい音楽が鳴り響いています。

 お化けって本当にいるの?

 思わずちなみが尋ねると、酸化と還元について習ったか、と芳郎は返すのです。

 酸化とは物質が酸素と反応して酸化物になること。より正確には電子を奪われる反応。還元はその逆。身近な例をあげれば錆は酸化反応で、鉄のような硬質な金属も表面から侵されていつの間にかボロボロになってしまう。燃焼も酸化現象で、錆がゆっくりと行う反応を短く、激しいエネルギーを生み出しながら遂行する。さらに動物や人間が食物からエネルギーを取り出すATP回路も酸化反応の一つなのです。

 だからな、あくまでもたとえ話だけど、と芳郎は含み笑いを浮かべながら娘に答えるのです。

 エネルギーを産んで命を育むのが酸化反応ならば、幽霊ってのは還元的なものじゃないかって思うのだよ。酸化と反対にエネルギーを放出して消えていく作用だ。人間が土に還っていくときに立ち昇る幻ってことさ。祟りなんていうのは臆病な奴が作り上げたお話でね。幽霊なんていない。なにかが見えたとしても連中が思っているような霊的なものではない。単なる化学反応だと父さんは考えている、そう教えてくれました。

 わかったようなわからないような話です。

 ちなみがドライブインの声についてためらいがちに告げると、最初は神妙な表情で聞いていましたが、

 それで、ドアを開けてみなかったのか?

 と聞くのです。開けなかった、と答えると、それは良かった、と言うではないですか。その子には悪いけど百パーセント亡くなったお母さんではないよ。幽霊なんかじゃない。どうせ暴走族かチンピラのたまり場だろう。幽霊よりずっと怖いぞ。最近、学校が荒れて物騒らしいな。昔の不良と違って今の奴らは仁義がないだろう。廃墟は危ないぞ。お前みたいのが見つかったらたちまち餌食さ。覚えておけよ。幽霊は怖くない。本当に怖いのは生身の人間だ、と強調するのです。

 そんなふうに決め付けられてしまったので、結局、人型の蛍の光については口にしませんでした。少なくともあれは人間ではなかった、ちなみはそう信じています。


 後になってちなみの夫となった沢井は、加奈の話を聞いて一度は自分も死後の世界を確信したのだ、と語ったものです。沢井は大学を出たての芳郎の後輩で臨死体験の特別番組を企画していました。ちなみは高校生になっていましたから、加奈の事故から三年くらいは経過していたはずですが、それでもどうしても本人から証言を取りたい、と埼玉の自宅まで乗り込んできたのです。目元がくっきりした印象ではきはきとしたしゃべり方が誠意を感じさせました。

 とにかく謎を究明したい。

 それが彼の情熱なのです。テレビは力のあるメディアだから、作り手が本気になれば成果は出るはずだ。それも視聴率のための演出ではなく、あくまでも科学的に正しい方法で。ベテランの芳郎は若者の前のめりの思い込みをあざ笑うのかと思っていましたが、そういうわけでもないようです。腕を組んだまま番組の構成をじっと聞くのです。事故の後、一命を取り留めた加奈は、教職を正式に辞して軽井沢に近い佐久市の養老施設で働いていると聞いていました。

 とにかく会わせてもらえませんか、

 と頼みこむ沢井を芳郎は適当にあしらいます。テレビ屋の身内ネタはご法度だよ、と説教して済まそうとしていました。けだし面倒くさかったというのが真相でしょう。沢井はそんなことでは折れませんでした。あれこれ言い募りいっこうに引き上げようとはしません。ついには酒の勢いもあってか、どうしてもっていうのならこいつを付き添いに連れていけ、とちなみを指名したのです。妹は精神状態が不安定だから、と。

 驚いたのはちなみのほうでした。

 叔母とはあれ以来、会ってもいないし、まして高校生の自分にテレビの取材に同行するだけの責任能力などあろうはずもありません。父親の意図がわからないのです。あたしなんて、と断りかけるのですが、沢井にまでお願いします、と頭を下げられて困惑しました。確かに知らない人間よりも、身近な、しかも同性であるお嬢さんが一緒にいてくれたらとても助かります、と。

 いつの間にか話は決まっていたのでした。

 開業したばかりの長野新幹線に乗って出かけたのは春のまだ浅い季節でした。佐久平という駅まで一時間半くらいでついてしまうのです。車窓を飛ぶようにして流れる景色に呆然としました。難所であった碓氷峠もトンネルであっけなく通過し、抜けた途端にところどころ雪の残る軽井沢に着くのでした。白い冠をかぶった浅間山の姿も眺められ、思わず感嘆の声を上げるのでした。

 加奈が働いている養老施設は駅からタクシーで二十分ほど、市の中心部からはずれた蓼科山系の裾野に広がる高台に位置していました。私的な財団法人の運営で比較的恵まれた経営環境にあるようです。

 広い敷地に三階建ての建物が横たわり、玄関には屋根のついた車寄せがあります。車を降りると受付に向かいました。沢井は慣れた様子で笑顔を振りまき、すぐに応接室に通されます。こうした施設にありがちな機能的な冷たい感じはなく、廊下などもすべて板張りで暖かい囲気でした。金融機関の保養施設を買い取り改装したのだそうです。道理で立派なわけです。

 現れた加奈のやつれた様子にちなみは愕然としました。

 あら、久しぶりね、と笑顔を浮かべようとするのですがどこかぎこちなく、頬の端にひっかかるような様子です。髪の毛は艶を失っているし、顔の輪郭が緩んでしまったような印象を受けました。まだ四十歳にもなっていなかったわけで、老けるには早すぎました。仕事上の苦労が多いのでしょうか。溌剌としていた生命の輝きが失われていると感じたのです。

 本人は取材など受ける気はなかったようですが、兄の芳郎の頼みで断りきれなかったといったところでしょうか。

 沢井は快活な口調で、まず職務の内容について尋ねています。入所者たちに重度の症状を持つ人は少なく、日常生活の支援が主な仕事のようでした。老人たちに人気のテレビ番組は? などと当たり障りのない話題で場を和ませていましたが、

 やはり事故にあわれて、こうした施設に勤めようとお考えになったのですか、

 と本題を切り出します。はい、と加奈はっきり答えました。あたしは教師でしたが、自分には子供を教える資格がないと悟ったのです。違う方法で人のためになることをしなければなりませんでした。その答えがここです、と。

 どうして資格がないのです?

 と重ねて尋ねるのですが肩をすくめるばかりです。そんなそっけない仕草を以前の叔母はしなかったはずだ、とちなみは考えます。

 辛いかもしれませんが可能でしたら事故の体験を覚えている限り教えてくれませんか、と沢井はポイントを変えながら質問を続けていきます。

 天罰です、

 と加奈は答えました。ちなみははっとして顔を上げます。罰?

 ええ。あたしは道に外れた行いをくり返していました。この辺にしとけ、そう教えられたのです、と。

 しかも、あの晩は酒を飲んでいた、と続けるのです。スピードも出ていたかもしれない。街灯はまばらで道路は暗く、身を乗り出すようにしてハンドルを握り締め、前方を見つめていた。いくらふり払っても墨のような闇が噴き出して視界は悪かった。目の前に人影が飛び出し、あっ、と思ってハンドルを切った。そして車ごと田んぼに転落した、

 そういう話なのです。飲酒とか人影とか初めて聞く要素もあり、ちなみは耳を疑いました。

 誰かが路上にいたと?

 ええ、と加奈は頷きます。その人はどうなったのですか? 知りません。答えながら叔母の瞳の焦点は遠いところへぼかされてしまったようでした。

 地の底に落ちたような感覚で、加奈が気がつくと目の前には階段があったというのです。全身がだるいのですが階段を昇らないといけない。やっと人がすれ違えるほどの幅しかないのに手すりもなく、もたもたしていると脇を追い抜く人がいるのです。見上げれば行列がはてしなく続いていたと。足が震えてもうだめか、と思ったとき、背後から押し出されるようにして白い空間に出た、という話は以前、祖母の君江から聞いたものとほぼ同じでした。

 それがお父さまだったと?

 身を乗り出した沢井を加奈はじっと見つめ返します。加奈の顔は無表情で人形のようだった、と後に沢井は回想しています。

 いいえ、

 と声は虚ろに響きます。よく覚えていないのです、と。でも事故の直後、意識を失っている間にお父様に会ったとお話したのでは、と追求すると、あれは母を安心させるための作り話でした、と言うではないですか。当然、株券の隠し場所についての伝言も同様ということになってきます。沢井は目に見えて落胆した様子でした。せっかく臨死体験の証拠を得られると思ったのにはっきりと否定されてしまったのです。 

 いつもそうなんだ、と彼は語っていました。取材で成果を出すのは簡単ではない。犯罪の捜査と同様、曖昧な記憶の階梯を伝っていくのだが、肝心のところで証拠をつかみ損ねる。梯子ははずされて結論は先送りになる。だからこそ面白いとも言えるのだがもどかしい。

 では、臨死体験についてどう思いますか?

 と改めて尋ねると、自分の体験ではありませんが死後の世界は確実に存在します、そう加奈は言い切るのでした。

 確実に? なぜです。

 知りたければ、来月、また来てください。

 来月?

 ええ、ある方の命日です、

 そう告げて彼女は席を立つのでした。あたかも連続ドラマの予告編のように会話は断片のまま打ち切りとなります。立ち去る加奈を中腰になって見送りながら沢井は狐につままれたような表情になっています。

 なんだ、あれは? 

 思わずそんなセリフが漏れたのでした。叔母さんはいつもあんなふうなのか、と問われてもちなみには返す言葉もありません。


 帰りがけ、加奈は沢井に送ってもらい祖母の家に立ち寄りました。久しぶりだったので懐かしさがこみ上げてくるのですが、門は思っていたよりも小さく見えるし、玄関のタイルの一部がはがれていて、ドアも板の色が褪せています。なんだかみすぼらしく寂しいのでした。ちなみがタクシーから降りると、僕はここで、と沢井はそのまま先に帰ってしまいます。

 ベルを押すと君江はいつものように絵を描いていたのか、パレットを手にしたまま出てきます。ちなみの顔を見ると、口を大きく開けて驚き、笑いました。

 あんた、しばらく見ないうちに大きくなったねえ、と。

 どうしたの、と問われて叔母の取材の立会いで、と説明します。芳郎から電話で連絡を受けていたはずなのですがすっかり忘れていたようでした。ああ、今日だったの、と叫ぶ始末です。

 上がってみると部屋は散らかっており、狭く感じられました。

 樫の木のテーブルや薪ストーブなどたたずまいは変わらないのですが、なんだか埃っぽく手入れが行き届いていない感じがします。加奈はこの家から佐久の勤務先に通っていたのですが、不規則な勤務に対応するため佐久市内にアパートを借り、一人で暮らしているのでした。君江は元来、几帳面な性質だったはずですが、独り取り残されて部屋を片付ける気力も失ってしまったのでしょうか。

 それでも日が暮れてくるとまだちょっと寒いから、と薪を運び、ストーブに火を入れてくれるのでした。ちなみはこのとき君江から火の作り方を教わります。太い薪を数本くべて焚き付けとなる細い枝をその上に交差させます。着火剤を真ん中に置いてマッチで火をともし、炎の立ち上がりを注視します。枝に火が移ったところで扉を半分くらい閉め、空気の流れを早くします。こうして焚き付けから薪へと火を回らせるのです。十分以上かかったでしょうか。

 いったん燃え上がると数時間は暖かさが持続するのです。スイッチひとつで温風が吹き出す石油ヒーターや真っ赤な光を投げてくる電気ストーブとは大きな違いでした。君江はじっと炎を見つめています。炉辺には人を安心させる作用があるようです。これも長い時間かけて祖先から伝承されてきた人間の習性なのでしょうか。

 今夜は泊まって行きなさいよ、と誘われてちなみには断ることができません。

 以前、夏を過ごした部屋には、描きかけのキャンバスや使わなくなった布団乾燥機、本や雑誌の束などが積み上げられて半ば物置になっていましたが、ベッドの周りだけ掃除すればなんとか泊まれそうでした。ランプの桃色のシェードも昔のままなのが嬉しかったのを覚えています。祖母は夕食に得意のミネストローネスープを作ってくれました。夜も更けると外の気温は零度近くまで下がってしまい、窓は結露しています。濡れておぼろにたわめられた宵闇をすかし、虚空に芽吹き始めた枝を差し伸べている木々を見やります。もう冬は終わりです。春がすぐそこまで来ているのです。そんなふうにして炉辺でスープをすするのも悪くはありません。ストーブで炎が踊りながらごうごうと鳴るほか物音一つしません。静寂の中でぼそり、と君江はつぶやくのです。

 みんな霧のせいだ、と。

 一連の不幸な出来事の原因は達郎のしたことに対する仕返しだ、と。不遜にも亡者に悪戯めいたしかけで闘いを挑んでいた父親への仕返しに娘を奪おうとしたのではないのか、と。だから達郎は加奈を助けに現われたのだ。

 ちなみは昼間、加奈から聞いたばかりの事実を告げられませんでした。まさか、あれが作り話だったなどと。ちなみが黙っていると、

 でもね、

 と君江は続けるのでした。戻ってきたのは、あれは、本当は加奈ではないの、と。

 叔母さんではない?

 そうなの。バカな話だと思うかもしれない。だけどあたしにはわかった。あれは魂の抜け殻だよ。あんたのお父さんもうすうす気がついていた。だけどどうしようもない。だから黙っていた。

 ちなみは意味を正確に理解しようと祖母の顔をじっと見つめ返しました。確かにその日、佐久で面会した加奈は以前とは変わっていると感じた。だけど別人だ、というのはどういうことなのか。人がその人であるとはどういうことなのか。

 名前でもない。顔でもない。性格でもない。

 祖母はそう説明するのです。親子だからわかる、という直感でもない。母親にしろ娘にしろ、社長とか秘書とか肩書にしろみんな仮面なのだ、というのが君江の考えでした。いつも絵を描きながらそんなことを考えていたのでしょうか。

 魂という言葉は古臭いと思うかもしれない。ただの心とも違うんだよ。どう思うかではなくてどうあるかということ。かけがいのないものなんだ。それが消えてしまったら死んだも同然のもの。心と身体とに分けて考えるとわからなくなる。どちらでもないけどどちらでもある。そういうものなのさ。目を見たらわかる。あたしはもう加奈の顔を描けないんだよ。瞳の灯が消えているからね。正直、怖いんだ。のぞきこんだら自分まで吸い込まれてしまいそうでね。

 そんな、とちなみは絶句しました。

 あなたはお父さんに似たのかしら、それともお母さん似?

 君江は目を細めてちなみの顔を眺めています。どちらかというと芳郎に似たのかしら、と。自分でもそう思うのです。少なくとも自分を置いて名古屋に行ってしまった母親にはとうに親近感を覚えなくなっていました。しかしまた、父親に似ているということはその妹である加奈にもつながります。

 この家は、あたしが死んだらあなたに継いでもらいたいわ、勝手だけど、そう君江は言うのでした。あなたなら大丈夫、と。

 窓の外を見やるとあたりはいつの間にかうっすらとはだら雪に覆われています。粉砂糖をまぶしたお菓子のようでもあります。春先でもまだ降ることがあるようです。しかも雲は早々に通り過ぎたのか、月明かりがさしてきました。柔らかな白い光に包まれた森はまるでおとぎの国、絵本の世界です。

 命の始まりの気配はいったん白い輝きに冷やされて静寂のうちに広がっていました。

 翌日の朝、東京に戻る前に凍りついた道を均の家まで歩いてみました。曇っていたため、気温も上がらず息は白く漂います。木々の間に艶やかな装いの雉がいたりして驚きます。見た目の美しさとはおよそ似合わないギャァ、という叫び声を上げてものすごい速さで走っていきます。

 中学生だった頃に比べれば隣の家はさほど遠くは感じません。誰もいない森にログハウスはひっそりと佇んでいます。全体に黒ずんで見え、入り口の扉が赤く塗られていたり、玄関脇に使われていない古い乗用車が放置されていたりして雰囲気は変わっていました。表札には手書きのへたくそなアルファベットで、

 Mcdagrass

 と記されています。外国人に売却したのでしょうか。アプローチは凍った雪に覆われて、雲間から薄日が差すときらきらと輝きました。均とはその後、交流はないし、鈴木家がどこに行ったのかもわかりません。


 軽井沢でも浅間山の麓、いわゆる北軽井沢と呼ばれるエリアは、旧軽井沢よりも標高があるため自然環境は厳しく、深い森に覆われています。昭和四十年代後半から「アンノン族」の隆盛や「ディスカバージャパン」のキャンペーンで、元々この地に避暑を求めて訪れていた戦前からの特権階級とは別の階層の旅行客が押し寄せるようになり、彼らにも購える手ごろな別荘地の需要が出たため、森が切り開かれ、安普請の建売別荘が多数売り出されたのです。しかし耐寒設備がない簡易な建物が大部分で、トタン葺の屋根は傷み、ウッドデッキは腐り果て雑草は繁り放題、歳月の経過と共に自然に還り、林に埋もれているのです。

 四月末、ゴールデンウィークの始まるころ、ちなみは再び沢井の依頼でこの北軽井沢に向かったのでした。今度は撮影クルーと一緒です。自宅までワゴン車が迎えに来て、カメラマンの佐藤公男とビデオエンジニアの桑畑茂一を紹介されました。佐藤は長身の体躯を本革のベストに包み、顎鬚を蓄えた堀の深い顔立ちで、いかにも業界人らしい威圧感がありました。一方の桑畑はくたびれたジャンバーを着込んだ愛想のいい小太りのおじさんでした。桑畑の運転で関越道を北に向かいます。ちなみは後部座席、沢井の横に座らされましたが、古びた業務用のワゴン車は乗り心地がいいとは言いがたく、しばらくするとお尻が痛くなるのでした。沢井によると加奈は死後の世界が存在する証拠を撮影できる場所に案内してくれるとのことでした。スタッフたちがどこまで真面目なのかわかりませんが、妙な期待感が高まっていたのは確かです。

 加奈は軽井沢駅の駐車場で待っていました。自ら軽自動車を運転しながら案内してくれたのが、北軽井沢の寂れた別荘地の一つだったのです。

 県道から山道に入り、坂を上がっていくと、入り口のゲートがありました。鎖が掛けられ「関係者以外立ち入り禁止」の札が立てられています。看板も錆び付いて今にも崩れそうでした。脇に立っている管理人用の小屋は屋根板が朽ち果て、窓ガラスは割れており完全に廃墟の様相を呈しています。

 この北佐久興産という会社は現存しません、

 と車を降りた加奈は札を示しながら沢井たちに説明しています。分譲したのは建売別荘と更地の区画合わせて約八十。半分ほどが売れました。北佐久興産がつぶれた後、債権者が売れ残った別荘を会員制のリゾートとして運用しようとしましたがこれも頓挫し、以来、塩漬けになっています。管理会社も撤退し、施設は荒れるに任されているようです。会員制リゾートの整備を請け負った上田市の業者が自殺した、という縁起の悪いおまけもついています。

 その日は晴天で、敷地内の木漏れ日が道の上に踊り、小鳥のさえずりが響き渡りのどかな光景でした。ロケハン、つまり下見ということでしたが、佐藤はカメラをかついで撮影の準備をしています。

 ゲートがあり鎖が自動車の侵入を防いでいましたが脇の草むらに道がついており徒歩で入るのは簡単です。歩き始めると最初は左手にテニスコートの跡もあります。青々とした芽がいっせいに伸び始めてまぶしいばかりでした。反対側には朽ちかけた木造の建物があり、管理会社の事務所のようでした。錆びついたジープが一台、捨てられています。傍らには洗濯機や冷蔵庫など廃棄物が積まれており廃墟特有の雰囲気を醸していました。アスファルトを割り、隙間から伸びている植物。ガラスが割れて虚ろな内部を黒々と晒している別荘の窓。草むらからすばやい影がよぎり、木の幹を駆け上っていくリス。加奈はこうしたものへわき目も振らずにどんどん進み、佐藤がカメラを回しながらつき従います。

 途中で背が高く幹の太いくぬぎの古木があり、道路はそれを迂回したところで二股に分かれていました。舗装も終わり、あとは水溜りだらけの荒れた路面となっています。

 目指しているのは加奈が勤務先の施設で最後を看取った坂井氏の家で、退職した後、夫婦で住んでいたのだそうです。夫人が先に亡くなり、坂井は一人で暮らすものもままならなくなり佐久の施設に移ったとのことでした。

 あれよ、

 と加奈が指したのは洋館風の木造住宅です。堂々とした門柱が浅間石で作られ、砂利を敷いたアプローチが取られていました。屋根が大きく二階にはドーマーが設けられています。壁面は淡いグレーに塗られていますが、塗装が剥離して下地がむき出しになっている部分も多々ありました。

 いいねえ、いかにも出そうだ、と呟いたのは佐藤です。沢井はしっ、と不謹慎な発言をたしなめましたが加奈はお構いなしの様子で、門柱に巻かれていた鎖をはずします。錆び付いている門扉はなかなか動かないので沢井たちも一緒に押すと少しずつ開きました。

 家の周りは草ぼうぼうで、歩くのも困難ですが獣道のように細い通路ができています。ポーチには屋根がついており玄関はさほど傷んではいませんでした。加奈は生前、坂井氏から合鍵のありかを聞いていたとのことで慣れた様子で玄関脇の植木鉢を少し持ち上げ、その下から取り出した鍵で解錠します。

 きしみもたてずにドアは開きました。

 蒸れた臭気が満ちていましたが耐え難いというほどでもありません。子供の頃、小学校の木造校舎に漂っていたような、埃と土と塗装のニスが交じり合ったようなどこか懐かしい匂いです。先頭に立つ加奈はステンドガラスのはまった扉を開いてリビングに入りました。

 古風な館とでも呼ぶべきでしょうか。正面にはレンガ積みの立派な暖炉がありヨーロッパのお屋敷のようです。恐らくこれがないと寒さが凌げないのでしょう。炉内は煤で黒く染まり、十分な貫禄が感じられました。暖炉の上には鏡が張られ、金で飾られた時計が置いてあります。ソファやテーブルなど大きな家具には埃除けの白い布が掛けられており、主の長期にわたる不在を告げています。

 坂井さんご夫婦は数年間、この家で暮らしていました。でも奥様は体調を崩し、東京の病院で亡くなられました。坂井さんはここに戻られて、しばらくは一人で暮らしていました。二人の趣味はガラス細工で、ステンドグラスをいくつも作成していました。室内の間仕切りはもちろん、ランプシェード、時計、小物入れなどいろんな品物を作っていました。あたしもいただいたランプを今も使っています、

 そんなふうに加奈は説明します。

 一人、ここで暮らしているうちに、ご主人は奥様がいないことを忘れてしまったらしいのです。現実を受け入れられなかったのでしょう。施設に入所してからも、あたかもすぐ脇に亡くなった夫人がいるかのように振舞っていらして、時には痛々しく、滑稽でしたがあまりにもリアルで怖いほどでした。ついには奥様に会いたいのでどうしても自宅に一度、戻りたいと主張して施設のスタッフと一緒にここまで戻ったこともありました。担当医師が、なるべく本人の希望通りにしたほうがいい、と助言したからですけど、

 そう加奈は回想します。

 家に入ると坂井はまず二階にあるアトリエで加奈に作りかけのステンドグラスを示し、作業手順などを嬉しそうに説明してくれたのだそうです。施設にいるときとは別人のように元気な様子で、入所の必要などないように見えました。しかし、本当の目的は暖炉でした。どうしても火をくべたい、というのです。薪が残っていましたので、みんなで協力して火入れしたのでした。最初はくすぶっていた古い薪からいったん火がつくと大きな炎となって立ち上がります。坂井はロッキングチェアに座りそれを満足げに見つめて揺れていましたが、しばらくして、

 もうすぐですよ、

 と告げるのでした。もうすぐ? そう。愚妻が戻りますから、と。加奈とスタッフは顔を見合わせました。やはり始まってしまったか、そう目と目で合図したのです。しかし、どういうわけかあたりが暗くなり、炎が揺れて際立ちます。

 雨が降り始めたようでした。

 加奈はそのとき暖炉の上の鏡に黒い影が映っているのを見たというのです。坂井はすくっと立ち上がり、弘子、と妻の名前を呼びました。そして暖炉に近づくのです。

 危ないですよ、

 と声をかけましたが、坂井は目をらんらんと輝かせて手を差し伸べました。轟音とともに炎が炉内から噴き出していました。だめです、と同行していた施設のスタッフが背後から抱きついて止めなければ火が燃え移っていたかもしれません。坂井は尚も手を伸ばしながら暴れました。咄嗟の判断で加奈は台所に走り水をバケツに汲んで暖炉の炎にぶちまけました。あたりに白い煙が充満し、火は収まりましたが、坂井は呆然として妻の名前を呼び続けていたと言います。

 とても悲しかった、と加奈は回想するのです。

 だけどそれがなぜなのかわかりませんでした。坂井が呆けてしまったからなのか、現れかけた妻の幻を自分が消してしまったのか、そもそも誰もいなかったからなのか。

 亡くなる直前、坂井は合鍵のありかを加奈に教えたというのです。

 お願いがあるのです、と。たまにあの家に行って、弘子の供養をしてあげてください、と。暖炉の炎を炊くだけでいいのです。それがメッセージとなるのです。自分たちはあなたのことを忘れていない、という合図なのです、そう語るのでした。あそこには秘密がある。暖炉が暖まると、鏡の底に通路が開く。通り抜けることはできないはずだがかつてそこにいた人の姿が映るのだ、と。

 わかりました、

 そう加奈が請合うと、坂井は安心して微笑んだそうです。約束ですよ。私自身もあなたに再会できるかもしれません。そのときはお礼を致します、と。

 沢井たちは目を皿のようにしてこの話を聞いていましたが、つまり、今日はそのために、坂井さんの弔いのためにここに来たのですね? と尋ねました。

 そうです。坂井さんの命日なのです。

 加奈はそそくさと居間の奥の扉を開け、ウッドデッキの隅に積まれている薪を暖炉に運び始めます。面白くなってきた、と佐藤がレンズを向けると、桑畑は室内が暗いためか照明を炊きました。沢井が慌てて手を貸しています。

 着荷剤を並べてライターで灯をともすと、ちろちろと小さな炎が太い薪の間で踊り、煙が出始めます。やがてそれが薪に燃え移り、赤い光を放ち始めます。妙に火の回りが早いな、とちなみは感じました。祖母に教わったときはもっと時間がかかったと記憶していたのです。

 あたしは思い出したんです、

 と加奈は語り続けます。坂井さんは恩返しをしてくれる、と言いました。だから自分が会いたい人も一緒に呼び出してもらおうとしたのです、と。

 会いたい人?

 ええ。事故で亡くした人です。

 この答えを聞いてちなみはいぶかしみました。自分が引き起こした事故のことだろうか。あれは単独事故でなかったのか。それとも叔母が路上で目撃したという人影のことか。だとしたら叔母は人をひき殺したのか。いや、そんなはずもありません。巻き込まれた歩行者、車両、同乗者いずれもなかったはずなのです。

 では誰なのか?


 本来、人は自由であるべきです。

 しかし往々にして束縛を求めてしまいます。自分とは誰なのか、証明してくれるよう他人に答えを求めます。すると役割が与えられます。肩書きと呼んでもいいでしょうか。役割が決まっていれば楽なのです。己が必要とされていることを感じるため、物語を編み出し自らを納得させることもできます。そうでもしないと不安を覚えてしまうから。人間はどこから来て、どこへ行くのか。なにを成すべきなのか、できるのか。あらかじめ答えが定まっているわけではないのです。

 この不安を利用していたずらに人の心を動揺させ、弱みに付け込んで支配しようとする勢力も古くから存在しています。権力の特質と言ってもいいのです。役割を固定化し、権益を恒常化する組織です。代償として被支配者には一定の安寧を与えるのです。

 騙されてはいけません。わからないこと自体は当たり前なのです。恐れることはない。それでも、もしかすると自分だけが大切なものを喪失したのかもしれない、損するかもしれない、という疑念が人を不安に駆り立てるのです。

 こうした心配に打ち克つのは困難です。

 どんなに自信を持っている人でも、もしや、という一抹の疑念に捕らわれたら最後、あっという間に不安の虜になってしまう。可能性は常に無限であり巨大な宇宙の前で人は小さい。扇動者はこうしたイメージを利用して感覚的にアピールし、梃子のように少ない力で群衆を動かすのです。

 ちなみの父親の芳郎がテレビ番組の演出で利用している力学と同じです。

 対抗手段としては、人為を離れて自然を観察するしかないのでしょう。自然界には生産者、消費者、分解者がある。太陽の光から植物が栄養素を作り、それを食して生きる動物がいます。動物の内部でも食う、食われるの連鎖があり、頂点に立つのは人間です。そしてこれら動植物の遺体を解体し、元に戻すのが菌類。こうして自然は循環しているのです。

 ここにも役割分担はありますが支配構造はありません。食うものは食われるものを支配できません。むしろ依存しているのです。その場、その場で闘いはあっても最終的にはすべてが元に戻るだけなのです。自ずから成り、そして消滅する。これが真相です。世の東西を問わず、古代から賢人たちは気がついていたのです。自然について知ることで、他人が考え出した物語の嘘を見破り、束縛を離脱できるはずです。


 火が燃え盛ると加奈は放心したように暖炉に近寄ったのでした。

 両腕を鏡へと差し向けて、頬から涙を伝わせています。ただならぬ気配にちなみも鏡を覗き込むのですが、図像は暗く翳って判然としません。

 赤ちゃんだ、

 と沢井は叫びました。赤ちゃん? 加奈さん、あなたが会いたがっているのは事故の際、あなたのお腹にいたお子さんですね、と。

 ちなみは激しい動揺を覚えました。これもまた初耳だったからです。叔母さんに子供が? 妊娠していたといいうことか? いろいろなことが思い浮かびます。あの晩、なぜ自分は病室から遠ざけられていたのか。その上、翌日には埼玉の自宅に戻るよう言い渡された。その理由は? 君江の表情、芳郎の態度、そして当の叔母の変容。すべてがつながって万華鏡のように回転し始めます。隠されていた大人たちの秘密が時間の経過と共に次第に解かれて目の前に立ち現れようとしているのです。

 暖炉の前の加奈は我が子を抱きしめようと鏡に手を触れるのでした。そう、名前さえ授かることなく消えたはかない命をすくいとろうとして。

 冷たいガラスの板に通路が開けるのでしょうか?

 いいえ、そんなはずもありません。暖炉の薪が轟音とともに燃え上がるだけです。沢井は加奈の治療に当たった医師に取材して詳細を把握していました。彼女は懐妊しており父親は不明。飲酒の上での速度超過とくれば自暴自棄になった上での自殺行為だったのではないのか、そんなふうにも考えられました。医師によれば、胎児を助けるのは到底不可能で、母親も危ないところだった、というのです。

 行けば帰ることのできない道があるのです。

 加奈はそれを通り抜けようとしたが超えられなかった。 だから今、再び禁断の扉を開いて、失ったものを取り戻そうとしているのではないのか。いずれにせよ、叶わぬ思いなのです。ひとたび冥土の旅路に発った者は決して戻りません。どんな特権をもってしても時間を巻き戻すことはできないのです。欲望を封じ、耐え忍び、忘れること。そのために弔いの儀式があるのです。現代ではおろそかにされている作法の一つかもしれません。儀礼を繰り返すことによって過去を丁重に葬るのです。しかし、加奈は妄念に突き動かされ、知恵に従うことはできないのでした。

 びしっ、と鈍い音が響いて彼女の指先が触れた鏡の中央に大きなひび割れが走ります。

 沢井が驚嘆して後ずさりします。加奈は暖炉の前にくず折れてしまいました。ちなみは慌てて叔母を炉辺から引き離そうとします。見上げれば鏡は黒ずんだ渦を描いてそこにありました。縦に走ったひび割れだけが鈍く輝きなにも写っていない、そのことが異様であり、底知れない恐怖を覚えるのでした。

 

 ハイ、カット!

 佐藤が叫びました。まるで場違いな声なので、目の前で起こったことはすべてドラマの一場面だったのではないか、と思ったほどです。

 沢井も表向きは加奈の様子を気遣っていましたが、本当は撮影内容を気にしていたのかもしれません。佐藤が親指をたてOKの合図をしているのをちなみは見逃しませんでした。彼らにとっては、番組の演出が最優先事項なのです。これこそ芳郎が強調していた視聴者を手玉に取るからくりなのだ、と改めて思い知らされるのでした。なんて人たちなの、と怒りがこみ上げる反面、テープに記録された映像はどうなっているのか、という好奇心も抑え切れません。

 加奈はすぐに気を取り戻しました。そして彼女までか言うのです。あなたたち、証拠は撮れましたか? と。確認させて欲しいと言うのです。つまりビデオを見せろ、と。

 佐藤は黙ってカメラを床に下ろします。沢井に促された桑畑がリビングの隅の小さなテーブルに業務用のモニターを設置し、再生デッキにカメラから取り出したテープを入れると撮影したばかりの映像がプレビューされました。

 小さな画面に水色の影が動きます。モノクロ画像で音は聞こえません。暖炉の炎や鏡の中の加奈の姿が見えてきます。腕と腕が鏡面で触れあい、闇を掻き分け、なにかをつかみ取ろうと指がねじ曲げられています。

 ああっ、

 と叫んだには桑畑でした。すばやい操作で再生を止め、画面を戻します。ここになにかある、と。静止した映像の中で加奈の腕が中央部に差し出されています。その上に白い影のようなものが浮かんでおり、桑畑の太くて短い指が示す姿は顔のように見えなくもありません。

 加奈と沢井は画面に顔を近づけてじっと見つめています。

 あそこには誰かがいたのですか。

 ちなみは後々、何度も沢井に確認するのでしたが、明快な答えは得られませんでした。気配はあった。しかし実在を確認することはできません。イメージに過ぎないのです。画像はすべてが実在とは限りません。古い鏡が割れた、ということだけが現実です。暖炉の火を必要以上に大きく炊いたので、伝わった熱の影響で冷えていた金属製の縁とガラス、裏に蒸着させてある水銀の膨張率の違いからひびか入ったのだろう、と芳郎は説明しました。例によって科学的な見解です。白い顔は室内の他の物体が映ってたまたま顔の造作に見えた、あるいは割れた鏡の偏光やノイズ、外光の影響などさまざまな理由も考えられると。

 道は幾重にも輻輳していました。

 加奈が暴走行為の果てに開こうとした悔恨の通路を、愛妻を失った坂井氏が導き、鏡の奥ではこの世ならぬ業火がはぜている。鈴木均は父親が大切にしていた時の縁から「時間」を盗み、犠牲として捧げた上、母の声を聞こうと耳をそばだてたが、扉は開かない。その母親は蛍の光となって森の暗がりから呼びかけ、君江は達郎の口笛が霧の彼方に響いていると信じている。ちなみの目の前でそれらの化生がまばゆく変幻し、正体のわからないまま迫ってくる。どちらへ逃れようとしても執拗につきまとい、マルクスだけが警告するように吠えている。父親の芳郎は理詰めで解決するよう勧めるが、決して自分は娘の歩む道に立ち入らないし、母親は遠い土地へ去ってしまった。

 迷路に惑わないで済んだのは沢井のおかげでした。

 道は繰り返すものだ、と教えてくれたのです。人それぞれが歩むもので、一つとして同じ道はない。だけど他人が歩いた道をたどることはできる。大勢の先達が試行錯誤しながら進んだ痕跡を探しながら新しい一歩を踏み続ける、これが人間なのだ、と。似ていても同じではない。

 尚も不安なら誰かと手を取り合って歩むこともできる。そして融合した道はいつか必ず別れる。いつまでも一緒ではないのです。では、はたして道のたどりつく場所は? これが大切なのだ。この世には外部があるのかないのか。

 そんなふうに沢井は問い続けるのです。誰しもいつかは死ぬ。その後はあるのか。それとも消滅なのか。人の知らない未知の世界はあるのか。それともなにもないのか。神のような存在がすべてを決めているのか。それとも誰もいないのか。

 外部がないとしたら内部だけになります。

 閉じられた空間は息苦しいのではないのか? だから外部を求めてしまうのではないのか。古来、人々は神や仏といった超越的な存在を信じてきました。そうしないと耐えられなかったからです。科学的知識が常識となり、宗教は力を弱めました。それでも消えたわけではない。誰しも外部があると信じたいのです。

 では神や仏は、時空を超越した永遠の存在なのか。静止した真実なのか。それとも時代とともに変化してしまうものなのか。時間には終りはあるのか。それとも無限なのか。こうした問いかけは哲学者たちが連綿と問い続けてきたものです。

 答えは出ません。

 信じるか信じないのか、それだけなのです。


 加奈はテープのダビングを沢井に依頼しました。放送用に収録したものを安易にコピーしてはいけないことになっていると表向きは断わりながらも、家の内部で撮影した部分だけは確認のために後で送ります、と沢井が約束すると加奈は納得したようでした。

 あの人は憑かれていますね、

 沢井は帰途の車中でそう言いました。高速道路に等間隔で並ぶオレンジ色のナトリウム灯が彼の秀でた額を照らし出していたのをちなみは覚えています。その横顔がかっこいい、と思ったことも。

 叔母さんが? 憑かれている?

 ええ。自分で自分をコントロールできない状況に陥っているのですよ。そしていつも暗い面ばかりを見てしまう。ほんの少したたずめば別の面にも気がつくのに、我慢できないで先に行ってしまう。そして深みにはまり込んでしまうのです、

 そう指摘するのでした。

 カメラマンの佐藤がため息をつきます。どうやら空振りだったな、と。そんなことないよ、と運転席の桑畑は叫びます。あの画は十分、使えるよ。

 誰も返事をしないので議論はすぐに途絶えました。

 行楽日和だったためか交通量が多く、東京方面は帰途の車のテールランプが数珠繋ぎでのろのろ運転です。川越インターを出る頃、あたりはとっぷりと暮れており街道筋のラーメン屋に入って夕食を御馳走になりました。沢井はちなみが勉強している簿記についてあれこれ尋ね、佐藤は自分の娘がそろばん塾の珠算コンテストで一位になったことを自慢し、桑畑は競馬のG1レースの組み合わせ必勝法を数学的に試みていると告白します。みんなその日の体験を忘れ、避けようとしているかのようでした。

 待てよ、と沢井は団地にちなみを送った帰り際、言うのでした。

 叔母さんをあの世の階段からこの世へと押し戻したのは、お父さんではないとしたら誰だったのか?

 ちなみは暗がりで沢井を見返しました。

 つまり、その日、姿を現しかけた赤子だったのではないのか。加奈は我が子と引き換えに自分は死を免れた、そう考えているのではないのか。

 重々しい沈黙だけが残ります。

 結局、加奈の体験は番組では採用されませんでした。沢井は放送が終わった後、有名な菓子店のケーキとテレビ局の人に買わされた映画のチケットを持ってやってきました。取材が役に立たず、ボツになったことをしきりに詫びるのですがちなみとしてはかえってよかったと思うのでした。罰としてこの映画に連れてってください、と言うと沢井は驚いたような顔をして、僕が? とどもるのでした。動物のドキュメンタリーで彼には興味ないテーマだったのでしょう。

 二人で連れだって新宿の映画館に出かけたのもずいぶん昔のことになり懐かしい思い出です。


 加奈は沢井が見破ったとおり、方途を失っていました。

 連休が明けてしばらくたったころ、軽井沢では晴天が続き、一年で一番気持ちのいい季節を迎えていました。いつものように君江は絵を描いて一日を過ごし、夕暮れになったので部屋に入って片付けものをしていると庭に人の気配が訪れたのでした。誰だろう、とのぞくのですが見つけられません。しばらくして玄関の扉をたたく音がして加奈が立っていたそうです。

 ただいま、

 とあたかもその日の朝、出て行ったかのように。あら久しぶりね、と君江はあえてなにも質問せずに家に入れたそうです。

 加奈はお腹すいたわ、とテーブルに座り込んでしまったというのです。

 あんた、仕事はもう終わったの?

 と尋ねるとわからない、と答えたのだそうです。君江は娘がまともな状態ではない、と悟りました。彼女は帰ってきたのです。受け入れられない過去を消去しようとして母親のところへ逃げてきた、そういうことだろう、と考えました。二人はさっそく一緒に台所に立ち、ミネストローネスープを作ったそうです。それはとても奇妙な時間で、過去でも現在でもなく、むしろあり得ない未来であるかのような、宇宙の彼方に漂っている一つの可能性に過ぎないような、そんな夜だったそうです。

 翌朝、加奈が消えていたとしても、それならそれでいい、と君江は思ったそうです。娘が別れに来たのだ、と納得できると。もちろん加奈は消えていませんでした。シャワーを浴びると、風呂場から裸同然の格好で出てきて、老齢の母親である君江でさえどきりとするような肢体を晒していたそうです。

 結局、養護施設での仕事はしばらく休むことになりました。施設の紹介で医師に診せましたが、脳の機能に異常はなく、なんらかのショックによって一時的に情動が不安定になっているだけだろう、との診断でした。日常生活には差し支えなかったそうです。ただ毎日、林の中をさまよい歩いていたそうです。そして半年ほど療養して彼女は佐久の職場に戻りました。

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